第二十一話 恐るべき店主の罠
-雷の杖-
雷の矢でダメージを与える。猛獣や暴漢などを撃退するためのものだけど、店主相手では力不足過ぎるので、武器としては使い道がない。
戸棚から出て足を床に降ろすと、何か硬いものを踏んだ感触がする。『コツ』と何かをはめ込むような乾いた音が足元から小さく響いた。
目だけで下を見てみると、戸棚に入る前までには無かったはずの四角い出っ張りがあって、俺の足がそれを踏んでいたのだ。
理解よりも本能が先んじて、反射的に前へ跳ぶ。どこからともなく風を切る音がするのとほぼ同時に、右の肩に痛みが走った。
なにかが強く壁に当たってから落ちる音がした。目で音の出どころを追ってみると、そこにはペン程度の大きさの短い矢が床に転がっていた。
「罠だと……? なんで、さっきまでなかったはず」
俺が潜んでいた戸棚の前に罠が仕掛けられている。だが、ここに飛び込む前にこんなものは無かったはずだ。
だが少し前のできごとを振り返ってみると、一つだけ思い当たることがある。一体の店主がこの部屋の中でうろうろしていた。
そいつが新しい罠を仕掛けた、というのはどうだろうか。いや、状況的にそうだとしか考えられないか。
まさか、こんなからめ手を使ってくるヤツが本当にいるとは、店主というのはつくづく油断ならない怪物どもである。実に理不尽で頭にくることこの上ない。
「痛ったっ、くそっ、服が切れてるじゃないか」
痛む肩の様子を見てみると、布が切れて少しだけ血が出ていた。矢がかすって肌を切られてしまったようだ。痛いし一張羅が傷ついてしまったし、まったく最悪だ。
でも直撃しなかっただけ良かったのだと思うことにした。
罠のせいで物音をたててしまったので、店主どもがここに寄ってくるかもしれない。さっさと離れるべきだろう。
深呼吸をして気持ちを落ち着けてから更衣室を出て、危険であふれる通路へと舞い戻った。これでまた店主どもとの死のかくれんぼの再開だ。
今居る三階の雰囲気は一階とさして変わらず、同様に身を隠すための物陰が多くあるので動くのに困らない。
棚や箱などの置物を駆使して、隠れては安全確認してから動くのを繰り返す。
そうしているうちに一体の店主が近づいてくる気配を捉えたので、いつも通りに適当なところへ隠れる。
息をひそめて通り過ぎるのを待っていると、店主はなぜか立ち止まって動かなくなる。しかし辺りに探りを入れ始めるわけではなく、その場に留まって動こうとしなかった。
店主がこんな動きをすることなど、俺の記憶では一度もなかった。いや、正しくはつい先ほど一度だけあったか。
俺の知っている店主となにかが違う。いったい何をしているのか気になる。
下手に身を出すと見つかってしまう恐れがあるが、それよりも好奇心の方が勝る。というか最近は新種の店主がちょくちょく現れていることもあるし、今後のために店主どもの行動を観察するべきだ。
恐怖を理屈と感情の両面で抑えつけて、そっと顔半分だけを陰から出してみた。
だいじょうぶ、気づかれていない。
その店主は、いつも見ている店主とはやや違うなりをしている。普通の店主とは色違いである青の前掛けのほかに、両手に魔法の杖を持っているのだ。
右の杖を床にあるベアトラップに振るう。すると罠が跡形もなく消え去る。
左の杖を何もないところに振るう。すると赤い魔法石らしきものが中心にはめられた丸い出っ張りを新しく造り出した。
店主が、あの店主が、罠を仕掛けている。この建物が罠だらけなのはヤツの仕業か。
罠を消したり作ったりする杖があったとは、というか店主に杖を扱う知性が残っていたとは思わなかった。まったく、最近は驚くことばかりで困る。
手持ちの杖で動きを封じてアレを奪ってみようか、という考えが浮かぶ。特に罠を消す杖のほうは役に立ちそうだ。
