今のあんたとは付き合えないとロシア人ハーフの幼馴染にフラれた、いじめられっ子陰キャの俺、公園で落ち込んでたら謎の黒髪清楚の美少女にカッコ良くなって見返してやれとアドバイスされたので変わる事を決意した件
「あの、えっと……その! す、すす、好きです! 幼い頃からずっと好きでした! 俺と付き合ってください!」
「ごめん。今のあんたとは付き合えない」
高校一年生の秋の放課後。この瞬間、俺――桜庭 樹の幼稚園の頃から続いていた初恋が終わった。
俺が告白をした相手である彼女――神楽 アリサは、日本人の父とロシア人の母を持つハーフだ。
汚れを知らない雪を連想させるような、真っ白な髪の毛先をフワフワにしている彼女は、青くて少しきつめの目、シュッとした鼻に、少しぽてっとした桜色の唇……そしてモデルも顔負けな、出るところは出てて引っ込むところは引っ込むスタイルが特徴の女子だ。
俺はそんな彼女とは幼馴染だ。小学四年生までは隣に住んでいたんだが、両親の仕事の影響でロシアに引っ越してしまい、それっきり会っていなかった。
でも高校生になったら、アリサは日本に帰ってきた。しかも高校まで同じというおまけ付き。
それを知った俺は、アリサともう一度仲良くなりたかった。なんならずっと好きだったから、男女の仲にもなりたいと思った。
でも俺は……自分で言うのもなんだが、
【ブス・デブ・低身長・勉強ダメ・スポーツダメ・コミュ障・ぼっち・いじめられっ子】
という、異性にモテない要素をこれでもかと入れ込んだような存在だ。
そんな俺が告白するどころか、声をかけるのすら迷惑に思うだろう……そう考えて、俺はずっと彼女と関わる事はなかった。
だけど、俺はずっと後悔していた。それは、引っ越しの前日に会った時に告白が出来なかった事をだ。それをまたもう一度味わう事になるかもしれない……そんなのは嫌だと思い、こうして屋上に呼び出して玉砕覚悟で告白したんだが……見事に玉砕したわけだ。
「話は終わり? じゃあ私は帰るから。それじゃあね」
「待って! ねえ……どうして……」
「言ったでしょ? 今のあんたとは付き合えない。それ以上言う事はないから」
俺が引き止める前に、アリサは足早に屋上を去っていった。
随分と薄情に見えるかもしれないけど、昔はもっと優しくて明るくて活発で……すごく良い子だったんだ。でも……再会したアリサは、誰も寄せ付けないオーラを出しているというか、近寄りがたい雰囲気だった。
そのせいで、同じクラスになったというのに、俺を含めたクラスメイト全員が、アリサと関わろうとしない。一人だけ声をかけてるイケメンがいるけどさ。
「まあ……変わったのは俺もか。あの頃に比べて太ったし、身長もあまり伸びなかったし、コミュ障になっちまったし……で、でもこんな底辺レベルの俺がよく頑張ったよ……うん……ははは……」
自虐をしたり自画自賛したり、我ながら忙しい奴だと思うと……自然と笑みと涙が零れてきた。
失恋って……こんなにつらいんだな……まるで胸にナイフを突き刺して、思い切り抉られたような……そんな痛みの錯覚を覚えるくらいだ。十年以上の片想いだったんだから、当たり前って言えば当たり前かもしれないけどさ……。
「……帰ろう……帰って寝よう……」
それからの事はあまり良く覚えていない。いつの間にか無事に家についていた俺は、いつもの様に仲の悪い妹にブタだの死ねだの言われながら自室に入り、そのままベッドで泣き――そして眠りについた。
****
「やあ桜庭君、ちょっと付き合ってくれるか?」
翌日、鉛のように重い身体を引きずるようにして学校に来ると、昇降口の所で一人の男子生徒に声をかけられた。全身からキラキラオーラを出す、超がつく程のイケメン――如月 隼人だ。
こいつとは小学校からの知り合いだ。厳密に言うと、アリサがいなくなった頃からの知り合いだ。
そんな如月に、やや強引に人気のいない校舎裏に連れて来られた俺は、到着早々、如月に地面に思い切り叩きつけられた。
いってぇ……一瞬意識が飛びかけた……。
「おーおー、地面にぶつかった時に肉が脈打ってやがる。駄肉もそうなると芸術品だな!」
「な、何の用だよ……いきなりこんな事をして……」
「おいおい何の用だよとはご挨拶だな。俺達オトモダチだろ? だから、そんなオトモダチが告白をしたって話を聞いたら、そりゃ気になっちゃうわけよ」
「ど、どうしてそれを……」
大げさに身ぶり手ぶりをして説明をした如月は、突然表情をスッと消した矢先、俺の腹を思い切り蹴り上げた。その痛みで、俺は息が出来なくなってしまった。
「底辺人間が、告白なんて随分と大胆な事をして……俺は嬉しいぞ~? ただ、あまり調子に乗ってんじゃねーよ!」
「がはっ!?」
「テメーみたいな白豚根暗陰キャぼっちは、俺にオトモダチとしてこうしてボコボコにされてればいいんだよ!」
「くっ……!」
「あ? なんだよその目……この写真をばらまいてもいいんだぜ?」
如月が取り出したスマホには、中学生の頃の俺が、女子の着替えを覗いている写真が写っていた。
これは俺じゃない。いや、正確には俺なんだが、元々あった別の写真と、着替え中の光景を撮って合成したものだ。
あれは俺じゃないと言おうにも、写真はこうして存在してしまっている。パッと見では、加工だというのもわかりにくい。だから、これを拡散でもされたら、そう説明する前に俺は変態のレッテルを張られ、学校にいられなくなる。
こうして弱みを握られた俺は、中学の頃からずっと如月にいじめられている。ただ、表向きは如月は優等生を演じているから、いじめる時はこうやって隠れてやってくる。しかも、服で見えない部分を重点的に攻撃してくるのも厄介だ。
「そうそう、お前が告白した相手……神楽アリサは俺の女だ」
「……は?」
「なんだ知らねーのかよ白豚! あいつは高校入学した時から既に声をかけていて、もう付き合ってる状況なんだよ! ノリが悪いし無口なのがあれだが、顔やスタイルは完璧な女だよなぁ……まさに芸術品レベル!」
もう付き合ってる……しかも如月と……!? なんだよそれ……ふざけんなよ!! じゃあ俺が一大決心をして告白をしたのはなんだったんだ……? ただの道化じゃないか!
