一話 運命の再会②
転校生の容姿に、クラス内にいる全ての男子生徒の心が射抜かれた。勿論、俺も含めてだ。
流れるようなサラサラの黒髪。前髪は最近流行りのシースルーバングというやつだろうか。身長は一六三センチくらいとやや高め。
丸みのある輪郭、クリッとした大きな瞳、ほんの少し太い眉毛が特徴的な『たぬき顔』の美少女だった。
けれど、転校生の目を引く容姿よりも気になった点が一つある。そう、彼女の名前についてだ。
自己紹介の時に谷川由栞と名乗った。谷川結衣ではなく、由栞と。
見た目は確かに結衣のはずなのに名前が違うのだ。他人の空似なのか。それとも改名したのか。
思考を巡らせている最中に、パチっと転校生と目が合った。自分のことを覚えてくれているなら何かしらのリアクションがあるはずだが、何事もなかったように目を逸らした。
どうやら彼女は結衣とは別人のようだ。いくら年月が経っていたとしても幼馴染のことを忘れるはずがない。
「じゃあ谷川は……北野の横が空いてるからそこに座ってくれ」
転校生は担任の指示を受けて俺の横の空席に座った。長らく空席だった場所に転校生が座るという漫画みたいな展開が現実に起こるとは。グッジョブ先生。
彼女には聞きたいことが山ほどある。結衣とは別人だとしても、苗字は同じ谷川だ。血縁関係がある可能性も考えられる。
それはそうと、近くで見てもめちゃくちゃ可愛いな。クラスの連中と同じ生き物なのだろうか。
制服姿がとてもよく似合っている。髪をかきあげる仕草ひとつとっても絵になる美しさだ。
思わず転校生の容姿に見惚れていると、後ろから背中をツンツンと突かれた。
ビクッとして、後ろを振り返るとニヤニヤと口元に気持ち悪い笑みを浮かべる男子の姿があった。
「なぁ、お前ラッキーだな。あんな可愛い子と隣の席になれるなんて」
「あ、うん……」
普段全く関わることのない男子なので何を話せばいいのかわからない。こういう時どういう顔をすればいいの。
「あー、マジで可愛いわ。告白しよっかなー。成功すると思う?」
知らんがな。なんで俺にそんな事を聞くんだよ。
「ん、うーん……どうだろうねー」
俺の反応があまりにも微妙だったので、ニヤニヤした表情の男子は舌打ちをして、そっぽを向いた。それ以降、二度と話しかけてくることはなかった。
彼には酷いことをしたな。最低限は人と話せるように、もう少しコミュニケーション能力を磨かなければならない。
それから五〇分が経過し、一時間目の授業が終わった。このタイミングで転校生の周りに人がゾロゾロ集まってくる。
集まってきたのは大半が男子生徒。もちろん女子もいるのだが、目をハートにした男子の数の方が圧倒的に多い。どいつもこいつも下心丸出しだ。
「ねぇ。谷川さんって彼氏とかいんの?」
チャラチャラした男子がいきなり直球質問をぶつけた。出会ってすぐにそういう質問ができる神経を疑う。
「いないけど」
「マジかー、じゃあ俺とかどう?」
チャラ男は自分のルックスにかなり自信があったのだろう。だが、彼の過信とも取れる自信はすぐに打ち砕かれる。
「ごめんなさい、それは生理的に嫌」
清々しいくらいの即答アンド拒絶だったので、周りはさすがにドン引きしたのか静寂に包まれた。
これには、フラれたチャラ男はヘラヘラと笑うしかなかった。彼に対して憐れみを覚えるほかない。
その後も怒涛の質問攻めが続く。転校生は取り止めもない質問から恋愛遍歴など立ち入った質問まで様々な質問に答えた。
最初のほうは涼しい顔をして質問に答えていたが、質問が長引くにつれて、うんざりして嫌気が差しているように見えた。ついに「もうやめて!」と言って教室から出て行ってしまった。
この光景を側から傍観していて一つ感じたことは転校生は結衣とは真反対の性格だということだ。
結衣は積極的に周りに関わっていき、どんな時も笑顔を絶やさない女の子だった。
一方で、転校生は消極的な受け身の姿勢であり、感情の変化に乏しい女の子という印象だ。加えて、人と話すことがあまり得意ではなさそうだ。
どちらが良い悪いかは置いといて、接し方に困ったクラスメイト達は次第に転校生から離れていった。
彼女もまた、一人のほうが過ごしやすいと判断したのか、長編小説を読み始めて完全に周りとの壁を作ってしまった。
放課後には、転校生の周りに人は誰一人としていなくなっていた。彼女に惚れていた男子達も住む世界が違うのだと悟り、距離を置くようになった。
容姿に恵まれている人間は人生イージーモードだと思われがちだが、可愛すぎるが故の苦悩を彼女は抱えているのかもしれない。
だが、これは俺にとって好都合だ。彼女の周りに誰もいない今なら、遠慮なく話しかけることができる。覚悟を決めて、この北野海馬推して参る!