カバンの中から“眠りの杖”を取り出そうとして、なぜか指に力が入らず取り出せない。いや、力が入らないどころではない。右上半身が異様に熱を持っていて、しびれが広がっている。集中していて気付かなかった。
これはいったいなんなのか、右の拳を開いては閉じるのを繰り返して感覚を確認しながら、こうなった理由について考えてみるも、特に何も思いつかない。
右肩を軽く回して腕全体を動かすことで、どこが変なのかを探ってみる。右肩の後ろあたり、さっき罠にかかってケガをしたところに何かがあることがわかった。
肌が軽く裂けただけだったのに、傷からなにか悪いものでも入ったのだろうか。
いや、ここに来る前に確か、ニナは毒矢の罠なるものがあると言っていた気がした。普通の病気だとは思えないこの症状、まさか毒によるものか。
先ほど負った傷をもう一度見てみると、傷周りの肌が不自然な青紫に変色しつつあるので、毒で確定だ。
恐ろしい結論に至っても慌てない。こういうときのために回復薬を持ってきていたのだから。
近くにいる店主に気取られないように、カバンの中で静かに瓶のふたを開けてから取り出して中身を飲み干すと、すぐに症状が軽くなった。
ちゃんと効いた。とりあえずはこれでだいじょうぶそうだ。
それにしても矢がかすっただけでこれか。直撃をもらっていたら死んでいたかもしれない。そう思うと、今さらながら罠の恐ろしさを実感する。
場所が丸見えのものばかりだから、正直なところ侮っていたと言わざるを得ない。本気で気を付けないと命がいくつあっても足りなさそうである。
持ち込んだ回復薬はこれで使い切った。次に同じ失敗をしたら命は無いと、戒めの言葉を深く心に刻みつけて反省しておいた。
毒の処置をしている間に罠店主は歩み去っていたので、探索を続行する。
隠れ場所の間を行き来しながら慎重に進む。店主とは出遭わず一度も足を止められることなく、通路を三本も通り抜けることができた。
「……誰もいないな?」
急に店主の数が減ったのは妙だけど、楽なのに越したことはないだろう。今のうちにいろいろと手に入れさせてもらうことにする
商品がごろごろと転がっている倉庫らしき部屋をみつけたので探ってみる。
見つかったものは“雷の杖”、電撃の矢を放つ攻撃用の杖である。もちろん屈強な店主にはかすり傷ひとつ付けられない程度のものだけど、何かに使えるかもしれないので一応持っておく。荷物がいっぱいになったら捨てればいい。
他には正体不明の杖が一本見つかる。あとでニナに鑑定してもらうかと、これもカバンにしまう。
さらに調べてみると“眠りの薬”が一つ、強力な“加速の薬”が一つ、そして貴重な“白紙の巻物”を二つも見つけることができた。こいつらは速攻で確保だ。
なかなかの収穫にホクホク気分になっているところで、指輪の石が点滅しだす。ついにニナから連絡がきたのだ。
道具漁りは一時中断、適当な場所に隠れながら、すぐに話に応じることにした。
「どうした、無事か?」
返事をしてみるけど、なにも聞こえてこない。石の色は白くなっているので、ニナの指輪と繋がっているはずなのだが。
いや、よくよく聞いてみると何か言っている。いつも以上に小声なせいで聞き取れなかったのだ。さらに顔を指輪に近づけて耳を澄ませることにする。
「すまん、聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
「す、すいません。ネリスさん、そっちは無事ですか?」
「ああ、今のところは余裕があるよ。あんたは今どこにいるんだ?」
「最上階です。目指してた場所の近くまで来たんですが、その、店主が集まってき過ぎてて、身動きがとれないんです」
彼女は上の方の階にいるらしい。しかし店主が多すぎて動けないとは、俺の状況とはまるで逆だ。