「ほらほら、頑張って告白した相手に実は彼氏がいて、それが俺でした~! って知った時ってどんな感じ? なあどんな感じ~?」
「…………」
「黙ってねぇで答えろやグズ!」
「がはっ…………くや、しい……かなしい……」
「おーそうかそうか。それはご愁傷様だな! 詫びとして、これからも俺のオトモダチとして遊んでやっから! あ、今日のオトモダチ料金は無しでいーわ。気分いいし! 寛大な俺に感謝しろよ白豚!」
如月はそれだけを言い残すと、俺を置いて教室の方へと向かっていった。
ここには俺をいじめ、脅迫してくる奴がいる。しかもそいつは、アリサと付き合っていただなんて……。
……俺みたいな陰キャで白豚な無能には、お似合いな生活だよな……それがわかっただけでも収穫……だよな……ははっ……あははははははは!!
……泣けてくるよ、本当に。もうやってらんねーよ……これからもアリサと如月の絡みを見せられる事になるって事だろ? しかも脅迫のネタも搭載済み……こんな人生ムリゲーすぎんだろ……。
家では妹に罵られまくるし、親は干渉しないタイプだから助けてもらえない。もうこんなの……生きてる意味ってるのか……?
****
「はぁ……」
放課後、絶望的な気持ちで帰路についていると、とある公園の前にやって来た。ここはうちからすぐの所にある小さな公園で……アリサとたくさん遊んだ、思い出の地なんだ。
「…………」
何気なくベンチに座り、ボーっと公園の景色を眺める。昔に比べて、最近は遊んだら危ないだー、子供の声がうるさいだーといった、訳のわからない理由で遊具が減っているし、子供自体が遊びに来なくなっている。
……アリサと遊んでいた頃と比べてると、寂しい公園になってしまったものだ。
「あ、確かあそこにはゾウの滑り台があったな……アリサのやつ、滑る方から登ろうとしたら、失敗して滑り落ちて悔しがってたなぁ……あ、あのブランコは確か……アリサが乗っていたブランコが、俺の股間に直撃した奴だ! 全面的に俺が悪い事なんだが、あれはそんな事を考える余裕が無いくらい痛かったな……」
こうして公園を眺めているだけで、なんだか昔の事を思い出して楽しい気持ちになってくる。そして……それをあざ笑うかのように、如月の悪い笑みが脳裏に浮かんできやがる。
「くっそぉ……アリサ……あいつのなにがよかったんだ……やっぱり顔か……? いや、顔じゃないとしても、俺なんかじゃ、如月に勝ててる部分なんて全くない……あんな恵まれた男に勝つなんて、絶対に――」
「無理、なのかしら?」
「え……?」
一人でベンチに座りながら呟いていると、見知らぬ女子に声をかけられた。肩辺りで短く揃えた黒髪に、同色の瞳が特徴的な女子だった。
「あ、えっと……」
「急に声をかけてごめんなさい。なんだか随分と思い悩んでいる感じがしたから」
「そ、そうです……か」
や、やべえ……急に知らない人に声をかけられるなんて、コミュ障の俺にはレベルが高すぎる。なんて返事を返せばいいのかわからない。
あれ、でも不思議だ。いつもならもっと心臓がバクバクいって、居ても立ってもいられなくなるのに、今回は思ったよりも緊張していない。何故だ……?
