第六話 死の魔法用具店
-賢者の指輪-
通話ができたり健康状態を測れたりと、便利な機能が内蔵されているウェアラブル魔法端末。
日々の健康管理に気を使っている上流階級に人気があって、毎年新モデルが発売される売れ筋商品だった。
店主の目が無いことを慎重に確認しながら、抜き足差し足で玄関扉の前に立つ。
扉をくぐる前に、まずは昨日手に入れたばかりの“感知の巻物”を取り出して、さっそく使ってみる。
見えない波動が一帯に広がると、辺りで動くものの気配が手に取るように感じ取ることができるようになった。
これで曲がり角で店主とばったり出くわしてしまうというトラブルが減るだろう。
改めて、外の気配を慎重に探りながら玄関扉を開けて、極力音を立てないように外へと抜け出る。それから手近な物陰に身を投じた。
さて、これから物資を探しに行くわけだが、昨日行った雑貨屋に行くのだけはだめだ。昨日騒ぎを起こしたばかりなので、店主が集まってきているはずなのだ。
今回は他を探さなければならない。とりあえず店主の気配が薄い、雑貨屋があった方角とは反対側の区画を探してみることにした。
物音をたてたら死ぬと思うべし。心音をも止める勢いで、音を殺しながら歩を進める。自分の存在はここにあってここに無いのだと店主どもに主張しながら影をゆく。
店主が一体近づいてきた。すぐに手ごろな木の裏に身を隠して、通り過ぎるのを待つ。
こちらに気づいている様子はない。不気味なくらいに規則正しい足音が通り過ぎていく。やがて背後の曲がり角に消えたことを確認したら、再び歩き出す。
と思ったらまた店主がやってきたので身を隠す。今度も同じようにやり過ごすことができたので、改めて歩き出す。
出ては隠れての繰り返しで、とにかく時間がかかって仕方ない。
しかし手を抜いたら死ぬことになるのだ。自分自身の焦れる心を抑えながら、死への道を無心で往く。
「ん? これは……」
途中、道端の覚えのない場所に死体が転がっていることに気づいたので、様子を見に行ってみる。
白骨になりかけの、それなりに新しい死体だ。またどこかに潜んでいた人が、知らないうちに店主の手にかかったのだろう。
頭が痛くなってくるが、首を振って嫌な考えを振り払う。
懐には雨風にさらされて汚れたカバンがある。取り上げて中を見てみると、杖が一本と巻物が三つ、あとはいくらかの食料が入っている。
杖は“壁の杖”、巻物は“清浄の巻物”が二つに“感知の巻物”が一つだった。道具を使い切って追い詰められたのだろうか、店主対策には使えないものがほとんどだ。それでも生活には役立つものなので、ありがたく使わせてもらう。
なお、食料は傷んでいた。黒ずんで異臭を放っているようなやつはさすがに無理だ。
店主がやってこないうちに、速やかにその場から離れる。
それから運良く店主に遭遇することなく三つの通りを抜けたところで、大きな建物が目に入った。
一階部分が店舗になっている、民家の何倍もの面積を持つ二階建ての建物には、“魔法用具店”の看板がかかっている。
魔法の杖、巻物、薬のほかに、おもちゃや食料など幅広く揃えている雑貨屋に近い店である。
ここは今日狙っている店ではないから無視しようと思って、いや待てよと、そのまま通り過ぎることを考え直す。
今回の探索は、ニナの分の食料や薬を手に入れることが目的ではあるけど、ここでも用を済ませることはできるかもしれない。
食料は多くないだろうけど、代わりに薬は豊富に揃っているはず。良い薬を手に入れて彼女の足を早めに直すことができれば、急いで食料ばかりをかき集めることもないのだ。
なにより建物の中には今のところ店主の気配は無い。うまいこといけば、この店よりも遠い目的地に行くというリスクを負わずに済む。
絶好の機会であった。
「何かいいものがあるかもしれないな、行ってみよう」
ずれ落ちかけていたカバンを背負い直す。大きく息を吸って吐く。
はやる気持ちを鎮めたあと、魔法用具店の中へと忍び込んだ