もしかしたら、ニナがいるほうに店主が群がっているから、俺がいるこの階ではあまり店主に出遭わずに済んでいるとかなのだろうか。
「それで話をしてて、だいじょうぶなのか?」
「あまりだいじょうぶじゃないです……。ネリスさん、そちらで店主を引きつけることってできませんか?」
なにか無茶振りが始まった。あの怪物どもの餌になりにいけとは、お願いとしてはなかなかの斬新さである。
リスクはできる限り回避するのが俺の生き延び方だ。危険な橋は渡りたくないというのが本音なのだ。
でも、それでも、捨て置くことはできない。だって彼女は貴重な仲間なのだから。
手持ちの道具を再確認する。“瞬間移動の杖”に“混乱の杖”。“暗闇の巻物”に“金縛りの巻物”。そして“加速の薬”。なかなか良いものが揃っている。
こいつらを使いこなせば、場をかき乱しつつ素早く遠くへ逃げることができるだろう。
「いや、その、ごめんなさい。なんとか見つからずに済んでるし、落ち着くまで隠れていれば、きっとだいじょうぶかと」
黙って思案していたら、ニナがいかにも気まずそうな口調で呼びかけてきた。俺の返事が無いので不安になってきたらしい。
「いや、今の手持ちがあればやれそうだ。俺に任せてくれ」
「……無茶をしようとしてはいないですよね?」
「そもそも、こうして商業ギルドに来てること自体が無茶だろうが。店主どもの気を引くくらいならできるよ」
わずかな沈黙のち、ニナの意を決したような硬い声が指輪から出てきた。
「すいません、頼らせてください。あの、その辺に警報装置はありませんか? よくある罠なんですけど、それを使えば簡単に店主の気を引くことができると思います」
「警報装置? ええと、どれかわからないんだけど、どういう奴だ?」
そう言われても、種類が一目でわかる罠はベアトラップと矢の罠くらいだ。他にも色々なものを見かけてはいるが、どんな罠なのかは今もわからずにいる。効果を知るために踏んだりしたら人生が終わるかもしれないのだから知りようがない。
「警報は……丸い形で中心に赤い魔法石が埋め込まれているんですが、見かけませんでしたか?」
「丸くて赤い? ああ」
その説明ですぐに思い当たる。さっき見かけた罠店主が俺の目の前で仕掛けていたものだったので、印象深かったためか覚えていたのだ。そいつを使えばいいだろう。
「今からやってみる。待ってろ」
指輪をさすって話を終えたら、さっそく陽動作戦を開始することにした。
店主の気配が薄めな通路を逆戻りして、すぐに目的の警報装置があるところまでやってくる。
手持ちの道具を再確認してから、さっそく罠を動かしてみようと足を持ち上げたところで思いとどまる。
遠くから何かを投げつけて罠を動かすことができれば、逃げるための距離を稼ぐことができるのかもしれない。すぐに使えそうなのは、さっき手に入れたばかりの“雷の杖”だろう。試すことはすぐにできそうなので、さっそく挑戦してみることにした。
警報装置から距離を取る。ギリギリ投げた物が届きそうな位置に着いたら、深呼吸でたかぶりつつあった気持ちをいったん落ち着ける。手足の震えを気合で留めて覚悟を決める。
要らない杖を手に上半身を捻って振りかぶり、罠に向けて放り投げた。しかし見事に外して杖は警報装置の手前に落ちてしまった。
なんという決まり悪さか。こんちくしょうと内心で悪態をつきつつ、徒歩で外した杖を拾いにいって元の位置に戻る。
気を取り直してもう一度罠の上にめがけて杖を投げた。
今度は狙い通りに警報装置に上に落ちる。すると、出来の悪い口笛のように耳障りな爆音が辺りに鳴り響いた。
ところでこれは一階でいきなり響いてきた爆音とまったく同じである。あれは警報装置が作動していたらしい。
それはともかく、罠は発動した。やつらが来る。