「何かあったの? よかったら私で良ければ話を聞くよ。話せば楽になる事もあるだろうし」
「でも……ご迷惑ですよ」
「全然迷惑じゃないよ。ていうか、そんな落ち込んでるのを見て何もしないでさよならの方が、寝覚めが悪くてよっぽど迷惑」
「うっ……わかりました」
彼女は俺の隣にゆっくりと座った。その動作の美しさや、ふわりと漂った甘い香りに少しドキドキしながら、俺は告白したけどフラれてしまった事や、如月にいじめられ、ボコボコにされた挙句、実はそいつとアリサが付き合っていた事を話した。
……俺、なにやってんだろ。こんな話をしても彼女を困らせるだけなのに……話せた事に少しだけ喜んでいる俺がいる。本当……弱くてダメな人間だ。
「そう。それは酷い話ね」
「…………」
「それで、あなたはどうしたいの?」
どうしたいって……どうもこうも、俺には何もできない。俺はダメな人間で負け犬なんだから……。
「わかりません」
「そう。じゃあアドバイス。見返してやればいいじゃない」
「見返、す?」
「その女子にフッた事を後悔させるくらいカッコ良くなればいいの。その男子にいじめられないくらい強くなればいいの」
「カッコよく……強く……そんなの……できるわけ……」
「どうしてやってもいないのに決めつけるの? 自分を過小評価する原因は知らないけど、やりもしないのに諦めるから今の結果なんじゃないの?」
彼女の言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。そのせいで、何も反論する事は出来なかった。
俺は昔からこんなに自己評価が低かったわけじゃない。アリサと別れる前はもっと活発で自信に満ち溢れていたさ。
でも……アリサと別れた後、如月にいじめのターゲットにされて、中学にいたっては何をしても上手くいかない、完全な陰キャぼっちになり果てた。その結果が今の俺だ。
でも、あの頃はさほど努力はしていなかった。自分はダメな奴だ、だからこの結果は仕方がない……そうやって言い訳をして、自分の事を正当化していただけだ。
「……俺……変われるかな……」
「それはあなたの努力次第よ。望んだ結果は出ないかもしれないけど、努力をしなければ土俵にすら上がれないわ。それに、今は報われなくても、努力は必ず別の事で報われるって私は信じてる。だから……頑張ってみようよ」
「……はい。俺……頑張って変わって、アリサや如月を見返します!」
正直、俺はまだアリサの事が好きだ。だから見返すと言っても、復讐とかがしたいわけじゃない。あくまで、フッた事を失敗したなと思わせるくらいは、凄い男になりたい。
それと、如月にずっといじめられてきたけど、もう白豚だなんだって言われていじめられるのが出来なくなるくらい、凄い男になりたい。
やってやる……やってやるぞ! まずはダイエット! それとコミュ障を直すために会話の勉強をして、友達を作る! さすがに顔はどうにもできないけど……清潔感くらいは感じられるくらいにはなってやる!
「話を聞いてくれてありがとうございました。あの、お礼を……」
「そんなの気にしなくていいわよ」
「でも……」
「じゃあ……そうだ。ちょっとスマホ貸してくれる?」
「え、は……はい」
突然の申し出に驚きながらも、俺はスマホを彼女に差し出すと、手早い手つきで俺のスマホを操作する。
「はい、ライムに私の連絡先を登録しておいたから。またなにかあったら連絡してきていいよ」
「え……ええ?」
「あ、そう言えば名乗ってなかった。私は愛梨っていうの。こう見えても大学生なの。最近単位を取り過ぎて毎日暇だから、気兼ねなく連絡していいよ。それじゃまたね、樹」
そう言って優しく微笑んだ彼女――愛梨さんは、小さく手を振って公園を後にした。
な、なんだかいろいろと凄い人だったな……不思議と嫌な感じもしなかったし、また何かあったら頼らせてもらおうかな。
……あれ、そういえば……なんで俺のスマホのロックが解除できたんだ? もしかしてロックを解除したまま放置してあったか? 時間で消えるのが面倒で、自分で画面を消さない限り消えないように設定してあるから、もしかしたらそれか?
それに、どうして俺の名前を……あ、そうか。ライムに設定してある名前を見たのか。
「落ち込んでいたとはいえ、流石に不用心すぎだって俺……っと、早く帰って計画を練らないと」
目標があると、人間って頑張ろうって思えるんだな……初めての経験だ。よーし……さっそく行動だ!
****
「おらぁ! ラスト十秒!!」
「うおぉぉぉぉぉ!!」
怒号が飛び交う中、俺は身体中の駄肉を揺らしながら、一心不乱に腕を振り続け、目の前にあるサンドバッグを殴り続けていた。
愛梨さんと出会った日から一週間――俺は家から通える範囲にあるボクシングジムに通い、こうして身体を鍛えている。まだまだ努力の結果は身体に反映されてないけど、目標があるとやりがいがある。
それに、運動していると嫌な事を忘れられるし……こう言ってはアレだけど、サンドバッグを叩きながら如月の事を想像すると、あいつを殴っているかのように錯覚して、ちょっとだけ気分が良い。
「一分休憩したら、次は縄跳びするぞおらぁ!!」
「は……はい、うっぷ……」
「またかお前は! そこのバケツにしてこい!」
「まーた吐いてるよあのゲロ白豚……迷惑だから出てけっての!」
「まあ迷惑だけどよ、一切弱音を吐かずにうちこんでるのは素直に評価できんじゃね?」
なんか周りの人が何か言っている気がするけど、今の俺にはそんなのを聞いてる余裕などない。おえぇ……今日食ったの全部出した気がする……。
でも、これは一番厳しいと言われる鬼コースを選んだ俺が悪い。だから、弱音なんか吐かずに、トレーニングにうちこむんだ!
「休憩終わり! さっさと縄跳びはじめろ!」
「はいっ!」
俺のトレーニングを見てくれている、マッチョのトレーナーの指示の元、次は縄跳びを始める。これが見た目以上にしんどいのなんの……でも、しんどいって事はトレーニングになるって事だよな?
