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第二話 滅びた古都の生存者

-衝撃の杖-

相手を一定距離だけ吹き飛ばす。吹き飛んだ先で壁にぶつければダメージを与えられるけど、超タフな店主には生半可な攻撃など無意味。基本は店主と距離をとるためだけに使う。

 高い石垣の間を抜けて表通りへと出ると、建物の間から強い陽光が差し込んできて、まぶしさに思わず目を細めた。


 目前に見えるのは、朝日に照らされた美しい古都の街並みだ。かつては景観を売りにしていた古式ゆかしい町を、そこら中で無造作に散らばっている大量の白骨死体が汚している。


 死体はどれもこれも頭が無かったり、腕が無かったり、上半身や下半身が欠けていたりと、一つの例外もなく激しく損壊している。

 店主の力は巨竜の鱗すらも軽く打ち破る。そんな超怪物の一撃をもらえば、人間の体はこのようにして無残に壊れてしまうのだ。


 こうはなるまいと気を引き締め直して、死体の山から目を離した。


 目をひんむく。耳を澄ませる。鼻を利かせる。

 あらゆる死に満ちた空気に流れを感じる。この身が持つ全ての感覚を死ぬ気で研ぎ澄ませる。

 一瞬の油断が死につながるのだと自分自身に言い聞かせつつ、物陰に潜みながら一歩一歩を慎重に進んでいく。


 それだけ注意しても、危機に遭うときは遭ってしまうものだ。

 物陰に潜んだ瞬間を見られたか、道脇の路地から出てきた店主が一体、こちらに向かってきた。


 商人の装束を身にまとっている筋肉の塊のような男が、重々しい足音をたてながら威圧的に歩み寄ってくる。絶対的な死をもたらす存在が、真っすぐ俺を殺しにやってくる。他に隠れる場所も逃げる場所もないというのに。


 だが恐れることはない。慌てることもしない。この程度の危機なら何度も何度も乗り越えてきたのだ。


 つとめて冷静に手を動かして、カバンから“金縛りの杖”を取り出す。そいつを剣でけさ斬りを繰り出すように、仏頂面な店主へと向けて迷いなく振り下ろす。

 杖の先から矢を越えた速度の魔法弾が放たれる。質量の無い光球が店主の厚い胸板に吸い込まれると、立ったまま動きを完全に止めた。

 杖に込められていた金縛りの魔法が効果を発揮したのだ。これで刺激を与えない限りは数十秒ほど動きを封じることができる。今のうちに先へと進むことにした。


 店主どもの力は圧倒的ではあるが、完全無欠の存在ではない。本来は商売人であって戦いの専門家ではないということで、思いのほか抜けているところがある。

 倒すことは不可能なものの、適切な道具さえあれば一・二体くらいならこうしてやり過ごすことができるのだ。

 引き続き身を隠しながら、歩けば五分で済む道を倍以上の時間をかけてじっくり進む。


 やりすごした店主の数が四体を数えたところで、ようやく目的地にたどり着くことができた。近所の小さな雑貨屋だ。


 町が滅びてから一年が経った。家主を失って手入れされなくなった店内は荒れ果ててしまっている。

 調度品は埃をかぶって汚れているどころか、外から吹き込んできた雨風にやられて腐っている。重い物を載せたら壊れそうだ。

 床一面に雑多な小物が散乱している。足をいちいち取ってくるので動きづらいことこの上ない。


 どこもかしこも汚れ放題。もう完全に廃墟である。一目見ただけでは、ここが店だとは思えないだろう。


 こんな無残な状態にもかかわらず、商品を置くための陳列棚だけはきれいに磨かれていて、その上にだけ様々なものが並べられていた。

 暴走した店主どもは本能的に商品を仕入れて“店”に納品を続けているようで、町が滅びた今でも、このように物資が尽きることがないのだ。


 だが、今回は余計なものも補充されていた。

 店内には小さな虫が飛び交っていて、わんわんと不快な羽音を奏でている。そいつらが特に集まっているところに目を向ける。


「店主にやられたか」


 雑貨屋に入ってすぐのところで、胸から上の部分がきれいに吹き飛んでいる死体が腐臭を放ちながら転がっていた。

 辺りには肉片や骨片が飛び散って、薄汚れた壁や床にこびりついている。凄まじい損壊ぶりからして、店主にやられたものと見て間違いないだろう。死体の傷み具合と活きの良さを見るに、やられたのは最近のことだったと思われる。


