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第七話 新たなる脅威

-瞬間移動の杖-

狙った場所に瞬間移動する。射程が短めなのが欠点だが、任意の場所へ瞬時に飛びつくことができるので緊急回避に便利。

 さて、これから店にある商品を根こそぎ回収しよう、と言いたいところなのだが、カバンに詰められる物の数には限りがある。

 なにが必要なのかを決めて、持ち帰るべきものを選ばなければならない。


 治療薬のなかでも効果が薄いものを捨てて、杖をとるべきか、巻物を取るべきか。

 食料は多めに持っていくべきか、将来を見越して他の物を選ぶべきか。

 カバンの容量と相談しながら頭を悩ませていると、“感知の巻物”で拡張された感覚が複数の嫌な気配を捕らえた。


 心拍数が急速に跳ね上がって、五感が野生の獣のごとく鋭敏になる。

 気配と足音が一つ、いや二つ。この店へとまっすぐ向かっている。ただの通りすがり、いや違う、店主地獄でずっと生き抜いてきたことで身に着けた直感がそれを否定する。

 この動きは、店主がなにかを察知して、この店を目指しているのだ。


 迷いを秒で振り払って、必要そうなものを手当たり次第にカバンに詰め込んだら、適当な場所に身を隠す。


 耳鳴りがするほどに重苦しい無音の間がしばし続く。

 胸が全力疾走したあとのように脈打って、変な病気でもかかったのかと思うほどにコメカミがひりひりと痛む。

 今すぐ飛び出して逃げたくなる衝動と戦い、しかし頭だけはキンキンに冷やして、冷徹に状況を観察する。


 流れた時間は数秒か、数分か。

 濃密すぎる待ち時間との対峙のあと、果たして店主の気配が店の前で立ち止まると、予想通り入ってきた。しかも二体。

 商品を荒らす不届き者を引っ立てようとでもいうのか、やつらは二手に分かれて店内を歩きまわり始めた。


 さすがに屋内で二体をやり過ごすのは辛い。なんとかしてこの場から離れなければ、見つかって挟撃を喰らうかもしれない。


 相手の位置を常に確認しながら、とにかく視界に入らないように動く。地味に追い込むような嫌らしい動きをしてくるけど、店の中がそれなりに広いので、なんとかやつらの包囲網をすり抜けることができた。


 出入り口の前まで来るが、すぐに出てはいかない。

 異常があるとわかると、わらわらと湧いてきて集まってくるのが店主だ。他の連中に見つかってしまうと、もっと面倒なことになるかもしれないから。

 店主どもの注意が店の奥のほうに集中する瞬間を待つ。焦って飛び出してはいけない。自分自身の経験と勘を信じて、静水のごとき心持ちを保つのだ。


 そうしたかったというのに、“感知の巻物”で拡大された感覚が、この店に向かってくる異質な気配を捉えて、心にさざ波をたてられてしまう。


 異質、確かに異質だ。その気配は確かに店主のものではあるのだけど、なにかが根本的に違う。

 動きが違う、近づいてくるのが速すぎる、普通の店主ではない。

 なにかがやばい。ここにこのまま留まっていてはまずいと、直感に従ってカバンから杖を取り出す。


 物陰から飛び出して“金縛りの杖”を連続で振るう。魔法弾は狙い違わず二体の店主に直撃して、一時的に動きを封じた。

 それから隠密をかなぐり捨てて、とにかくここから離れるべく店から飛び出そうとするが、もう遅かった。気配の場所はもうすぐそこだ、今出たら姿を見られてしまう。


 引き際を見誤ってしまったか、悔やむ間もなく気配の主は店に入ってきた。


 たくましい筋肉を誇る巨漢が、ずしゃりと力強い音をたてて石床を踏み抉る。

 こいつも店主の象徴である前掛けをまとっているのだけど、それがよく見るものとは違う。派手な緑に銀の刺しゅうが施された豪華なものだ。一目見るだけで何かこう、格の違いというものを感じさせられた。