人の気配が一切しない、照明が落ちた魔法用具店を探索する。
二階建ての家の一階部分を丸まる使った広めの屋内に、ガラスケース付きの陳列棚がたくさん並んでいて、その中にいろいろな品が無造作に並べられている。
本来ならケースには魔法の鍵がかかっていて取り出せないのだけど、一年前の騒動の時に、逃げ惑う人々によって壊された上で中身を全て持ち去られた。
今あるものは、もちろん暴走した店主が商業本能のままに調達してきた品々である。
店主どもはいちおう店の看板にそった内容の商品を置いていくけれど、数はあまり揃えてこないので、がらんどうの棚がいくつもあったりする。
それでも、一人で生き延びるために必要なものを集めるぶんには充分な品揃えだった。
存在を消しながらこそこそ歩いて、まばらに並べられている品々を検める。
狙い通り、治療系の薬が多く見つかった。倉庫に備蓄しているものより上位の治療薬もあるので、手あたり次第にカバンへ詰め込んでいった。
「よし、食料っ」
店の中を半周したところで、瓶詰めになった保存食がいくつか置かれているのを見つけたので回収する。
ちなみにこういった食料は、店主のなかに食料品専門のやつがいて、そいつが作り出しているようだ。
死体だらけの調理場で、黙々と調理器具を振るっている店主の姿を見てしまったときは、寒気がしたものであった。
国も文明も崩壊しているこのご時世で、物流だけはある程度保たれているのは、店主の力があってこそ。店主が存在しているから、俺は今まで餓死せずに生きてこれたのだ。
それをありがたく思うべきなのか、それとも憎むことを貫くべきなのかと、しばしば思い迷う。
閑話休題。
せっかくここまで来たのだから、他にもなにか良いものはないかと探してみる。
“魔法の矢の杖”だの、“腕力強化の薬”だの“財宝感知の巻物”だの、対店主には使い道の無いものを除けていくと、いくつか良いものが出てくる。
“穴掘りの杖”の予備と、見たことのない謎の杖が二本ほど。
巻物は“充填の巻物”が三つと大収穫だ。他には杖と同様初めて見る巻物がいくつかあった。
こういう未鑑定品は当たり外れが大きい。対店主には使えないものが大半なので選ぶに困る。
鑑定の巻物があればいいんだがと思ったところで、右の人差し指に着けている指輪が目に入って、二ナの存在を思い出す。
彼女は“鑑定の巻物”を持っていないだろうか。そういえば何を持っているのか尋ねていなかったので、一度話してみたほうが良いだろう。
指輪の石をさすってニナに呼びかけると、石はすぐ白色に染まった。返事が来たということだ。
店主どもに聞き取られないように、ささやき声で話をする。
「どうしました、なにか起きましたか?」
「今、町の魔法用具店に来ててな、見たことのない杖や巻物がいくらか見つかったんだ。あんたさ、鑑定の巻物は持ってないか?」
「いえ、持ってませんけど……私は魔法の知識があるので、自力で鑑定ができますよ」
さらりとものすごいことを白状されて、思わずひざがカクリと来た。
「……なにその特技。最重要だろソレ、最初に言ってくれよ」
「す、すいません。言い忘れてました」
生き残るために肝心なことを伝え忘れるとは、このおっちょこちょいが、と思う。でも、これで物資の鑑定がはかどるようになるだろうし、時間の無駄だから必要以上に責めはしない。
これで“鑑定の巻物”の在庫を気にすることなく、存分に正体不明の品を持ち帰って、いろいろと試すことができるようになるのだ。
本当にすごい技能だと思う。これだけでも彼女と行動を共にすることを選んだ価値があったといえよう。
「じゃあ、余裕があったら倉庫にあるものを鑑定しといてくれないか? いくつかどんな効果があるのかわからない杖や巻物が転がってるからさ」
「ええと、どれが鑑定済みのもので……いえ、時間はあるから見ておきますよ」
「頼んだ」
とりあえず、これで話すべきことは話し終えただろう。
もう一度指輪をいじって話を終えて、探索に戻ることにした。