「よーっし、これで今日のトレーニングは終わりだ! しっかりクールダウンしておけよ!」
「はい。ありがとう……ございました」
縄跳びの後もトレーニングを続け、ようやく今日のメニューを全て消化した。身体中が筋肉痛で動くのもつらい……。
「おいゲロ白豚、今日も散々吐きやがって!」
「お、おいやめろって」
「うるせえ! こちとらプロ目指して毎日トレーニングをしてるんだ! そんな時に、こんなたるみまくった身体を震わせながらゲーゲー吐かれたら、目障りなんだよ!!」
「あ、あの……その……す、すみません……」
ジムに通いだしてから、俺はこうしてジムの先輩にやたらと嫌われている。
まあ、彼の気持ちは凄くわかる。もし逆の立場だったら、俺も迷惑に思う可能性は否定しきれない。
でも、ここ以外で家の近くにみっちり身体を鍛えられる場所は無い。俺の目的を果たすために、早く痩せて吐かないくらいの身体になって、彼が迷惑と思えないくらいになるしかない。
「バカ野郎! そんな事に気を取られてるからテメーはいつまで経ってもプロになれねえんだよ!」
「と、トレーナー……ちっ。俺、走り込みに行ってきます」
「ったくあの馬鹿は……桜庭、あんなやつの言う事なんか気にすんな。お前は俺の鬼コースを一週間も耐えた、見込みのある男だ」
「と、トレーナー……ありがとうございます」
俺はトレーナーに大きくお辞儀をしてから、クールダウンとシャワーで汗を流してジムを後にした。
今日も学校から帰ってそのままジムに行って運動したからか、メチャクチャ疲れたな……帰ったらすぐに寝たいけど、この前買った会話術の本を読んで会話の勉強をしたいし、小テストも近いからその勉強もしたい。やる事が多すぎて目が回りそうだ。
でも、すごく充実しているからか、苦に思った事は一度も無いけどさ。
「……ん? あれって……」
例の公園の前を通ると、見知った人物が金髪の男達に囲まれていた。
あれって愛梨さんだよな? 知り合いと話してるのか……? それにしては、なんか変な雰囲気だな。
「なー姉ちゃん、俺達と遊ぼうぜ」
「悪いけど、あんた達に興味ないから。あっ! おーい樹ー!」
俺の姿に気づいた愛梨さんは、手を振りながら俺の元へと駆け寄ってきた。
この前もそうだけど、なんで愛梨さんは一人で公園に来てるんだろうな……それよりも、俺……汗臭くないだろうか?
「なんだよ男がいたのかよ……って、あんなクソデブより俺達の方がいいだろ!?」
「うるさいわよ。あんた達よりも、彼の方が魅力的だから」
「ちっ……行こうぜ」
男達は愛梨さんに相手にされていないとわかるや否や、ゾロゾロと公園を後にしていった。
とりあえず大事にならなくてよかった。もし俺が通りかからなかったらどうなっていたんだろう。愛梨さんの事だから、適当にあしらうだけのような気もするけど。
「ここで待ってれば、樹に会えると思ってたら大正解だったね。って、なんか疲れた顔してるけど、どうしたの?」
「あ、えっと……俺、最近近くのジムに通ってて、今日もその帰りなんです、はい」
「へ~、随分と頑張ってるじゃん。だから連絡がなかったのか~私待ってたんだけどな」
「え!? あ、その……!」
しまった、連絡先を教えてもらったとはいえ、俺なんかから連絡したら迷惑かと思って、一切連絡してなかった! くそっ、連絡するのが正解だったなんて!
「うそうそ、冗談だって」
「あ、愛梨さん!」
「ごめんってば。ほら、お詫びにまた話、聞いてあげるから」
帰って勉強したかったんだけど、せっかく愛梨さんが俺を気にかけてくれたんだし、無下にするのも申し訳ない。それに、会話の良い練習になりそうだ。
「それで、最近はどう?」
「そうですね、えっと……あれからジムに通って……ってそれはさっき言ったか。それと会話の練習と、勉強に励んでます」
「さっそく行動して偉いじゃん。それにしても……一週間で変わったね」
「え?」
「目を見て話すようになってる。それに少しだけど、ハキハキ喋れてる。たった一週間しか経ってないのに、たくさん努力したんだね」
なんとも言えない理由で始めた自分磨きだけど、そんな事でも褒められると悪い気はしない。そもそも、誰かに褒められたのっていつ以来だろうか……もう久しく褒められた気がしない。
「でも樹、これが一カ月とかで終わったら意味ないんだからね。継続は力なり……頑張って続けるんだよ」
「は、はい。頑張ります」
「それと、空いた時間くらい連絡してくれてもいいんだからね」
「え?」
「あ、その……ほら、私単位取って暇だって言ったじゃん? 友達はみんなちゃんと取ってなかったり、バイトに明け暮れているから、暇で暇で」
そういえばそんな事を言っていたな。でも暇だからって公園にいた見知らぬ男に声をかけたり、その男と連絡を取るのはちょっと危険な気がする。愛梨さんは美人なんだから、さっきみたいに、男共は放っておかないだろうし。
……まあ美人だなんて、コミュ障の俺には口が裂けても言えないけどさ。
「そういうわけだから、気兼ねなく連絡してよ。ライムでの会話も将来役立つかもよ?」
「そ、そうかもしれないですね。わかりました」
「うん。それじゃ、はい」
「はい……?」
「指きり。ほら小指出して」
言われるがままに、俺は右手の小指を出すと、愛梨さんは自分の小指を絡めてきた。
俺の指の肉付きがいいからだろうか。愛梨さんの小指が凄く細く感じる。ちょっと力を入れて捻ったら折れちゃいそうだ。
「ゆーびきーりげーんまん、嘘ついたら針百万本のーますっ」
「なんか多くないですか?」
「指きった! 男子なんだから細かい事は言いっこなしよ。それじゃまたね」