 こんな奴、今まで一度も見たことがなかった。いったいどんな行動をとるのか予想できず、頭の中が真っ白になってしまう。


 謎店主は、どこか不審そうに首を傾げると、金縛りにあっている店主に目を向ける。

 それから、歩きなのに駆け足と見まがうような速さで店主へ近寄っていくと、拳で殴りつける。刺激を与えて金縛りを解いているのだ。


 これ以上はだめだ。ついに恐怖と緊張が最高潮に至って、体が勝手に動いた。

 右手で“金縛りの杖”を、左手で“眠りの杖”を持って、同時に振るう。

 金縛りを解かれつつあった普通の店主に金縛りの魔法弾が、謎店主に眠りの魔法弾が飛ぶ。着弾を確認しないまま、全速力で店から飛び出した。


 “感知の巻物”を使っておいてよかった、おかげで集中しなくても店主どもが居る方向がよくわかる。

 とにかくここから離れなければ。どこかに身を隠して、やつらの追跡を振り切らなければ。


 だが、背後で派手な破壊音と物が散らばる音がする。


「なにっ!?」


 振り向かなくても気配でわかる、あの謎店主だ。ムカつくくらいに素晴らしい健脚で駆け出して、みるみるうちに距離を詰めてくる。

 眠らせたはずなのに、目覚めるのが早すぎる。いや、まさか仕損じてしまったのか。


「なんなんだ……」


 このままではすぐにでも追いつかれてしまうので、“金縛りの杖”を取り出して振り向きざまに振るう。だが何も起きなかった。

 まだ使えると思っていたのに、こんなときに弾切れか。今度は代わりに“眠りの杖”を振る。飛び出た魔法弾は確かに命中して、その場で倒れこんで眠り始めた。


 即、背を向けて走る。だが、少しして謎店主が起き上がると、また追いかけてきた。

 “眠りの杖”の効果時間はもともと短めなのだけど、それにしたって目を覚ますのが早すぎる。やつを眠らせても時間稼ぎにすらならないようだ。


「なんなんだ、アレっ!」


 “瞬間移動の杖”で一気に跳ぶか、いや、ここは切り札を切る。“加速の薬”のふたを開けて、一気に喉へ流し込む。薬が気管に入って盛大に噴き出しかけてしまうが、死ぬ気で口を閉じて強引に飲み下す。

 鋭い痛みに喉が裂けてしまうのではないかと思ったが、なんとか薬は無事に効果を発揮した。


 倍に増幅された脚力で疾走する。だが、それでも引き離せない。薬の力を借りて、やっと謎店主と同じ速さになれただけのようだ。

 引き離せないのなら、こちらからおさらばさせてやるしかない。


「今度こそ喰らえッ!」


 “衝撃の杖”を振るう。効いた、真っすぐに吹き飛んでいった。

 もう一度“衝撃の杖”を振るって、さらに吹きとばす。

 とどめに“眠りの杖”を振るって昏倒させる。

 眠らせることのできる時間は短いとわかっているが、今は一瞬でもいいから時間稼ぎをしたい。


 ダメ押しの“瞬間移動の杖”を振るってさらに距離を離したところで、分岐路に差しかかる。どの方向へ進むべきか。


 正面の道、大量の店主が向かってきている、だめ。

 右の道、こちらも大量の店主が向かってきている、だめ。

 左の道、店主が一体いるだけ。左の道を選ぶ。


 判断に一秒かからなかった、良し。


 行く手に立ちふさがる店主に眠りの魔法弾を喰らわせてやって突破する。

 曲がり角を一つ、杖を振って跳ぶ。曲がり角をもう一つ、杖を振って跳ぶ。


 その先の道脇にゴミ収集用の大箱があるのを見つける。

 周りに店主どもの目はない、謎店主との距離も十分、隠れるなら今しかない。迷わずゴミ箱のフタを開けて中に飛び込んだ。

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