第九話 戦利品の確認・その二
-炎の杖-
炎の矢でダメージを与える。普通の人間や獣に対しては有効だけど、店主に対しては生半可な攻撃など無意味だ。もっぱら主に食料を温めるための調理器具として使われる。
「さてと、落ち着いてきたし、さっそく戦利品を見てみよう」
「切り替え速いですね」
回復薬が効いて体が動くようになってきたので、満杯になっているカバンをひっくり返して、戦利品の確認をやることにした。
今回は見たことのない種類の品が色々と手に入った。いいものがあれば良いのだが。
「そうそう、この薬を使ってくれ。手持ちのよりも良いのが手に入ったから」
「あ、上級の薬もある。ありがとうございます」
まずは多めに集めてきた回復薬を渡すと、ニナははにかみながら受け取った。
これで早く足が良くなってくれれば、もっとたくさん助けてもらえるのだ。大いに期待させてもらう。
次は不明品の鑑定だ。倉庫に転がっていた物も含めると、杖が三本、巻物が二つ、薬瓶が一つ。あるもの全部を目の前へきれいに並べていく。
いつもなら“鑑定の巻物”が手に入るまでは倉庫の肥やしになるのだが、今回はニナがいた。
「じゃあ、こいつらがなんなのか調べてくれないか?」
「ええと、ああ、だいたい知ってるやつですね」
「そうなのか? そうなんだ」
さっそく鑑定を頼んでみると、ニナはそうするまでもないと言ってあっさりと返してくれる。
彼女も今まで生き抜いてきたなかで様々な品を鑑定しているので、どんな道具がなんの効果を持っているのかは把握済みだったのだ。
「これは“水撃の杖”ですね」
「水撃? 水を出すのか?」
「そうですよ。水の塊を造り出してぶつけることができるんです」
水の塊をぶつけても、驚異的なタフネスを誇る店主は涼しい顔をして受け止めてくるだろう。探索には使えそうにない。
「ふーん、これを使えば……飲み水をたくさん作ることができそうだな?」
「これって空気中の水分を集めるみたいだから、チリや埃が混ざって飲めたものじゃないですよ、きっと」
「そうかい」
他に使い道はないかと考えてみるが、パッとは思いつかない。まあ普段暮らしにしか使えないだろうから、熱心に考えたところで徒労に終わるだろう。
一本目の杖は外れのようなので、次の品の確認に移る。
「これは“混乱の杖”です。相手を前後不覚にさせるので、店主に同士討ちをさせたりできますよ」
「へえ、そんな杖があったんだな。なかなかいいな」
無敵の店主も同じ店主の力をもってすれば打ち破ることができるかもしれない。底知れない可能性を感じさせる逸品である。
「ただですね、動きを封じるわけではないんです。場合によっては構わずに襲いかかってくるかもしれないから、緊急避難には微妙です。ちょっとくせがありますね」
「使い所を見極めないといけないわけか」
二本目の杖はそれなりに使えそうな物のようだけど、少し使い方が難しいようだ。次の探索に持っていって、使い心地を確かめておくことにする。
「この杖は初めて見る奴ですね。ちょっと調べてみます」
「あ、そうなのか? じゃあ頼む」
三本目の杖については、ニナも知らない品だったらしく、さっそく鑑定をすることになった。
果たして彼女はどのようにして魔法の杖の効果を調べてみせるというのか。ちょっと楽しみである。
ニナは杖を手に取って、先端についている魔法石をいじり始める。
間近で目を見開いて魔法石を見つめつつ、石を指先で撫でたり、コツコツと突いたりする。
それでいったいなにがわかるのだろうかと思いながら様子を見ていると、一分ほど作業を続けたところで杖が置かれた。
顔を上げて向けてくる表情は、普段と変わりない。
「……なにかわかったか?」
「この杖にはですね、姿勢安定の術が込められているようです。“姿勢安定の杖”です。これは持っているだけで勝手に効果が出るようですね」
「姿勢安定? そうか、姿勢安定ね。えーと、つまりその、どういうこと?」
「なにかにつまづいても転ばなくなります」
正体不明の杖の効果をさらっと暴いてくれたのは良いのだが、これまた微妙な効果を説明されて複雑な気分になる。
そもそも、店主から逃げているときに何かにつまづくようなマヌケは、今の世の中で生き抜いていくことなどできないと思うのだ。
実際俺は、そんなヘマは一度もしてこなかった。ニナだって同じだろう。だから今も生きている。
「それって何の役に立つんだ?」
「これ、すごく便利じゃないですか。店主から逃げてるときに、何かにつまづいて転ぶようなことがなくなるんですよ?」
「あー、そうか。うん、すごく便利かもな」
しかし意外、ニナが急に前のめりになって、思いのほか有用性を熱く語ってくる。予想外の勢いに、とりあえず同意することしかできない。
