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ハツコイメモリー  作者: 烏鳩雀
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五話 思い出 その1

 小学一年生の五月。俺は子どもながらに自分の人生に絶望していた。学校が始まって一ヶ月が経とうというのに、友達が誰一人としてできないからだ。周りの生徒はとっくに友達がいるというのに、自分だけがひとりぼっちだ。

 もしかして周りから嫌われているのだろうか。俺はかなり大人しい子どもなので、根暗で気持ち悪いと思われている可能性がある。


 この日の休み時間も運動場で一人、葉桜の木の下にある雲梯で遊んでいた。同じグラウンドではクラスメイトが集まって楽しそうに鬼ごっこをしている。

 何か一言、声をかければ自分も混ぜてもらえるかもしれない。当然、そのような事ができるなら一人ぼっちにはなっていないはずだ、と言われたらそれまでだ。

 とどのつまり、一人虚しく雲梯するのが自分には合っているということだ。そういう星の下に生まれてきたのだと受け入れるしかない。


「どいてどいてどいてー!」


 悲観的な思考に陥っていると、一人の女の子が物凄い勢いでこちらに走ってきた。どうやら鬼に追いかけられているみたいだ。

 気づいた時には時すでに遅し。女の子との衝突は避けられず、頭と頭が激しくぶつかり合った。なんとも言えない鈍痛に襲われる。


「いってぇ……」


「ごめん、大丈夫?」


 可憐な瞳の少女が心配そうに俺の顔を見つめてくる。思わず、ドキッとしてしまうくらいに近い距離だ。俺はこの愛くるしい女の子の事をよく知っている。

 誰にでも優しくて、底抜けに明るいクラスの中心人物。名前は谷川たにがわ結衣ゆい。俺とは決して交わることのない住む世界が違う女の子だ。


「大丈夫、大丈夫」


 本当は割れるように頭が痛く、大きなタンコブができていると思われるが、ここは我慢だ。この子とあまり関わりたくない。

 なぜなら、人気者の彼女と日陰者の自分ごときが会話をするなどあってはならないからだ。もし俺なんかと会話したことが周りに知られたら彼女にも迷惑をかけることになる。


「大丈夫そうじゃないよね。頭めっちゃ赤くなってるし。一緒に保健室行こっ!」


「え?」


 拒絶する機会もなく、手を引かれた。そのまま、ズルズルと引きずられるようにして保健室の前まで連れて行かれる。見かけによらず、強引な女の子だ。


「あの……俺ほんとに大丈夫だからいいよ」


「よくない。だって、私のせいで怪我させちゃったし。それに私も頭ぶつけたから」


 断固として自分の意見を曲げる気がない。こうなってしまっては、お手上げだ。ここはこの子に従う他ない。

 渋々、彼女に連れられる形で保健室に入札した。部屋の中を見渡すが、先生らしき人は見当たらない。どうするべきか悩んでいると、谷川結衣が大きな声で先生を呼んだ。


「はーい。あ、結衣ちゃん。いらっしゃい」


 若い女性が奥の部屋から出てきた。馴れ馴れしい態度だ。谷川結衣は保健室の先生と、何かしらの接点があるのだろうか。そういや、顔が少し似ているような気がする。


「さっきこの子とぶつかっちゃって、怪我させちゃった。花子おばさん、見てあげて」


「可愛い可愛い姪の言う事だ、任せなさい。君、お名前は?」


「北野……海馬」


「北野くんね。あら、頭にタンコブができてるわ。氷で冷やすからちょっと待っててね」


 保健室の先生はまた奥の部屋に消えていった。その間、俺たちは近くの椅子に腰掛け、先生が来るのを待つ。

 暇なので部屋に立て掛けてある時計を眺めていると、隣に座っていた女の子が明るい声で話しかけてきた。


「ねぇ、北野くん。さっきはごめんね」


「いいよ。痛くないし」


「よかったー」


 谷川結衣は胸を撫で下ろした。彼女は自分に怪我をさせたことを申し訳なく思っていたのだろう。やはり優しい女の子だ。

 