出会った日と同じように、愛梨さんはにこやかに笑いながら手を振って去っていった。
……いろいろとつかみどころがない人だ。なんだか昔のアリサによく似ている。幼い頃の彼女も、たまによくわからない事をして、大人達を困らせていたからな。
まあ今のアリサは、誰も近寄るんじゃないって感じだからな……昔の面影は全然ない。ロシアで何かあったのだろうか? 今の俺にはそれを知る術は無いんだけどな。
****
「桜庭殿、これを見てくだされ!」
「あ、おはよう。急にどうしたんだ……?」
更に数週間が過ぎたある日。俺が教室に入ると、一人の男子生徒が声をかけてきた。デブで色白な俺とは対照的に、やや色黒で痩せている男子生徒だ。
彼は細山君。ぼっちも卒業しようと思った際に、クラスで同じようにぼっちでラノベを読んでいた彼に声をかけたんだ。
そのラノベは俺も愛読していた物語で、その話をしたら互いにかなりのオタクだという事が発覚して意気投合。結果、オタク友達になったんだ。
ちょっと一人称や喋り方が変わってるけど、話してみると、とても気の良い奴だ。入学してすぐに声をかけてればよかったと後悔しているくらいだ。
これも愛梨さんに背中を押してもらえたおかげだろう……最近は身体も少しずつ痩せてきてるし、人の目を見て話すのにもちょっとだけ慣れ始めている。良い傾向だ。
一方のアリサだけど、今日も変わらず近寄るなオーラを出しながら、何か熱心に本を読んでいる。ブックカバーをしてるから、何を読んでるかはわからないけど。
「やあ桜庭君、ちょっといいかい?」
「……如月」
「おや、如月殿と知り合いだったのですかな?」
「まあ、昔からの知り合いではある……かな」
「そんなところさ! 最近この辺りを走ってるのを見たんだけど、ダイエットでも始めたのかい?」
……ジムのメニューの一環として走っていたのを見られてたのか……なるべく顔を見られないようにフードを被って走ってたんだけど、無駄に終わってしまった。
「まあ、ね」
「ふ~ん、そうかそうか!」
如月は全ての人間を魅了するような笑顔を浮かべながら、肩を組んできた。そして、先程までとはうって変わって低い声で、俺に語り掛けてきた。
「なに調子に乗ってんだ? 白豚が努力したって無駄なんだよボケ」
それだけ言うと、如月はにこやかに離れていく。行き先は……アリサの席だ。
「美男美女が話をしてるのは絵になりますなぁ……とは言っても、神楽殿はガン無視って感じでありますが。む? 桜庭殿、いかがされた?」
「え?」
「なにやら難しい顔で如月殿と神楽殿を見ていたので」
「いや……なんでもないよ」
如月としては、俺が運動をして痩せてしまったら、白豚と言っていじめられなくなるから、あまり面白くないのだろう。だからああやって脅すような事を言いにきたんだと思う。
以前の俺なら、ビビってすぐにやめてしまっていたと思う。でも……俺には目標があるんだ。こんな事でくじけたりしないからな!
****
「……へえ、そんな事が」
同日の放課後、俺は愛梨さんとあの公園で落ち合い、如月に脅された事を話していた。
我ながら、何とも情けない。ビビらないぞ! とか思っておきながら、こうやって愛梨さんに話を聞いてもらってるなんて……もっと心身ともに強くならないといけないと痛感した。
「それにしてもそいつ、随分と小心者で情けないね。男として何も魅力がないわ」
「え?」
「弱い者いじめをするなんて、自分も弱いって言ってるようなものよ。だって、強い人に立ち向かわないで、必ず勝てる弱い相手にしか強がれないなんて、弱い証でしょ。それに、弱いと思っていた樹が変わろうとしたら、それを阻止しようとするなんて……ああ情けない」
……言われてみればそう……かも。別に如月が強ければ、弱者の俺がいくら努力をしたって敵わないって思い、放っておくだろう。
「私からしたら、見た目だけが良いそいつよりも、ちゃんと努力を続けてる樹の方が魅力的だと思うけどな」
「っ!? か、からかわないでください!」
「え〜? 別にからかってないけどなぁ〜くすくす」
口元に手を添えながら、上品に笑う仕草……アリサも良くやってたな。再会してからは、笑ったところすら見た事がないけどな。
「それで、お友達とはうまくやってる?」
「ええ。とりあえずは仲良くしてます。って……あれ、俺って友達の事を愛梨さんに話してないような……?」
「え? は、話したわよ? ひょろっとした男子でしょ? やだな〜もう。その歳でボケるのは早いと思うよ」
「ボケるのは嫌だなぁ……」
うーん、言った覚えはないんだけどな……無意識にぽろっと報告していたのかもしれないな。うん、きっとそうに違いない。
「まあなんにせよ、順調そうで良かったよ。それに、こうしてちゃんと連絡もしてくれたわけだし」
「そ、その節は申し訳ないです……」
「冗談だって! 相変わらずクソがつく程真面目だなぁ」
「……相変わらず?」
「な、なんでもないよ。それじゃ近況も聞けたし、私はそろそろ帰るね。これからも頑張るんだよー」
まくし立てるようにそう言いながら、愛梨さんは公園を後にした。
ふう……愛梨さんと話してると凄く落ち着くっていうか、とても心地いい。まるで昔から知っていて親しい人間と話しているような……そんな感じだ。
「あんまり愛梨さんに迷惑をかけるわけにもいかないし、今後は弱音を吐かないように頑張ろう」
それがいつ達成出来るかはわからないけど、せっかく俺のために来てくれた愛梨さんには、少しでも楽しんでもらいたいしな。
よし、今後の勉強に話し相手に楽しんでもらえる方法を取り入れよう! 頑張るぞ!