まあ、保険にはなるかもしれない、と思っておくことにした。
杖の鑑定は終わったので、次は巻物だ。さっそく見てもらう。
「これは“暗闇の巻物”です。周りの光を消すことで人目から隠れるためのものですね」
「自分の目も塞がれるんじゃないか? 扱いづらそうだな。次のは?」
「“鎧強化の巻物”です。鎧に対して使えば強度を上げることができるんですが……」
「店主相手に防御固めたところで焼け石に水だよなー」
巻物は微妙と外れでいまいちなのが残念だった。でも、よくあることである。これくらいでいちいち気落ちはしていられない。
巻物のことは無かったことにして、最後に薬瓶の鑑定をお願いすることにした。
これも過去に鑑定済みだったようで、ニナは一目見ただけで答えてくれる。
「これは“眠りの薬”です。店主にぶつければ眠らせることができるでしょう」
「今持ってる“眠りの杖”と同じか、ちゃんと薬にも同じ効果のやつがあったんだな。あ、そういえば訊きたいことあるんだけどさ」
「なんですか?」
『店主を眠らせる』で、先の探索で気になっていたことを思い出した。
魔法用具店に忍び込んだ時に、今まで見てきたものとは別格の店主と出くわした。ものすごい速さで追いかけてきて、眠らせてもすぐに起きてくるという恐ろしいやつだったのだ。
今後の対策のためにも、ヤツの正体は知っておきたい。ニナは何か知っていないだろうか。
「今日はさ、見たことのない種類の店主に追いかけられたんだ。ちょっと豪華な前掛けを着てて、“加速の薬”を使ったときくらいの速さで動くヤバいやつだったんだけど、何か知らないか?」
「それは上級店主ですね。走る速さも足止めから抜け出す速さも全てが倍という恐ろしい店主です」
さっそく問いかけてみると、なにか知っているのか即答してくる。
しかし店主の“上級”とは、とても嫌な響きでしかない。
「上級……なにソレ?」
「商人には何段階かの格付けがあって、下位の店主を束ねる偉い店主がいるんですよ。格の高い店主ほど優れた能力を持っています」
「そ、そんなのがいるのか? 今までそんな奴を見たことは一度もなかったんだけど」
あの店主が何者なのかはわかった。だが、首を傾げざるを得ない。
この一年を生き延びるなかで多くの店主を見てきた。それでも、あんな特殊な能力をもつ店主と出遭った事なんてなかった。
それがどうして今日になって急に。たまたま遭遇しなかったというのは考えづらい。
上位の店主とやらは数が少ないから遭わなかったのか、それとも別の理由があって姿を見せなかったのか。
「私は今まで旅をしてきた途中で、上位店主の相手をしたことは何度もありましたし。今まで遭わなかったのは、たまたまですよ」
「たまたまって言われてもさ」
「うーん……」
たまたまで片付けていい問題ではないと思うのだけど、それ以外の思いつくことは何かあるわけでもなく。
そこで会話が途切れて沈黙が落ちる。
今後やってくるであろう新たな脅威にどう対処すればいいのか、将来の不安材料がひとつ増えてしまって、とても重苦しい気分になる。
さらにドッと疲れが出てきて、体までもがずっしりと重くなった。
将来を案じるばかりで心が押しつぶされそうになる。現状について考えても良いことが何一つ見えてこなくて辛くなる。考えれば考えるほど苦しくなっていく一方なので、もうやってられない。
だからもう考えるのは止めにして、何か別のことをして気を紛らせることにした。
無言で床に散らばっている戦利品の残りを確認する。
まずは“壁の杖”、“清浄の巻物”、“感知の巻物”。これは店に行く途中で手に入れたものだったか。
店で手に入れたものについてだが、“穴掘りの杖”が一本ある。予備として使えるか。
そして“充填の巻物”が三つある。酷使した“金縛りの杖”と“瞬間移動の杖”の充填に使うので、一つしか残らない。
最後に“麻痺の薬”が一つある。こいつは“金縛りの杖”と同じ効果があるので、なかなか役に立つ。
以上。正直言って収穫はかんばしくないけど、食料はたっぷり手に入れることができたから良しとしておく。
たぶん十日間くらいは隠れ家にこもって、怪我人の世話に専念することができるだろう。
これで整理は終わった。今日やるべきことは全部終わった。もうなにもやりたくない、なにも考えたくない。
空になったカバンを放り投げて、その場で寝っ転がる。もはやベッドロールまで戻る気力はない。今日は寒くもないし、このまま寝てしまっても風邪をひいたりすることはないだろう。
「疲れた、少し寝るよ」
「そ、そうですか。ごめんなさい」
なぜか謝っているニナへ言葉は返さない。
そのまま目を閉じて脱力すると、あっという間に意識は深い闇へと沈んでいった。