四話 スイーツとコーヒー
五月十四日。月曜日。由栞が俺の通う学校に転校してきてから、ちょうど一週間が経過した。その間多くの出来事があった。
由栞は部活を文芸部に決め、入部届を提出した。文芸部を選んだ理由は雰囲気が自分に合っていると感じたからだそうだ。後日、テニス部にも体験入部したが、雰囲気が合っていないとして入部を断っている。
俺自身にも変化があり、由栞から刺激を受けて、日常生活の面で意識の改革を行った。
例えば、これまで学校の授業内容をあまり真剣に聞いていなかったが、真面目に授業を受けるようになった。由栞が横で真剣に授業を聞いているので、負けてられないと思ったのだ。
テニスにも本気で打ち込むようになった。バドミントン部への体験入部以降、部活動に対する姿勢を見直したのだ。やはり、本気で何かに打ち込むというのはいいものだ。
このように、由栞がウチの学校に転校してきてから、俺の中の止まっていた時間が動き出した。本人は知る由もないことだが、由栞には感謝したい。
「今日って部活オフよね。放課後、時間空いてる?」
二人で昼食を食べているタイミングで由栞からのお誘いがきた。彼女の所属する文芸部も今日はお休みだから誘ってきたのだろう。
せっかくの誘いを断る理由はないので快諾した。由栞は断られると考えていたのかホッとした表情を見せた。
「で、何するんだ?」
「そうね。北野君はスイーツ好き?」
スイーツは大好物である。俺は大の甘党であり、毎日のように甘い物を摂取している。
「大好きだぞ」
「そう、よかったわ。近くにスイーツ食べ放題のお店ができたんだけど、行かない?」
「スイーツ食べ放題か。ぜひとも行かせてくれ!」
かくして、俺たちはスイーツ食べ放題のお店に行くことになった。そのお店は百種類を超えるスイーツを食べることができるにもかかわらず、一人千円とリーズナブルな値段設定だ。学生の強い味方と言えるだろう。
「千円ってあまりにも安すぎて味に不安はあるけどな」
「そこは大丈夫よ。不味かったら口コミでボロクソに書かれるでしょ。毎日すごい行列だし、味は悪くないと思うわ」
確かにその通りだ。現代人は口コミを重視するので、悪い評価を見かけると入店を躊躇するものだ。俺も然り。
その点、このスイーツ食べ放題のお店は良い口コミばかりだ。評価もすこぶる高い。当てにしすぎるのもアレだが、少なくとも信じられないほど不味いことはないはずだ。
「楽しだわ。スイーツ食べ放題なんて初めてだから」
「俺もだよ。何気に初めてだ」
本当はずっと行ってみたかった。だが、男だけでスイーツ食べ放題に行くのも変な感じがしたので行くに行けなかった。
今の時代、男がこうとか女がこうとか古い考え方なのはわかっているが、それでも気が引けてしまったのだ。
それゆえに由栞の誘いは嬉しかった。スイーツを飽きるまで食べたいという念願が叶うのだから。想像するだけでニヤニヤが止まらない。
「では、今から体育だから。また放課後に」
「おう! またな!」
そこから四時間ほど時は流れて放課後。
俺と由栞はスイーツ食べ放題を提供しているお店の前にいた。お店の前にはすでに行列ができており、賑わいを見せている。
「すっげぇ……」
「うん。すごいわ」
お前ら語彙力が小学生レベルかよ、と言われそうだが許してほしい。今、俺たちは店の外観に圧倒されているのだ。
まるで金閣寺のように金色に輝いており、超大量の金箔が使用されていることが見て取れる。窓ガラスから見える内観も煌びやかなものだった。大理石の床や壁、銀色のシャンデリアがあり、豪華絢爛で非日常感を味わえる造りだ。
「ほ、本当に千円だよな。実は一万円でしたってオチじゃないよな?」
「間違いないわ。絶対に千円……のはずよ」
少し不安だが、しっかり者の由栞が言うのだから間違いないだろう。せっかくここまで来たのだから、今更怖気付いても仕方ない。
並ぶこと二十分、俺たちの番がきた。俺は勢いよく、お店の扉を開いた。扉の奥には端正な顔立ちの男性が待ち構えていた。
「何名様でしょうか」
