二話 部活動見学①
「ん…もう朝か…」
部屋のカーテンから漏れる眩しい光で目が覚めた。学校があるので、布団から直ぐに出ようとするが、布団の甘い誘惑に負けて出られない。
朝は弱いので布団に入ったまま頭の中で昨日の出来事を振り返ることにした。こうすることで、頭がスッキリして布団の誘惑を完全に断ち切れるのだ。
昨日は、由栞という結衣にそっくりの双子の妹が転校してきた。結衣とは性格は似ても似つかないけど優しい女の子だった。
彼女から結衣がもう亡くなっていることを告げられ、あまりに衝撃的すぎて悲しみに打ち震えた。
帰宅後も涙が枯れるまで泣くことで、ある程度の気持ちの整理ができた。もちろん、まだ悲しい気持ちは残っている。この気持ちが完全に消えることはないだろう。
とにかく、亡くなった結衣の分まで強く生きると心に決めた。もう絶対に下を向くことはない。上を向いて前進あるのみだ。
「頑張るぞ!」
今日からは気持ちを切り替えて新たなスタートを切ろう。そのためにも、そろそろ布団から出ないと。近くに置いてある時計を見てみるか。
今の時刻は何時くらいだろう。体感だと七時半といったところか。まだ時間に余裕がありそうだな。
「ゲッ……」
時計を見ると時刻は予想とは大きく異なる八時十分。普段ならば、とっくに家を出ている時刻である。
俺は一瞬で全てを悟り、急いで布団から飛び出て着替えに取り掛かる。愛用しているパジャマを脱ぎ捨てて、いつもの制服を身にまとった。
昨日の夜は布団で号泣し、泣き疲れたところで寝てしまった。そのため目覚まし時計をかけるのを完全に忘れていたのだ。
「走ればワンチャン間に合うか……な」
身支度を済ませた後、家を飛び出して学校へと向かった。全力で走ったので何とかチャイムには間に合うだろうと予測していたが、三分遅刻してしまい担任に怒られた。
学校を年間五回遅刻するとペナルティを喰らうわけだが、今日で四回目の遅刻だ。もう後がない。
五回目の遅刻をしてしまうと学校に早く来て挨拶をしなければならない。想像するだけで憂鬱だ。
起床後の清々しい表情とは一変して暗い表情で自分の席に着席すると、隣の席で姿勢よく座っていた谷川由栞が話しかけてきた。
「目の下のクマが酷いけど大丈夫?」
「!?」
いきなり話しかけられたので少し驚いた。そういえば、昨日友達になったんだったな。あまり実感がないんだけど。
それにしても目の下にクマができているとは。おそらく昨日の夜、枕が濡れるまで涙を流したからだろう。
由栞にあまり心配はかけたくないので適当な嘘をついておこう。はて、何と言えばいいものか。
「あー、昨日徹夜でゲームしてたんだよ。ハマっちゃってさ。ハハッ」
「へぇ、そう。徹夜は身体にあまり良くないわよ。規則正しい生活を送らなきゃ」
下手すぎる嘘だったが、一応納得してくれたようで、それ以上クマのことは触れてこなかった。
「部活、何入るか決めたか?」
「何も決めてないわ。そもそも何部があるのかもわからないし」
転校してきたばかりで教室の場所すら覚えきれていないのに、何の部活があるのか知っているはずがないか。
「北野君は何部なの?」
「俺か? 何だと思う?」
「うーん、見た目から察するにアニメ研究部とか?」
「俺ってそんな見た目なのか……」
俺はアニメが嫌いではなく、むしろ好きである。しかしながら、見た目からアニメ研究部の人間だと思われるのは少し嫌である。
断っておくが、アニメ研究部を馬鹿にしているわけではない。自分の見た目が運動部の人間に思われなかったことがショックだったのだ。
これでも毎朝早起きしてランニングしているんだぞ。腹筋だって割れているのに。
「じゃあ何部なの?」
手で降参のサインを出して解答を聞いてきたので、ドヤ顔でこう答えた。
「テニス部だ」
由栞は目をパチクリさせる。何言ってんだコイツといった表情だ。
「意外だった?」
「えぇ、北野君は文化系だと思ってたから。まさか運動系だったなんて。でもテニス部か……」