****
「そこだ、打ち込め!!」
「シッ!!」
あれから一年が経ち、俺は高校二年生になった。そんな俺は、今日もジムに通い、身体を鍛えている。
この一年で沢山努力した俺の身体は細くなったどころか、かなり筋肉もついてきた。顔の肉も取れ、前よりかは見れる顔になった……と信じたい。身だしなみも気にするようになったしね。
「よーし、今日も良い感じだな!」
「ありがとうございます、トレーナー!」
「それに比べて、お前は情けないな! 後から入ってきた桜庭に負けて悔しくないのか!」
「くっ……うるせえ! こんなのまぐれだ!」
今日は俺がジムに入ってからずっとゲロ白豚と馬鹿にしていた先輩とスパーリング……つまり練習試合をしていたんだけど、二ラウンド目で倒してしまった。そのせいか、先輩は周りの冷めた目に耐えきれなくなり、逃げるように走りに行ってしまった。
……なんか悪い事をした気がするな。別に俺は先輩の事を恨んでるわけじゃないし、プライドを傷つけるつもりもなかったんだけど……。
「全くあのバカは……そうだ桜庭、この前話した件は考えてくれたか?」
「あー……その、もう少し考えさせてください」
「わかった。これからのお前の人生に関わる事だから、ゆっくり考えろ。さあ、ミット打ちをやるぞ!」
「はい! よろしくお願いします!」
****
「桜庭殿、何をボーっとしてるでござる?」
「細山君……いや、別に何でもないよ」
翌日の放課後、俺はクラスメイト達がゾロゾロと教室を後にする中、自分の席に座って外をぼんやりと眺めながら考え事をしていた。
俺はこの一年で結構変わったと思うけど、変わらない事もある。それは、アリサへの想いだ。ずっと片想いをしてただけあって、一年経ってもこの想いが変わる事はなかった。
でも、それと同じように、俺は……愛梨さんの事も異性として意識をするようになってしまっていた。見た目が綺麗だからなんて理由じゃない。なんていうか……内面に凄く惹かれているんだ。
実はこの一年の間、愛梨さんとの関係はずっと続いていた。とは言っても、一緒に何処かに遊びに行ったりしたわけじゃない。いつもあの公園で話をするだけだったけど、俺の支えになってくれた人だ……惹かれてもおかしくはないだろ?
「はぁ……」
「いやいや、その顔と溜息で何でもないは無理があるでござるよ。丁度教室には誰もいないですぞ?」
「……その、実はさ」
俺は変に細山君に心配をかけないように、アリサに告白した事や、愛梨さんに相談に乗ってもらい、変わろうとした事を伝えていなかった。なのに、今は包み隠さず言ってしまうところを考えるに、俺の中では、二人への想いの相談は、よっぽど聞いてもらいたかった事なんだろう。
……我ながら、相変わらず弱いな。一年で成長したと思ったけど、まだまだみたいだ。
「ほーなるほど、去年急に話しかけてきて何事かと思ってござったが、そう言う事だったのでござるな。納得」
「べ、別に誰でも良かったわけじゃないぞ。細山君が、俺の知ってるラノベを読んでたから、話が合うかもって思ってさ」
「別に拙者はなにも気にしてござらんよ? 友になるきっかけなど些細な事で候。それにしても……なんとも贅沢な悩みですなぁ。リア充爆ぜろ!」
お、おう……予想通りの反応が返って来たな。細山君……いや、恋人のいないオタクなら、大体の連中がそう言うと思ってたよ。
「って、細山君はリアル女子に興味ないんだろ?」
「ないでござるな。二次元のような素晴らしい女子が、リアルにいるはずもないでしょうしな。うーん、そうでござるなぁ……最近、桜庭殿が欲しがっていたフィギュアがあったでござるな」
「キュア☆キュアのやつ?」
「それでござる。超限定版モデルでござったな。もしそれを手に入れた時、どちらに見せたいと思うでござる?」
「どっちに……」
咄嗟に出てきた顔は……アリサだった。多分見せた所で、今のアリサだったらふーんと言われるだけか、キモいと罵倒されるだけのような気がするけど、それでも一番に見せたいのは誰かと聞かれて、最初に浮かんだ顔がアリサだった。
「それが答えでござるよ。拙者からできるアドバイスはそれくらいですなぁ」
「……ありがとう。凄く助かった」
なんていうか、細山君らしいアドバイスだな。だけど、それは俺にとって凄く助かるものだ。
「それは何よりでござる。さて、では拙者はアニメショップに行かねばならんから、そろそろ帰るでござる。あ、そうであった……最後に一言だけ物申す」
「お、おう……?」
「永久に爆発しろ!!」
それだけ言うと、細山君は満足そうに高笑いをしながら、走り去っていった。
……本当にありがとう、細山君。最近ずっと悩んでたけど、君のおかげで何とか答えが出せた。やっぱり俺は……アリサの事が……。
「何かコソコソと話してると思ったら……よくわかんねえけど、最近めっちゃ調子乗ってるし、ここらでがっつりとお灸をすえてやるか」
