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ハツコイメモリー  作者: 烏鳩雀
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二話 部活動見学②

 次に向かった先はバドミントン部だ。体育館で週に七日活動しており、部員数は五十名とかなり多い。いわゆる強豪というやつだ。

 なぜ今回、文芸部とバドミントン部を選んだのか不思議に思われただろう。前者に関しては由栞が小説が好きで興味があったから、後者は彼女が中学生の時に所属していたからだ。


 俺はバドミントンをプレイしたことはないが、うまくやれる自信があった。理由は卓球とテニスの経験があるからだ。

 卓球とテニスができればバドミントンもできるはずである。同じラケット競技なのだから。当然、多少の違いはあるにしてもだ。


「待っとったぞ。キミ達が体験希望の生徒じゃな?」


 無性髭を生やした体格のいい男の人が体育館の入り口で待ち構えていた。鍛え上げられた無駄のない筋肉と傷だらけの身体、どれほどの練習を重ねてきたのだろうか。

 顔も強面で厳格そうだ。広島弁もその風貌にマッチしており我々にプレッシャーを与えている。きっと自分にも他人にも厳しいストイックな人間に違いない。


「もしかしてバドミントン部の部長さんですか?」


 隣にいる由栞が体格のいい男の人に質問をした。そのような事、聞かなくてもわかるだろう。どう見ても百パーセント部長である。


「いや、ワシは補欠じゃ。名前は山田」


 その見た目で補欠なんかーい、って思わずツッコミそうになった。歴戦の猛者かのようなオーラを漂わせておいて補欠なのかよ。

 

「私は谷川です。こっちが北野くんです。よろしくお願いします」


 由栞が頭を下げたので、俺も慌てて頭を下げた。補欠とはいえ、れっきとした先輩だ。敬意は払わないといけない。


 お辞儀の後、補欠の山田先輩からラケットを貸してもらった。貸出用のラケットにしては丈夫そうな良質なラケットだった。


「はじめるぞー!」


 まず、最初に由栞が山田先輩と二人でラリーをすることになった。暇な俺はその様子を傍観する。高みの見物というやつだ。


「遠慮はいらん。本気で来い!」


 山田先輩は自信たっぷりに自分の胸を叩いた。由栞はその言葉を受けて、サーブを繰り出した。

 見たところ何の変哲もないサーブのように感じた。ところが、山田先輩は勢いよく空振りした。のび太もビックリするほどの見事なまでの空振りだ。

 山田先輩は何が起こったのかわからず、目をパチクリさせた。首を傾げて、


「ん? ワシとしたことが……。もう一回打ってもろてええかの」


「はい!」


 由栞は返事の後に先ほどと同じサーブを放つ。やはり、一見すると何の変哲もないサーブだ。

 だが、またしても山田先輩のラケットは無情にも空を切った。ひょっとすると、この人はめちゃくちゃ下手くそなのかもしれない。

 

「ワシが二度も空振りするなんて……。ありえないッ!」


 こちらからすると補欠とはいえ、ここまで下手くそなのは想定外だ。この人から学べることなんてあるのだろうか。

 目の前の先輩の実力に懐疑的になっていると、顔の横からニュッと男の顔面が飛び出した。


「へぇー。今のええサーブやんけ。山田じゃ取れんやろ」


「うわぁぁぁぁ!?」


 俺は驚いてその場に倒れ込んだ。見ず知らずの男が突然横にいたら普通はこうなる。至極当たり前の反応だ。


「堪忍やで。驚かせるつもりはなかってん」

 

 おかっぱ頭の男はヘラヘラと謝った。悪意に満ちた表情だ。この男、絶対に驚かせるつもりだったな。

 いったい、このおかっぱ頭は何者だ。中肉中背で一度見たら忘れそうなくらい特徴のない顔だ。この人もバドミントン部の補欠か?


「鈴木さん! お疲れさまです。そ、そりゃ鈴木さんに比べたら誰だって下手じゃけぇ」


 山田先輩は低姿勢な態度をとった。今の彼の態度から察するに、このおかっぱ頭の男がバドミントン部のエースのようだ。

 いやはや、今日は驚かされてばかりだ。体格のいい強面の男が補欠で、中肉中背で特徴のないおかっぱ男がエースだなんて。


「おう。会議で遅なったわ。どうでもええけど、相変わらず山田は下手やなぁ。全く上達せんやんけ」


「すみません。俺も精一杯やっとるんじゃけど……」


「謝るなや。それより……そこの嬢ちゃん。めっちゃうまいやん。仮入部か?」


 エースの鈴木先輩の問いかけに由栞は無言で頷いた。鈴木先輩はその反応にニヤリとして、ある提案をする。


「そうかそうか。なぁ、今度は俺と試合せえへん?」


「いいですけど」


 由栞は嫌な顔ひとつせず快諾した。


「決まりやな。じゃあ嬢ちゃんからサーブよろしく」


 指示通り、由栞はお辞儀をした後に、これまでと同じようなサーブを打った。つい先ほどまで山田先輩を苦しめてきたサーブだ。

 しかしながら、難なく返球された。そこから激しいラリー合戦が続く。素人から見てもハイレベルの攻防であることがわかった。


 手に汗握る攻防のなかで、鈴木先輩はうんうんと頷いた。彼はラリーを通して、由栞の強さを認めたようだった。

 

