第一話 店主地獄の始まり
この世でもっとも強いものといえば何だろうか。
国を滅ぼす魔導兵器? 世界を焼き尽くす巨竜? それら全てを打ち破る勇者?
いや、店主だ。
古来より無数の接客を重ねてきたことで蓄えた莫大な経験値が、店主という存在を絶対的な最強生物へと昇華させた、などとまことしやかにささやかれている。
やつらに比べれば、先に挙げた連中も生まれたての赤ちゃんみたいなものだろう。
絶大な力を持っているにも関わらず、店主は理不尽な暴力を振るうことはなかった。ただ商売とお客様を守ることにだけに力を尽くして、いつでも中立を保っていた。
そのはずだったのに、やつらはある日突然、人類に牙をむいた。
最強生物による超暴力にさらされたことで、俺が住んでいる町は三日くらいで滅んだ。
逃げ回っているときに誰かから聞いた話によると、店主どもは他の町でも一斉に暴れだしたとのことなので、きっと世界中が同じような状況に陥ってしまったのだろう。
惨劇から一年。
人々は店主どもによって駆逐されて、町は廃墟と化してしまった。動くものは、なにかを探しているかのように町中を練り歩く店主どもの群れだけ。
そんな悪夢の真っただ中にあっても、俺は今も生き延びることができている。
雨風で汚れた窓から陽が差し込んできて、ほこりに浮かぶ光の筋がまぶたに落ちる。
刺激を受けたとたんに意識が覚醒する。大急ぎで目を開けると、跳ねるように薄いベッドロールから身を起した。
早鐘を打つ心臓と酸欠にあえぐ肺を死ぬ気で抑え込みつつ、すべての感覚を全開にしながら辺りを見回すと、部屋の隅がゴミ山になっている汚い部屋が目に入る。
ここは店主どもから身を守るために、勝手に隠れ家として使っている一軒家の一室である。
変な物音はしない、店主どもの気配が近寄ってくる様子もない。この部屋の沈殿しきって淀んだ空気には、わずかな変化も感じられない。
なにも問題はないようだと、張り詰めていた気が少しだけゆるむ。今日も無事に目を覚ますことができたようだった。
可能な限り物音をたてないように立ち上がってから、そっと窓の外を覗き込んでみる。
今日は快晴、空には雲一つない澄み渡った青空が広がっている。天から降り注ぐさわやかな日差しに照らされる、古びた石造りの建物が建ち並ぶ歴史ある古都は、相変わらず不気味に静まり返っていた。
「くそっ、バケモノどもが」
動いているものがちらほらと見えるが、あんのじょう店主である。
商売人の象徴であるという特徴的な前かけを身に着けている屈強な怪物どもが、今日も無表情に滅びた町を練り歩いていた。
この町はとにかく店主が多いので危なくて仕方ない。だからといって、町から出ようと思ったことはない。
生まれてこのかた一度もこの町から出たことがないというのはあるが、店主どもは天の彼方から地の底まで、どんな場所だろうと商売をしに現れるらしいから。
きっと、どこへ逃げようとも店主からは逃れられない。ならば、土地勘があって隠れ場所も物資もある町にこもっていたほうがマシなのだ。
そう判断して、惨劇から一年経った今に至るまで、この町で生き抜いてきた。
一年も生き延びることができたのだ。だから、俺の判断は間違ってはいなかったと思っている。
「だめだ、気が滅入る。はぁ、道具の整理でもするか」
かぶりを振って嫌な気分を追い出す。
こういうときは適当な作業をして気を紛らわせるに限る。とりあえず荷物整理でもしておこうと思って、そっと窓から離れる。
そばに置いていた分厚い革カバンを持って、倉庫として使っている小部屋に入った。
倉庫部屋には雑多な道具を転がしてある。種類別でおおまかに分けてはいるけど、整頓されているとは言えない状態だ。