「二名です」
「こちらへどうぞ」
男性は俺たちをテーブル席に案内した。テーブルにはメニュー表が置かれており、そこには確かに「スイーツ食べ放題千円」と書かれていた。
さっそく、二人でスイーツを取りに行く。百種類を超えるスイーツがずらりと並んでおり、どれから手をつけるか悩んでしまう。どれも美味しそうだ。
とりあえず、俺はチョコレートケーキとモンブラン、プリンを皿に取った。由栞も全く同じ物を皿に乗せていた。
「それじゃあ、食うか。いただきます」
「いただきます」
まずはチョコレートケーキから。フォークで一口目を頬張った。口の中にチョコレートの甘苦い味が広がっていく。カカオ感の強いチョコレートでありながら、甘さもある濃厚なケーキだ。
続いて、モンブラン。マロンペーストにはコクがあり、中には栗が丸ごと入っており、贅沢な味わいだ。もはや食べ放題で提供されるクオリティではない。採算は取れているのか疑問に思う。
「マジでうめぇ……」
あまりの美味しさに涙が出そうだ。由栞も前の席で幸せそうに食べている。幸福感の表れた顔だ。
「こんなに美味しいモンブラン初めてだわ。チョコレートケーキも、それにプリン! 北野くん見て!」
彼女に言われた通り、プリンを注視した。よく見ると金色の何かが付いている。これはもしかして。
「金箔か! すげぇ……」
金箔入りの食べ物なんて初めて見たぞ。どれだけ金かけているんだ。これ、普通に赤字なんじゃないか。
「んー美味しい……最高ね」
金箔入りのプリンを食べる由栞は少年のような目をしていた。そういえば、結衣もプリンが大好物だった。事ある毎にプリン、プリンとうるさかった記憶がある。
「プリン好きなのか?」
「そうね。プリンは大好物よ」
「結衣と一緒だな。アイツもプリン大好きだったよなー」
さりげない一言のはずだったが、由栞は肩をビクッと震わせた。しばらく時が止まったように固まった後、小さな声で返事をした。
「……そうね。そういえば、そうだったわ」
何か含みのある言い方だ。もしかすると、気に障ったのかもしれない。双子と比較されるのが嫌な人も一定数いるのだから。
「ごめん、嫌だったよな」
「いや、そんなことない。ただ……結衣もプリン好きだったなって思い出してただけよ」
由栞は否定の意味を込めて右手を左右に振った。どうやら結衣との思い出を振り返っていただけのようだ。
「それならよかった。……さてと、まだまだいっぱい食べようぜ!」
「ええ。食べましょう」
その後は各々、自分のペースで皿に取り、心ゆくまで堪能した。俺はお腹がはち切れそうになる寸前のところで、ギブアップ。由栞は腹八分目でご馳走様をした。
お会計を済ませた俺たちが次に向かったのは近くの児童公園だった。公園内にある自販機でコーヒーを二本購入して、一本は由栞に手渡した。
「ありがとう。お金は後で返すわ」
「いいって、いいって。それくらい」
「ではお言葉に甘えて」
空いているベンチに腰掛けて、二人で缶コーヒーを飲む。甘い物を食べた後の苦いコーヒーは格別、まさにベストな組み合わせだ。
思いの外、缶コーヒーが美味しく感じられたので、一分で完飲してしまった。空になった缶をゴミ箱に捨てて、まだコーヒーを飲んでいる由栞に問いかけた。
「で、ここで何をするんだ?」
実は児童公園に行こうと言い出したのは由栞だった。俺は帰るつもりだったのだが、彼女がどうしてもと言うので承諾した。
由栞は姿勢を正し、ひどく神妙な顔つきになった。唾を飲むことすら許されないような重々しい空気が漂う。
「……結衣の事を聞かせてほしい。私はずっと病院での生活を送っていたから、学校での結衣を知らないの」
「なんだ、そういうことか」
誰にも明かせない深刻な悩みでも抱えているのかと心配した。結衣との思い出話ならお安い御用だ。
「どこから話すか。まずはアイツとの出会いから話そうか」
あの日の記憶は今でも鮮明に覚えている。結衣との出会いは忘れもしない小学一年生の五月。葉桜の木の下にある雲梯でアイツと出会った。