一話 運命の再会③
今、なんて言ったんだ。結衣が亡くなっている?そんな馬鹿なことがあるはずないだろう。今も元気に暮らしているはずだ。
由栞は冗談を言うタイプではないと思っていたけど、こういう洒落にならないジョークを言うとは。言っていいことと悪いことがある。
「嘘だよな?」
「信じられないでしょうけど……十三歳の時に」
全身を雷に打たれたような衝撃が走った。十三歳ということは四年前に亡くなっていたことを意味している。そのような突拍子もないことを信じられるはずがない。
嘘であってほしいと、じっとかがみ込んで、由栞の顔を覗く。由栞は申し訳なさそうな辛い顔をしていた。憂いに満ちた表情が、それが真実であることを物語っている。
ーーあぁ、本当に亡くなったんだ。
心の底から言葉にできない複雑な感情がハンバーグの肉汁の如く溢れてくる。
「クソッ! クソッ! 俺は結衣と…アイツと…ッ!」
これまで人前で声を荒らげたことは一度もなかったが、この時ばかりは冷静ではいられなかった。
かけがえのない幼馴染にして、生まれて初めて好きになった人。可愛くて、優しくて、どんな時も明るく太陽のような存在だった。生き甲斐と言ってもいいだろう。
彼女と再会することだけを楽しみにこれまで生きてきた。どれだけ辛い目に遭っても彼女の事を思い出すだけで幸せな気分になれた。それなのに。
「なんでだよ……」
昔、先生が大切な人との別れは予期せず訪れてしまうものだと言っていたのを思い出した。その時は、そんなわけないだろと聞き流していた。実感が湧かなかったからだ。
でも、今なら身にしみてわかる。いつの日か再会できると信じていたのに、それが永遠に叶わないなんて。ネックレスの誓いだってしたのに。
結衣にもらった月のネックレスは今でも肌身離さず首元にかけている。離れていても彼女の温もりを感じることができる気がしたからだ。
けれども、今は俺の感情に呼応するように冷たくなっている。まるで鉄のようにヒヤリとした冷たさだった。
「何でだ。結衣はなんで死んだ…?」
覇気のない声で死因を尋ねた。目が虚ろで心ここに在らずといった状態だが、俺には結衣の死因を知る必要があった。彼女の死を受け止めないと一生前に進めない。
由栞は覚悟を決めた俺に応えるように深呼吸をして、
「交通事故よ。私と母はその場にいなかったんだけど、四年前のある日、結衣は父と車でお出かけをしていた」
結衣の死因について語り始めた。
四年前、結衣と結衣の父の二人で車でお出かけ中に事故は起きた。高速道路を走行中に一台のトラックが猛スピードで逆走してきたのだ。
結衣の父はハンドルを切って衝突回避を試みるもトラックとの正面衝突は避けられなかった。
事故現場は想像を絶する凄惨さで、結衣達が乗車していた車は原型を留めていないほど破損していた。
この事故により、結衣の父と相手の運転手は即死。救急車が到着したタイミングで既に息を引き取っていた。
結衣は意識不明の重体で病院に送り込まれた。回復の見込みがほとんどない状態だったが、懸命に治療が行われた。
何時間にも及ぶ手術を受けたが、完全に意識が戻ることはなく、そのまま帰らぬ人になった。
十三歳という若さで結衣はこの世を去ったのだ。
「これが姉、結衣の死因よ」
「…………」
なにも言葉が出なかった。気がつくと、大粒の涙が頬を伝っていた。
苦しかったろう、辛かったろう。人生これからって時に、突然の死が訪れるとは想像もつかなかっただろう。結衣は、彼女は最期に何を思ったのだろうか。
俺は人目も憚らず泣き叫んだ。人生でこんなに泣いたことはないくらいに、瞼を赤く腫らして泣いた。
由栞はその様子を温かく見守った。ここまで姉を想う人がいることが嬉しかったのか、穏やかな表情で俺を見つめていた。
「結衣……うぅ」
数十分ずっと泣き続けた。その数十分間で結衣との思い出が走馬灯のように蘇った。
結衣の可愛い笑顔や可愛さのカケラもない変顔。バレンタインに手作りチョコをもらった思い出。一緒に子どもだけで遠出をした思い出。他にも数えきれないほど多くの懐かしい思い出が蘇った。
そして同時に、これからの人生で結衣との思い出が増えていくことは決してないのだと理解した。俺は結衣のことを心に留めて、前を向いて生きていかなばならない。
「……取り乱して悪かったな」
涙が枯れるまで泣いたので、非常にスッキリした気持ちになった。それと同時に恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。
人前で気持ち悪い泣き顔を晒してしまうとは一生の恥、女の子の前なら尚更だ。今すぐにでも消えてなくなりたい。教室に由栞しかいないのがせめてもの救いか。他に誰かいたらドン引きされてたろうな。
「仕方のないことよ。貴方にとって結衣が本当に大切な存在だったことは伝わったわ」
「ありがとう」
由栞は結衣のように明るく元気なタイプではないけど、同じかそれ以上に優しい子だ。この子となら友達になれるかもしれない。
「俺と……と! 友達になってくれないか?」
「喜んで! 私、ずっと入院してたから姉がどんな学校生活を送っていたのか知らないの。だから、あなたから詳しく聞きたいわ」
断られたらどうしようかとソワソワしていたが、無事友達になることができた。こういうのは慣れていないので、なんだか新鮮な気分だ。
「これからよろしくな。谷川さん」
「ええ、よろしく。北……北上山地くん?」
いや、それ東北地方にある山地の名前だよ。北しか合ってないし。さっき自己紹介したよね。もしかして人の名前を覚えるのが苦手なのかな?
俺は頭をボリボリ掻いて、もう一度自分の名前を告げた。絶対に忘れないようにはっきりとした声でだ。
「北野海馬だ」
「北野くんね。忘れてしまってごめんなさい」
本当だよ。忘れられた方の身にもなってみろ。悲しすぎるぞ。
「改めてよろしくな」
「ええ、よろしく」
俺と由栞はお互いの手を強く握った。まさか転校生と初日から友達になるなんて数時間前には思ってもなかった。ましてや、その転校生が結衣の妹だとは誰が想像できるだろう。
この運命的な出会いが俺と由栞、双方の人生を大きく変えていくことになるのだが、この時の俺たちはまだ知る由もない。