カバンの中身すべてを床にあける。それらと部屋にある全道具を一か所にまとめてから仕分けに入った。
まずは店主対策に使えるものを選ぶことにして、魔法の杖を手に取る。
この形整された細い木の棒は、振るうだけで込められている魔法を放つことができる便利な品だ。
相手を吹き飛ばして距離を取る“衝撃の杖”、相手の動きを封じる“金縛りの杖”、狙った場所に飛びつく“瞬間移動の杖”の三本。こいつらは何度も店主の脅威から俺を助けてきた愛用品である。
杖に込められている魔法力……使用回数には限りがある。あと何回使えるのかはわからないが、魔法力が残っているかどうかなら、杖の先端に付いている魔法石に触れることで大体わかる。まだまだ使えるみたいなのでほっとした。
次に魔法の巻物。かさばる上に使い捨てだけど、杖よりも強力な魔法が込められているので、いざというときに役立つ切り札的なものが多い。
周りにいる相手をまとめて金縛りにする“金縛りの巻物”、魔法の杖の魔法力を回復する“充填の巻物”が一つずつ。
あまり数がない。意識して集めておかないと、今後まずそうである。
次に薬瓶。強力な効果を持つ魔法薬をまとめる。
ケガと病気治療用の回復薬が複数。投てきすると店主の足止めに使える“粘液の薬”に、飲むと素早くなれる“加速の薬”が一つずつある。
こちらも在庫は少々心もとないか。
これで店主向けの道具は選び終わったので、残りの日用品的な道具の整理に入る。
料理用の“炎の杖”や壁を造り出せる“壁の杖”、脆い壁を壊す“穴掘りの杖”に身繕い用の“清浄の巻物”などなど、種類ごとにまとめていく。
こいつらには特に不足は感じない。
最後に水と食料。全部でどれだけあるか数え直してみると、残り五日分をきっていることに気づいて息を呑んだ。
「やばい、だいぶ減ってきたな。そろそろ外に出なきゃならないか」
全体的に物資がだいぶ減ってきている。特に食料の備蓄が尽きつつあるのがマズい。すぐに補充をしに行かなければならないだろう。
それは安全な隠れ家から出て、店主という怪物どもが徘徊する危険な町を往かなければならないということを意味するのだ。想像するだけでひざが震えてくる。
それでも恐怖に抗って危険に挑む。飢えと渇きに苦しみながら死ぬことの方が、もっと苦しそうで怖いから。
まずは朝の腹ごしらえだ。瓶から陶器の皿に移した豆の保存食を“炎の杖”の炎で軽くあぶって温めてから、水筒のぬるい水とともにかきこむ。
五分にも満たない食事時を終えて一休みしたあと、先ほど中身を全部出したカバンを手に取って、店主との戦いに使える品を仕込んでいく。
もちろん使いたい物をすぐ取り出せるよう、きれいに詰めることは怠らない。
「さあ、行こうか」
少し重くなったカバンを背負うと、店主への恐怖で思い切り引いてしまっている腰を支えながら立ち上がった。
部屋の出入り口は店主が入って来られないように石壁で埋めているので、まずは“穴掘りの杖”で壁を崩す。杖から飛び出た魔法の光弾が当たると、壁は塵も残さずに消え去って部屋の出口が開く。
廊下に出たら“壁の杖”を部屋の入口に振る。瞬時に石壁が生成されて、きれいに穴が埋まった。注意深く観察しなければ、向こう側に部屋があるとはわからないだろう。
出口の横にある下り階段を降りて玄関に出る。すぐに扉を開けずに、一呼吸の間を置いてから外の様子をうかがう。問題なし。
扉をわずかに開いて、そっと外を見てみる。問題なし。
安全を確認できたので、素早くかつ忍び足で外に出た。
道具の効果は前書きや劇中で説明を入れていきます。
現在所持している道具は以下の通り。
[杖]
衝撃の杖
金縛りの杖
瞬間移動の杖
炎の杖
土壁の杖
穴掘りの杖
[巻物]
金縛りの巻物
充填の巻物
清浄の巻物
[薬品]
回復の薬
粘液の薬
加速の薬