「めちゃめちゃうまいやん。でも……」


 膠着状態を破ったのはエースの鈴木先輩。由栞の甘くなった一瞬の隙をつき、スマッシュを叩き込んだ。


「隙、多いでぇ」


 ラケットを一回転させてからキメ顔でそう言った。一回転させる必要があったのかとツッコミを入れたい。


 その後は終始一方的な展開になった。由栞は翻弄され、思うようなプレーをさせてもらえず、試合終了。

 由栞は敗戦後、ふぅっと一息ついた後、汗を拭った。その姿はとても色っぽく見えた。水も滴るいい女とは彼女の事だろう。


「はぁはぁ……お強いですね」


「せやろ?」


 由栞が息切れをしている一方で、鈴木先輩は息一つ乱れていなかった。まるで何事もなかったかのように。この光景からも二人の実力差がはっきりと表れている。


「ま、俺全国大会準優勝やしな」


 全国大会準優勝だと!?


 人は見かけによらないものだな。これからは人を見た目で判断するのはよそう。先入観に囚われると碌なことにならない。


「今の攻防で大体の実力はわかったわ。 次はキミやってみるか?」


 いよいよ出番がやってきた。卓球、テニスの経験がある自分にとって、バドミントンなど朝飯前だ。

 

「はい。よろしくお願いします!」


「サーブは俺からいくで。初心者らしいから緩くいくわ」


 初心者だから手加減するつもりのようだ。俺に手加減は無用だと思い知らせてやる。逆に軽く捻り潰してみせる。

 心の中で息巻いていると、鈴木先輩から緩いサーブが放たれた。卓球やテニスならば、チャンスポールだ。決めてやる、今だ!


「……あれ?」


 ジャストミートしたはずのラケットは空を切っていた。シャトルはラケットに当たることなく、床に落ちてカツンと音を立てる。

 確かに打点を意識していたはずなのに。なぜ空振りをしたのか原因がわからない。まさかシャトルに仕掛けでもしたんじゃあるまいな。


「ははは! 理解できへんって顔やな。今の素振りでわかったけど、卓球かテニスでもやってたんか?」


「どっちも経験があります」


「へぇ。じゃあ、バドミントンも余裕やって思ってたやろ?」


 鈴木先輩はうすら笑いを浮かべた。心の中を見透かされたようで怖い。この男の掌の上で転がされている気分だ。


「思ってなかったといえば嘘になります」


「ハハハッ。実際は全然違うんやで。まず、シャトルが軽いから空気抵抗を受けやすいんや。せやから、しっかりシャトルに目を向けることが大切や」


「なる……ほど」


 他にも卓球やテニスと違って手首のスナップを使って打つことやスピードが重要であることを教えられた。

 最初は少しムッときたが、彼の言うことはどれも正しいと思うことばかりだった。全国準優勝の実績は伊達ではなさそうだ。


 鈴木先輩の指導の甲斐あり、結果として普通にラリーができるくらいには上達した。最初はシャトルに掠りもしなかったことを考えると、目覚ましい成長といえるだろう。

 それでも由栞達には遠く及ばない。卓球とテニスを経験しているからバドミントンも余裕だ、という自分の思い上がりを後悔せずにはいられなかった。


「はい、今日はここまでや。入部するかしないかはまた帰ってから決めてくれたらええ。ほな、お疲れさん!」


 気がつくと、時計の針は十九時を回っていた。バドミントン部の活動はまだ続くが、体験入部は十九時までとなっている。


「ありがとうございました」


 帰り道、俺と由栞はバドミントン部の話題で盛り上がった。特に鈴木先輩の圧倒的なプレー技術には二人とも感銘を受けた。

 

「それにしても私……ビックリしたわ」


「え?」


「北野くんはどことなく無気力なイメージがあったけど、実はすごく負けず嫌いな部分があったのね」


「あー……」


 練習中、あまりにも下手くそな自分が不甲斐なく、由栞の前で醜態を晒したくない一心でプレーをしていた。

 普段であれば、こんなにも熱くなることはない。テニスや卓球も感情的にプレーしたことは一度もなかった。

 俺がここまで本気になれたのは由栞の存在があったからこそだ。それでも鈴木部長には翻弄されて、情けない姿を見せてしまった。


「でも……あんなに手加減してもらったのに全然ダメだった。ダサかったよな?」


「いいえ、むしろカッコよかったわ!」


 カッコいい要素なんてあっただろうか。必死にやってもあのザマだったのに。もしかして俺を元気づけようと?


「負けず嫌いな人って私好きよ」


 由栞はその場に立ち止まって、白い歯を見せた。その笑顔は太陽のように輝いており、結衣を彷彿とさせる。


 激しく心臓が鼓動し始めた。彼女の好きという発言、結衣にそっくりな微笑み。全てが愛おしく感じた。


 もちろん、彼女の言った好きは、恋愛感情の好きとは異なることはわかっている。それでも多少は意識せざるをえない。


「それじゃあ、私こっちだから。また明日」


「お、おう。また……」


 結衣は俺に背を向けて歩き始める。俺はその姿が視認できなくなるまで呆然と立ちつくしていた。

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