「……またか。どこへ行っても死体、死体ばかりだ」


 本当にげんなりする。

 この町には、俺以外にも生きた人間が潜んでいるようなのだけど、出会うときはいつだって店主に殺された後だ。この一年、ずっとそうだった。

 まるで噛み合わない縁にむなしさを覚えながら、店の陳列棚を漁る。


 何はともあれと、食料をかき集める。

 幸いなことに豆の瓶詰めや干し肉といった保存食が多めに仕入れられていたので、一気に五日分以上の食料が手に入った。これでしばらくは隠れ家にこもっていられるだろう。


 食料の隣には魔法の杖がいくつか置いてある。

 ほとんどが俺にとって使い物にならない三級品だけど、中には見覚えのない種類のものがあった。何の魔法が込められた杖なのかはわからない。


 謎の杖の効果は“鑑定の巻物”が手に入ったら調べることとして、他の商品も漁る。巻物や薬品などがあるので、どれを持ち帰るべきかと見繕っていると、店の外で物音がして心臓が跳ね上がった。

 反射的に外から見えない物陰へと飛び込む。


 暴れ狂う胸を気合で抑え込みながら外の様子をうかがっていると、大勢が慌ただしく駆けてくる足音がする。

 まさか店主どもに居場所を悟られてしまったか、今すぐこの場から離れるべきだろうか。秒の間にあれこれ思案していると、外の通りを一人の少女が駆け抜けていくのが見えて、諸々の考えが全て吹き飛んでしまった。


 少女は足を痛めているのかフラついている。それを猛追している五体の店主があっという間に距離を詰めて、自慢の剛腕で少女を叩き潰そうとする。

 だが少女は寸前で魔法の杖を振って、店主を足止めすることで死の一撃から逃れていた。


 動きを鈍らせる“減速の杖”や、相手を弾き飛ばす“衝撃の杖”などを駆使して立ち回れてはいる。

 しかし店主の数は多く、さらに増援がやってきているので、すぐにさばききれなくなるだろう。逃げようにも怪我をした足では難しそうだ。圧殺されるのは時間の問題か。


 死に瀕している少女を見て、ひとつの選択肢が頭に浮かぶ。

 見殺しにして店主をやり過ごすか、なんとかして助けてやるか。


 久しぶりに見る生きた人間だから話をしてみたい。でも店主を五体以上も相手をするのは、手持ちの武器を考えると分が悪すぎる。

 助けに入ったところで、店主どもの力と物量に押しつぶされて、共々に殺されるのがオチだろう。俺にできることなんてなにもない、見捨ててしまうべきだ。


 そう思ったはずなのに、体のほうが勝手に動いてしまった。


 切り札としてとってあった“加速の薬”を飲み干す。

 薬の効果で体内時間が一時的に倍加して、目に見えるもの全てが止まって見えるようになる。

 停滞した世界の中で瞬時に戦術を組み上げて、作戦を実行する。


 “粘液の薬”を取り出して、先頭の店主に向けて放り投げる。狙いが甘かったようで外してしまうけど、地面に広がった粘液が足をとって、少しだけ時間を稼ぐことができた。


 店主どもの注意がこちらにも向く。感情が一切見受けられない昆虫じみた視線に寒気が走るが、ひるまずに次の手を打つ。


 “衝撃の杖”を手に取って振るう。ただし振るう先は店主ではなく少女に。

 魔法弾の直撃を受けた少女は、店主がいない路地のほうへと吹き飛んでいった。勢い余って壁に叩きつけてしまったので、少しひやりとくる。

 さらに“瞬間移動の杖”を手に取って、少女に向けて何度か振るうと、店内から一気に少女のもとへと転移した。


「おい!」


 少女に呼びかけてみるが返事はない。壁にぶつかった衝撃で気を失ってしまったようだ。

 仕方ないので背負っていくことにする。あまり食べることができていないのか、思ったよりも軽いのは助かった。


 “金縛りの巻物”の封を切って追いすがる店主どもをまとめて足止めする。役目を終えて崩れ落ちる巻物を払い捨て、店主の気配が薄い方へ“瞬間移動の杖”を振るって、一気に距離を離す。

 もう一度振るう。さらにもう一度振るう。これでもかと振るって跳び続ける。


 杖の残り充填量が気になり始めたところで、辺りから店主どもの気配がなくなっていることに気づく。なんとかまけたようなので、杖をカバンに収めた。

 破裂せんばかりに脈打つ胸を抑えながら、背中の少女に目を向ける。まだ気絶から立ち直っていない。


「どうしよう……」


 無我夢中の行動ではあったけど、思わず助けてしまったことを今になって後悔してしまう。

 正直言って自分の面倒を見るだけでも精一杯だというのに、人助けなんてしてどうするのか。ただ面倒ごとを抱えてしまっただけではないのかと思うと、前途が不安になってくる。


 と、ごちゃごちゃ考えている場合ではなかった。ぼさっとしていると店主どもがやってくる、今は悩む前に動かなければならないのだ。


 難しいことは隠れ家に戻ってから考えよう。諸々の問題を未来の自分自身に丸投げして、撤収することにした。

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