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第四話 久しぶりの生きた人間

-加速の薬-

一時的に動きが素早くなる。その素早さは店主の攻撃を避けられるようになるほどなので、追い詰められたときの切り札となる。

ちなみに薬は投げつけると、ぶつけた相手に効果を発揮する。

「ここは? 確か、店主に追い詰められて」

「目が覚めたか? 無事に目が覚めてくれて良かったよ」

「はっ!」


 うつろな表情の少女が、ぼんやりと額をさすっているところに声をかける。

 少女は悲鳴じみた短い声をあげると、大慌ての様子で上半身を起こしてからこちらに顔を向けてきた。


 今の状況がわかっていないのだろう。困惑やら警戒やらが入り混じった、大いに混乱した様子で俺の顔をじろじろと見つめてくる。


「あの、ここは、あなたは」

「ここは俺の隠れ家だ。あんたが気絶しちまったんで、俺がここまで運んできたんだよ。なにが起きたのか、簡単に説明しようか?」

「……お願いします」


 少女は考え込むような仕草を見せると、わずかに頭を下げてくる。

 少女の目の前に腰を下ろして、なにがあったのかについて説明してやることにした。


「さっき店主どもに追われてただろう?」

「はい」

「あんたが追い詰められてるところを見たら、思わず助けに入っちゃってね。足をケガして動けないようだったから、店主から引き離そうと思って“衝撃の杖”であんたを吹き飛ばしたんだ。そしたら壁にぶつけて気を失っちまってさ」

「あ」


 少女は何かを思い出したといった顔をする。


「それで俺はあんたを背負って、この隠れ家まで連れてきたということなんだけど……荒っぽいことをしちまってごめんよ。足以外に痛いところはあったりしないか?」

「いえ、だいじょうぶです。そうだったんですか、危ないところを助けてくれて、ありがっ痛っ!」


 少女はそそくさと起き上がると、姿勢を正して座ろうとするが、呻き声をあげると再び倒れこんで横になった。


「おい、ほんとうにだいじょうぶか?」

「そういえば確か足が……」


 少女は血のついている長ズボンのすそをまくり上げる。

 見ればふくらはぎ辺りに酷い青あざができている。所々に皮膚が裂けたような傷から出た血が固まって、べっとりと皮膚にこびりついていた。


 店主にやられたのではないだろう。やつらに殴られたら跡形も残らなくなる。何かに強く挟まれたといった感じの傷で、なかなか痛々しい。


 痛みをこらえているようで苦しそうな顔をしている少女は、慎重な手つきで傷を触ったあと、手を離してため息をついた。


「この感じなら骨が折れたりはしていないと思うんですけど、しばらくは動けそうにないですね。回復薬を飲んで、しばらく休まないと。あ、すいません、お礼を言い損ねて。助けてくれてありがとうございました」

「どーいたしまして」


 少女は顔を上げると頭を下げてきたので、適当に返事をしておく。


 今のやりとりで何を思ったのか、少女はきまり悪そうな顔をして目をそらすが、すぐに目を合わせ直してくる。


「あの、私はニナといいます。さっそくですいませんけど、ひとつ質問させてもらってもよろしいでしょうか?」

「いいよ。ああそうだ、俺はネリスだよ」

「ありがとうございます、ネリスさん」


 少し遅れての自己紹介をし合ってから握手をする。旅路で鍛えられたのだろうか、彼女の冷んやりとした手は少し硬く、握り返してくる力も女とは思えないほどに強かった。


「ええと、実は私、昨日初めてこの町に来たんですよ。あなた以外に生き残っている人はいるんでしょうか?」

「いる、みたいなんだけど。生きて会ったことは無い。こうして人と話すのは、店主が暴れはじめたとき以来……一年ぶりなんだ」


 正直に答えてやると、ニナは肩を落として悲しそうな顔をするが、それほど残念がってはいなさそうに見えた。このご時世だ、最初から大した期待はしていなかったのだろう。

 それよりも、彼女が気になることを言ったので、俺からも質問を出すことにする。


「今日初めて町に来たってことは、あんたはどこから来たんだ?」

「商業の街、コアサという町からです」

「聞いたことがあるな。ああ、確かそこって、ここからだと飛行船でも十数日とかかかるところじゃなかったか? よくここまで来れたな」

「そうですね。一年かけて歩き続けて……あ、たまに馬も使いましたけど、いろいろやってこの町にたどり着けたんですよ。我ながらよく生きてこれたなって思います」

「すごいなおい」


 これにはさすがに驚かされる。

 ニナが住んでいた町も、店主に滅ぼされてしまったはず。飛行船どころか馬車の一台すらも動かなくなってしまっただろうから、他の街に行くには自力で行くしかないのだ。

 店主どもがうろついているであろう長い道のりを生きて踏破するとは、小さいくせしてタダ者ではないようだった。


「そんな苦労をしてまで、なにをしたいっていうんだ?」

「私の兄を探しに来たんですよ。最後にいたのは、この町だったようで」

「ふーん、じゃあこの町がゴールってことになるか?」

「そうですね。ほんと、長かったです」

「そうか、良かったな」


 話の流れに乗って旅の目的も聞いてみるけど、『何言ってるんだコイツ』というバカバカしい気分になって、それ以上を聞く気は失せてしまった。


 たった数日で、町から人々の気配が消え失せるほどの大勢が店主に殺されたのだ。俺みたいに生き延びている可能性はゼロではないけれど、その見込みは限りなく薄いと言っていい。

 それなのに危険を冒してまでこんなところに来るとは、おかしな話だとしか言いようがない。


 俺がそんな考えを浮かべているということを察しでもしたのだろうか、ニナはどこか寂しそうに笑っていた。


「あの、ネリスさん。出会って早々であれですけど、折り入ってお願いがあります」

「ん?」


 話の流れが途切れたところで、ニナが急に居住まいを正して神妙な顔を向けてくると、頭を深々と下げてきた。


「私の足が良くなるまで、ごいっしょさせてもらえませんか? 私も今まで生き延びてきた経験や知識があるから、困ったときは相談に乗れると思います。お願いします、足手まといにはなりませんから」


 改まって頼み込まれてみて、ニナという人物がいたらどうかについて考えてみる。

 相談役として頼れるか、足手まといになったりしないか、あれやこれやといった考え事はあるが、そんな些細なことはどうでもいいことだ。


「構わないよ、協力しようじゃあないか。俺はずっと一人きりが続くのは嫌だったからな」


 正直なところ、孤独な戦いばかりが続く日々に参ってきていたのだ。それが終わるというのであれば、返すべき答えは一つだけだった。

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