第五話 決死の物資調達作戦
-充填の巻物-
任意の杖一本の魔法力を再充填できる。貴重な杖を使い果たしても、これ一つで復活だ。
ただし杖は充填を繰り返していると劣化していくので、同じものをいつまでも使い続けることはできない。
「起きてください」
聞き慣れないささやき声がする。それから肩をゆすられることで意識が浮き上がってくる。
目を開けると、見ない顔の少女が俺を見下ろしている。誰かと思えば、昨日から行動を共にすることになったニナだった。
「見張りありがとう。次はあんたが寝るか?」
「いえ、もう眠くないです。今日は表に出ることはないだろうから、だいじょうぶです」
昨日の夜は交替で見張りをしていた。それで安心できたからだろうか、たっぷりと熟睡できたようで疲労感が綺麗に消えている。
熟睡なんていう贅沢は、ここ一年では一度もしたことがなかった。本当に久々の晴れやかな目覚めで、珍しく良い気分だ。この気分を得ることができただけでも、ニナと行動を共にすることを選んで良かったかもしれない、と思えた。
「あ、そうだ。そういえば朝は『おはよう』って言うものなんだっけ?」
「……確かにそうでしたね。えーと、おはようございます?」
「おはようございます?」
あいさつだかなんだかよくわからない微妙なやりとりを交わしたら、今日も死と隣り合わせの辛い一日が始まる。
「そういえば足のケガはどんな具合なんだ?」
「痛みは引いてるから、昨日よりは良くなってるんじゃないかと思います」
「そうか」
ニナの足は、包帯代わりに治療薬を染み込ませている適当な巻物で処置してある。できるだけ早く良くなることを祈るばかりだ。そしていろいろと協力してもらいたい。
倉庫から干し肉と水を取り出して朝食をとる。ニナも自前のカバンから乾パンを取り出して食べ始める。
「……」
「……」
話すことは特に思いつかないので黙々と食べる。いや、本当は話したいことならいくらでもあるのだけど、会って一日の見知らぬ人相手では、どうにも声をかけづらい。
今までも食事は黙ってやってきたのだから苦ではないとはいえ、なんだかなあと思った。
食事を終えたら、なんとなしに倉庫の方を見てみる。
それでニナに訊いておくべきことを思いついたので、さっそく必要な話をすることにした。
「なあ、あんた食料は何日分持ってる?」
「え? ええと、二日分ですね」
ニナは自前のカバンを開けて覗き込むと渋い顔をする。
「たった二日分? だいぶ少ないな」
「旅の途中で手持ちはほとんど食べてしまいましたから。歩けるようになるまでもてばいいんですけど……」
「なるほどね。よくもったな」
大量にいる店主の目をかいくぐって物資を手に入れるのは難しい。店主の動きによっては、数日間にわたって外出できなくなってしまうこともある。
だから数日は隠れ家にこもり続けても耐えられるように、食料は多すぎるくらいに確保しておいたほうがいい。一週間ぶんくらいは持っておくのが俺的な理想である。
それなのに手持ちがたったの二日分。しかもケガをしてたくさん食べないといけない。これは危機的状況と言えよう。
倉庫にある俺の食料は、およそ十日分ある。二・三日ぶんなら分けてやってもいいが、たったそれだけの時間で回復するとは思えない。
必死に食料をかき集めてきたばかりだけど、追加で探しに行かなければいけなさそうだった。
人数が増えるとこういうところで面倒が起きるのかと思って、ついため息をもらしてしまう。
やはり見捨てるべきなのでは、という考えが一瞬頭をよぎるが振り払う。彼女といっしょに行動すると決めたのは自分なのだ。ぼやいてはいられなかった。
「これから出かけるよ。食料が足りないから手に入れに行かないとならない」
「備蓄、あなたもあまりないんですか?」
「いや、あんたの食料を手に入れに行くんだよ。あとはケガに効きそうな薬もね」
これからの予定を告げてみると、ニナはわかりやすく狼狽し始めて、申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げてくる。
後頭部が見えるくらいの深い深い頭の下げっぷりは、なぜか堂に入っているように見えて感心してしまった。
「す、すいません。足手まといにならないって言っておきながら」
「気にすんなよ。あんたといっしょにいるって決めたのは俺なんだし。あ、もちろんケガが良くなったら頑張ってもらうからな」
「それは必ず。あ、そうだ。行く前にちょっといいですか?」
そこで何かを思いついたように顔を上げてくる。なにかと思えば、カバンから巻物を取り出して差し出してきた。
「魔法の杖で使い切ってしまいそうなものはありませんか? これで充填してください」
「ああ、ちょうど欲しいところだったんだ。助かる」