「あの…俺、隣の席の北野海馬です。よろしくお願いします!」
「……私は谷川由栞です。よろしく」
明らかに警戒されている。その証拠に訝しげな目で見られている。辛い、辛すぎる。
だが、ここで折れてはいけない。彼女の秘密を暴く必要がある。結衣との関係は、血縁関係はあるのか否か。
「谷川結衣って名前に聞き覚えはある?」
この質問をした後に、転校生が一瞬ピタリと動きを止めた。それから、俺の顔に目を据えた。この反応はもしかして。
期待に胸を膨らませて身構えていると、彼女は長い沈黙の後に言葉を発した。
「知っているわよ。だって…」
ビンゴ。やはり、転校生は結衣のことを知っていた。
顔は結衣に瓜二つで名前まで似ている。ようやく謎に包まれていた彼女の秘密が明かされるわけだ。
「私の双子の姉だから」
「ふ、ふ、双子ぉぉー?」
予想外すぎる発言を受けて、変な声が出てしまった。客観的に見ても気持ち悪い声だった。穴があったら入りたい。
てっきり従兄弟だと思っていたが、まさか双子だなんて。自分の記憶の限りでは、結衣に双子の妹なんていなかったはずだが。まさか隠し子とか。
「驚くのも無理はないわよ。だって私、幼少期はずっと入院してたから。体が弱くて」
転校生、由栞は幼少期に重い病気に罹り、入院生活が続いていた。学校も病院からなるべく近い私立の小学校に通い、授業への参加は基本的にオンラインだったそうだ。
つまり、俺や結衣とは違う環境で生活していたため、俺との面識が全くなかったのだ。
「病気はもう完治したのか?」
「お陰様でね」
ニコリと笑って答えた。これまで顔色ひとつ変えなかった彼女だが、教室に入室してから初めて表情の変化が見られた。
「初めて笑ったな」
「そうかもしれないわ。さっきまでずっと緊張してたから」
「緊張……してたのか?」
そんな風には見えない。さっきまで、どんな質問をされても毅然とした態度で振る舞っていたんだぜ。言われてみれば、先ほどまで肩に少し力が入っていた気はするけど。
「でも貴方のおかげで少しリラックスできたわ。ありがとう」
ほんの少しだが、心の距離が縮まった気がする。結衣という共通の話題があると、こうも話しやすいものなのだな。
この雰囲気であれば、自分が聞きたいことを聞けるかもしれない。
「結衣は……今何してるんだ?」
単純な疑問だった。結衣がどこで何をしているのか気になっていた。目の前の由栞ならば、それを知っているはずだ。
結衣のことだ。きっと、別の高校でも元気にやっているのだろう。かなりモテるから彼氏ができている可能性も否定できない。
「……」
明るくなっていた表情が一瞬にして曇ってしまった。何か彼女の地雷を踏んでしまったのだろうか。
直後、呑気に構える俺に人生最大の絶望が襲いかかることになる。由栞の口から語られたのは耳を覆いたくなるような現実だった。
「とても言いづらいんだけど姉は…………」
その先の内容を言葉にするのを躊躇しているように感じられた。けれども、彼女の中で決心がついたのか、俺と真摯に向き合い、
「結衣は……亡くなっているの」
周りの音が鮮明に聞こえるほどの静かな声で、あまりにも非情な現実を突きつけた。