由栞は顎に手を当てて考え事を始めた。かなり真剣な眼差しだ。おそらくテニス部に入部するかしないかを悩んでいるのだろう。
個人の意見としては他の部活も回ってから決めたほうがいい。そうは言っても、この時期に一人で回るのはメンタル的に厳しいか。
仕方ない、ここは慈悲深い俺が人肌脱いであげますか。
「今日部活オフで暇だから一緒に部活回ろうか? 昨日転校してきたばっかで校内もわからんことだらけだろうし」
「いいの!? じゃあお願いしてもいい?」
「もちろんだ。俺に任せなさい!」
こうして、放課後に二人で部活動を見学することになった。
時間の都合上、見学できる場所は限られてくるので、今日は文芸部とバドミントン部の二つに絞ることにした。
手始めに文芸部の活動場所である図書館を訪れる。図書館では文芸部と思わしき人達が集まって俳句を作成していた。
かなり盛り上がっているようで、話しかけるのに躊躇した。機を見計らい、静かになったタイミングで話しかける。
「あのー…本日部活を体験したいとSNSで送った者なのですが」
実は昼休憩の時に文芸部とバドミントン部のSNSアカウントを発見してダイレクトメッセージを送っておいたのだ。
どちらの部もすぐに返信が来た。特に文芸部はとても歓迎してくれているのが文面から伝わってきた。
「あぁ! 君たちが……待ってたよ!」
部長と思わしき人物が笑みを浮かべ、こちらに近づいてくる。茶髪ボブのボーイッシュな女性だ。
「はじめまして。文芸部部長の田中だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「さっそくだけど、参加してみるかい? これから即興で俳句を作って遊ぶゲームをするんだ。初心者でも楽しめるよ」
田中部長は空いている席に俺たちを案内した。一つの円卓テーブルを囲むようにして他の部員達が座って俳句を紙に書いている。見たところ部員数は十名くらいだろうか。
俺たちも着席して見よう見まねで紙に俳句を書き始めた。テーマは春。漠然としたテーマだったので、何を書けばいいのか悩んでいると。
「悩んでいるのかい?」
田中部長が声をかけてきた。こくりと頷くと、にこやかな笑顔でアドバイスをくれた。
「春がテーマだけど、別に春に囚われる必要はないよ。初心者なんだし思いついた物を書き起こせばいい」
「なるほど。ありがとうございます」
田中部長の言葉を受けて、少し気持ちが楽になった。書きたい物を書いてみよう。俺が本当に書きたいものを。
各々が俳句制作を始めてから数分が経過したところで、由栞がペンを止めた。どうやら完成したみたいだ。
「もうできたか! よかったら聞かせてもらえるかな?」
「はい」
由栞は期待に違わぬ素晴らしい俳句を披露した。文芸部の部員達は皆、彼女の俳句に心を奪われ、称賛する。誰もが魅了されていた。
由栞の俳句の才能は本物だろう。なにせ素人の俺ですら凄さを感じ取ることができたのだから。
その彼女に刺激を受けたのか、文芸部員達は我こそはと数々の俳句を披露した。どれもこれもレベルの高いものばかりで感嘆する。
特に田中部長の俳句は周りとは一線を画す物だった。後から聞いたことだが、全国俳句コンテストで優勝経験もある猛者らしい。
「では最後は……北野君、行ってみようか」
田中部長は最後の発表者である俺を指名した。指名と同時に皆の視線を一斉に集め、不安と緊張が高まる。
この期待に満ちた視線の中で呆れるくらいレベルの低い俳句を披露したらどうなるだろう。落胆されるだろうか。
いや、ネガティブな思考は良くないな。俺にとんでもない才能がある可能性だってあるのだ。ここは自信を持って発表しよう。
ちこくした
まわれみぎして
にどねかな
この俳句の発表後、地獄のような空気になったのは言うまでもない。然しもの田中部長も顔を顰めていたので、よほど酷かったのだろう。
こうして、苦い苦い図書部の部活動見学は幕を閉じる。この先、俺は俳句だけは決して作らないとだけ断言しておく。