渡してきたのは“充填の巻物”だった。ちょうど主力として使っている“瞬間移動の杖”を使い果たしていたところだったのだ、出かけるまえに充填することにした。
「あともう一つ、これを持っていってください」
ニナはまだ渡すものがあるようでカバンに手を突っ込むと、今度はひもで二つ連ねてある指輪を取り出して、そのうちの一つを渡してきた。
無骨な鉄の輪に魔法石らしき黒い石が埋め込まれているだけという、装飾品にしては見栄えの悪いものだ。
「この指輪は? なにか魔法でも込めてあったりするのか?」
「これは二つ一組のもので、離れたところでも話ができるんです」
「なにそれ、すごいな」
ぽろっと凄まじい品を出されたので、これにはさすがに驚かざるを得ない。
離れた人と話せるような魔法具なんて、貴族や商人などの金持ちでもなければ手を出せないような高級品なのだ。
どこでそんなものを手に入れたのか、実は良家のお嬢様だったりするのかと考えるけど、今のご時世なら持っていても別におかしくはなかったか。
きっと死体になった誰かさんから無断で拝借したのだろう。俺が今使っている杖や巻物だって、本当なら俺では手の届かないような高額品がほとんどなのだから。
よって気にすることはない。
とにかく二人で行動するには便利そうな品ではあるので、ありがたく使わせてもらうことにした。
「それで、コレどうやって使うんだ?」
「対になっている指輪を誰かがはめている間は、石の色が変わります。この状態で石を指の腹でさすると、相手に『話をしたい』と呼びかけることができます」
「試してみてもいいか?」
「どうぞ」
二人して人差し指に指輪をはめると、俺の石の色が黒から黄に変わる。ニナのほうは緑色だ。
次に俺の指輪の石を軽く撫でてみると、ニナの指輪が白黒に明滅しだす。
「私の石が点滅していますけど、これはネリスさんから呼びかけてきていることを表します。このときに私が石を撫でることで……話が通じます」
ニナが指輪をさすると石はぎらぎらした白色に染まる。続けて石を爪の先でこつこつと叩くと、同じ音が俺の指輪から出てきた。
なんというか、すごい技術だと感心するほかない。
「白くなった石を一度さすれば話を終えることができます。なにか相談したいことや連絡したいことがあったら、これを使ってください」
「わかったよ。ありがたく使わせてもらうから」
もう一度触れると、石の色は白から落ち着いた黄色に戻った。
「ちなみに、指輪の色で相方が元気なのかどうかも判断できますよ」
「色って、具体的には?」
「緑色が健康で、赤色に近いほど危険な状態を表します。参考にしてください」
「そうか、わかった」
俺の指輪の色は黄色で、ニナのほうは緑色になっている。この色の違いは、ニナが足をケガしているからだろう。
こんなことまで細かくわかってしまうのか。まったく、すごい指輪である。
さて、次は持ち出す荷物の準備だ。指輪は着けっぱなしにしたまま倉庫に入る。
愛用のカバンを手に取って、必要なものを詰め込んでいく。
魔法の杖は、いつも使っている“衝撃の杖”、“金縛りの杖”、“瞬間移動の杖”を一本ずつに加えて、新しく手に入れた“眠りの杖”を突っ込む。
“瞬間移動の杖”の充填が切れていたので、さっそくニナからもらった充填の巻物を使うことにする。
巻物の封を切って簡単なキーワードを唱えることで効果は発揮して、杖の充填は見事に満タンになった。これでしばらくは安心だろう。
魔法の巻物は、今使えそうなのは先日手に入れた“感知の巻物”のみ。
この一年を生き延びたことで野獣じみた勘を身に着けた。店主の居場所は気配でだいたいわかってしまえるので、こういう巻物の必要性は薄めではある。
でも、索敵が楽になるのは確かだ。すぐ使うつもりで持っていくことにする。
薬品を持っていきたいところだけど、全部持ち出すとカバンがいっぱいになって、戦利品をあまり持ち帰れなくなってしまう。緊急用に“加速の薬”だけを持っていくことにした。
こいつは店主から逃げるときの切り札となる強力な品だ。使う必要に迫られるような場面には遭遇したくないものである。
これで準備は整った。さっそくカバンを背負って、石で埋めた部屋の出口前に立つ。
“穴掘りの杖”を振るう前に、横になって安静にしているニナに一声かける。
「ここに残して行くけど、ひとりでだいじょうぶだな?」
「まったく動けないわけじゃないですし、いざというときは自分で身を守りますから、心配しないで」
ニナは穏やかに笑うと、危機を打開するための品々が詰まっているであろうカバンを手に取って、ぎゅっと胸に抱き寄せた。
こいつも俺と同じように、この一年を生き延びてきたのだ。何か問題が起きたとしても、早々に倒れるようなことはないだろう。
他人の心配はいらない、今は自分自身の心配だけをしていればいい。そう思ってニナに背を向けて、出口へ“穴掘りの杖”を振るった。