「でさ、さっき一人で雲梯してたよねー! いつも一人でやってるの?」


 嫌な質問をされて、俺の顔が曇った。たった一人、雲梯で遊んでいるなんて可哀想、とでも言いたいのだろうか。

 俺は謙虚な人間なのだ。君のように遠慮せず、グイグイと人の懐に入ろうとする人間とは違う。


「そうだけど……」


「なんで一人で遊んでるの? 楽しい?」


 一般的な小学生にとっては大勢で遊ぶのが当然なのかもしれないが、自分にとってはハードルが高いのだ。一人で遊んで何が悪い。

 いや、違う。本心は一人で遊びたくなんてない。本当の俺はとても寂しがり屋だ。可能ならば、皆と混じって遊びたい。でも、


「友達がいないから……」


「友達がいない、ね。それって北野くんから話しかけたりしたの?」


 彼女の指摘を受けて、俺はこれまでの行動を振り返る。思い返せば、自分から話しかけたことは一度もなかった。どんな時も話しかけられるのを待っていた。

 いわゆる受け身の姿勢を取り続けたのだ。周りは積極的に自分から話しかけているというのに。俺は謙虚な人間なんかではなく、傲慢で愚かな人間だと今更気づいた。


「話しかけたことないや……」


「友達が欲しいなら、まずは自分から話しかけないと!」


 彼女の言う通りだ。このまま待ちの姿勢を続けている限り、友達ができる可能性は限りなくゼロに近い。そのようなことは、もちろん頭では理解しているのだが、ある不安が拭えない。その不安とは。


「ウザがられたりしないかな?」


 仮に自分から積極的に話しかけても、友達ができる保証はない。自分の容姿や性格、言動を生理的に無理だと拒絶する人もいるはずだ。

 

「ウザがられるわけないじゃん。なんでそんなに暗いの! もっと明るくいこーよ!」


 谷川結衣は俺の背中を強く押した。


「とにかく! 待ってたって始まらない。だから自分から行動するの。わかった?」


「は、はい」


 激励を受けて、先ほどまで俺を支配していた不安がすぅーと消えていった。言霊の力を信じるつもりはないが、彼女の言葉には特別な力があると感じた。

 今日この瞬間から生まれ変わろう。まずは目の前にいる女の子と友達になることから始めてみよう。深呼吸をしてから、落ち着いてゆっくり、噛まずに。


「じゃ、じゃあ、最初に。お、俺と友達になってください」


「エヘヘッ。声震えてるじゃん。そんなに緊張しなくていいよ。フフッ、いいよ!」


 結衣は白い歯を見せた。俺も釣られて笑顔になる。彼女は俺にとって太陽のような存在だ。うす暗い俺を明るく照らしてくれる。

 俺たちは互いに握手を交わして、友達になった。人生で初めての友達なので、喜びで心がいっぱいになる。


「よかったね。北野くん」


 いつの間にか保健室の先生が戻ってきていた。俺たちのやり取りを見て感動しているようで、少し涙ぐんでいた。

 

「はい!」


 俺は今までにないくらいに元気よく返事をした。

 この日を境に俺は積極的に周りと関わるようになった。結衣の手助けもあって、友達が二人、三人と増えていく。自分という人間が変わっていくのが実感できた。

 

「よーし、鬼ごっこするぞー! みんな集まれー!」


 ある日の休み時間、クラスのリーダーが皆に鬼ごっこの参加を呼びかけた。皆がぞろぞろと集まっていく。


「ほら、海馬も早く来いよ!」


「遅いぞ、海馬」


「ごめん、ごめん。今行く」


 いつしか俺はクラスに欠かせない存在になっていた。これも全て結衣のおかげだ。彼女には感謝してもしきれない。

 

「ありがとな、結衣」


「礼なんていらないよ。海馬が頑張ったからだよ、ね? 早く私たちも鬼ごっこ行こっ!」


「うん」


 俺は結衣と並んで走り出した。皆が笑顔で待つ、その場所に向かって。

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