****
「あ、いたいた。樹ー、急に呼び出してどうしたのー?」
「愛梨さん……」
俺はいつもの様に、公園で愛梨さんと合流すると、俺は彼女の事をジッと見つめる。優しい風によって黒い髪は揺れ、同色の瞳は少し潤んでいて、とても綺麗だ。
出会った時から優しくて、一年もの間、ずっと支え続けてくれた女性。時にはこうして会い、時にはライムで励ましてくれた。
それだけじゃない。俺の学校の話や、くだらないオタク話も楽しそうに聞いてくれた。自分の話は全然しないで、だ。
そんな彼女の優しさに、いつまでも甘える訳にはいかない。ここで用済みだからさよならなんて薄情な事はしないが、俺がこれからどうしたいのか、彼女にちゃんと話しておきたい。
「俺、愛梨さんに話があるんです」
「随分と真剣な顔だけど、告白かなにか?」
「まあ、少しだけ合ってます」
少しだけ深呼吸をしてから、俺は改めて愛梨さんの事をジッと見つめた。
「俺、実は……最近愛梨さんの優しさや心に惹かれてるんです。でも……アリサの事も忘れられない。それで考えて……考えて。友達の助けがあってようやくわかりました。俺は……やっぱりアリサが好きなんだって」
「うんうん、そっかそっか」
「はい。だから……これからは自分磨きをしながら、もっともっとアリサに振り返ってもらえるように、声をかけるつもりです。なので……愛梨さんとはあまり会えなくなるかもって……」
「それなら心配いらないよ」
……心配って何の事だ? そんな疑問を持つ俺の事などお構いなしに、愛梨さんは俺に背中を向ける。
一体何をしているんだ? なんか顔を俯かせて何かしてるけど……。
「……え?」
これが俺の疑問への回答と言わんばかりに、愛梨さんは自分の髪の毛をわしづかみすると、そのまま手を思い切り上にあげた。すると、真っ黒な髪の中から、雪のような真っ白な髪が出てきた。
そして……振り返った愛梨さんの顔は、俺のよく知る人物に早変わりしていた。
「あ、アリサ……??」
「そう。愛梨の正体は、神楽アリサ。どう? ビックリした?」
「ビックリっていうか……え、ええ? ずっと変装してたの?」
「そそっ。ウィッグとカラコンを使ってね。あと、メイクで印象を変えてるの」
ウィッグとカラコンにメイク……凄いな、それだけでほぼ別人になってた。普通の日本人ならともかく、アリサはハーフで髪色も目の色も日本人とは違うから、その先入観もあって完全に騙されていた。
いや待て……そうか……やっとわかった。どうして生まれた時からアリサの事しか好きになった事がなかった俺が、愛梨さんの事も想うようになったか……見た目は違うけど、中身はアリサなんだから、そりゃ好きになってもおかしくない。愛梨さんを想うようになったのも、外見じゃなくて中身だったし。
「それと、胸にさらしを巻いて、胸を潰してサイズを誤魔化してる。結構苦しいんだよこれ」
「な、なら外してもいいぞ?」
「え、ここで裸になれって言ってる? やだーえっちー」
「そ、そんなわけないだろ!? 苦しいって聞いたら申し訳なく思って……!」
「冗談だってば。ほんとにクソ真面目なんだから」
別に下心があって言ったわけじゃ……いや、見たくないわけじゃないし、むしろ見たいけど……って、俺は何を考えているんだ!?
「……あ、そうか! 俺のスマホのロックを解除してライムの交換をしたのも、俺の事を昔からクソ真面目だって言ったのも、細山君の事を知ってたのも……!」
「そういう事。昔から樹はパスワード系は誕生日にするって知ってたからね。私とした事が、口も滑っちゃったし……失敗失敗」
アリサは少し気恥ずかしそうに顔を赤くしながら、えへへと笑った。その笑顔は、俺のよく知っている、明るかった頃のアリサの笑顔だった。
「っていうか……学校と全然性格違くないか? 昔と同じ性格っていうか……」
「あー、学校でのキャラは作ってるから。ほら、自分で言うのもアレだけど、私って結構顔が整ってるから、面倒な男が絡んでくる事が多いの。だから、来るんじゃないオーラを出しながら、態度を悪くして自衛してるの」
「そ、そうだったのか……」
「あと、向こうにいた時、結構人種差別がある地域だったせいで……かなり長い間いじめられててさ。それもあって、なおさら他人が近づいてくるのが怖かったんだ」
いじめられていたって……アリサも苦労していたんだな。俺も如月にずっといじめられていたから、そのつらさが多少はわかるつもりだ。
「とりあえずここまでの話は理解した。一番聞きたいのは、どうしてこんな事をしていたのかって事だ」
「そんなの簡単だよ。全部樹が悪いの」
「お、俺??」
ビシッと指を刺されたせいで、俺は思わずたじろいでしまった。
俺、なにかアリサに悪い事をしただろうか? 高校で再会してから、悪い事をする以前に、声をかける事すらできなかったんだぞ?
「昔は元気たっぷりで自信満々。困ってる人がいたら助けるカッコいい人だったのに、久しぶりに会ったら完全に陰キャを極めてるじゃん! 変わり過ぎてビックリしちゃって、高一の一学期は全然絡めなかったよ!」
「そ、それはなんていうか……ごめん。アリサと別れた後、俺もいろいろあって」
「あれでしょ、如月に何かされてたんでしょ。ほんと最低だよねあいつ。実は私、あいつにつきまとわれててさ。ストーカーってわけじゃないけど、なんか勝手に彼氏面してるんだよね。それで、帰り道に勝手についてきて、ベラベラと一人で喋ってるのよ、あいつ」
なんだそのクソ迷惑なやつ……アリサはストーカーじゃないって言ってるけど、俺からしたらストーカーとしか思えない。百歩譲ったとしても、ストーカー一歩手前だろう。
それにしても、本当はアリサは如月と付き合ってはいなかったんだな……じゃあ如月が付き合ってるって言ってたのは、ただの妄言だったという事か。なんか安心した。
「話を戻すね。まあそんなわけで二学期になったら、樹が告白してくれたじゃん。その時ね、すっごく嬉しかった。すぐにオッケーをしたかったんだけど……これで私がオッケーを出したら、樹に変わるきっかけが無くなっちゃうって思ったの」
「きっかけ……」
「そう。樹は凄い人なのに、あの時の樹は腐りに腐ってた。だから私は断腸の思いで断ったの。樹に変わってほしかったから……」
俺が気づかないうちに、アリサに凄く心配をかけてしまっていたんだな。てっきり俺の事なんてもう興味がなくて、あの告白も迷惑だから断ったのかと思ってた。
「そうだ……あの時、アリサは《《今の》》あんたとはって言ってた……そういう事だったのか」
「そそっ。それで断った後、告白という凄く大きな一歩を踏み出せた樹を、なんとか手助けする方法がないかなって思って……考えた結果が、愛梨という人間だったの。愛梨になりきるために、大学生っていう偽の設定を作ったり、ライムの別垢を作ったりして準備をして……公園で会ったってわけ」
「公園……そうだ、あの日はどうして俺が公園にいるとわかったんだ? ストーカー?」
「そんなわけないでしょ。樹は昔からなにかあったらこの公園で泣いてたから、今回もそうだろうなって思ってだけ」
うっ……さすが幼馴染、その辺は完全に読まれている。愛梨さんとして出会った日も、無意識にこの公園の前を通ってたしな……付き合いが長いというのも考えものだ。
「それでね、正直上手くいくかどうか不安だったけど、樹の背中を押すことが出来た。その結果、樹は昔みたいに……とまではなってないけど、去年と比べれば格段に明るくなったし、見た目も変わったし、友達もできた。不安だらけの変装大作戦だったけど、上手くいった!」
学校であれだけ仏頂面で人を寄せ付けないオーラを放っていた人物と同じとは思えないような、明るい笑顔でピースをするアリサ。
なんていうか、アリサだって大変だったのに……本当は全然変わってないんだな。明るくて優しくて、俺が大好きになったアリサのままだ。
なのに俺は……一人で勝手に陰キャになって……情けないにも程がある。名誉挽回のためにも、ここで逃げるわけにはいかない! 今度こそ……この気持ちを……!
「……まだ上手くいってないよ」
「え? そんなこと――」
「だって俺は、まだやるべき事が残ってる」
「樹……」
「さっきも言ったけど……俺、やっぱりアリサの事が頭から離れないんだ。幼い頃からずっとずっと……」
「……うん」
「去年の告白は、自分に自信がないせいで無理だろうって思ってた。でも今の俺は違う……胸を張って、自信を持って言える。俺は……桜庭樹は、神楽アリサさんが――」
「おーっと、そこまでにしとけよ白豚ぁ!!」
「うぐっ……!?」
好きです。そう言おうとした俺の元に、聞きたくもない声と共に、後頭部に強い衝撃が与えられ――その衝撃で、俺はその場で膝をついてしまった。
「ふん、お灸をすえてやろうと思ってついてきたら、人の女に手を出そうとするなんて、どこまで調子に乗れば気が済むんだこの白豚!!」
「がはっ……」
痛みに悶えている俺に向かって、如月は遠慮なく何度も蹴り飛ばしてくる。
くそっ……後頭部を殴られたせいか、かなり足にきてる。この程度の痛みなら、散々いじめられた事とジムで鍛えているから大したことはないけど、これでは反撃が出来ない。
「やめなさい如月! 樹があんたに何をしたって言うの!?」
「あぁ? おおアリサ、なんでそんな奴に肩入れをするんだ? こんな奴とよりも、俺と一緒に語らおうじゃないか! すぐにこいつを黙らせるから、君はそこで見ていてくれ」
「やめてって言ってるでしょ!」
アリサの叫び声と共に、俺の身体全体が暖かくて柔らかいものに包まれた。
これは……アリサが俺を庇ってくれてるのか……? ダメだ、俺はいいから早く逃げてくれ……この馬鹿は俺を傷つけるためなら、何をするかわからない……!
「何をしてるんだ。そこを退いてくれよアリサ。そいつを蹴れないじゃないか」
「退くわけないでしょ! この人は私の大切な、世界でただ一人の幼馴染なんだから!」
「……はぁ? 何を言っているんだ。アリサは俺の彼女だろう? もしかして、その白豚になにか弱みでも――」
「黙れっ! 白豚白豚って……私の大好きな幼馴染をこれ以上侮辱するな! あんたなんかに彼女なんて呼ばれる筋合いなんて無いし、あんたの彼女になるくらいなら死んだ方がマシよ!」
「……誰に向かってそんな口をきいてる?」
如月の低い声と共に、俺を庇ってくれていたアリサの温もりが離れていった。それに反応するように顔だけを上げると、如月に腕を乱暴に掴まれたアリサの姿があった。
「いたっ……離しなさいよ!」
「この俺に彼女扱いしてもらう事が、どれだけ光栄な事かわかってないのか、馬鹿め。仕方ない、少しお仕置きしてやろう……もちろんその身体になぁ! おらこっちこいや!」
「いやぁ!!」
マズイ、このままじゃアリサは何をされるかわかったものじゃない。下手したら、心と身体に一生消えない傷をつけられる可能性もある。
頼む……あとでどうなってもいいから、今だけは動け……動け俺の身体!!
「このゲス野郎が……アリサから離れろ!」
「あぁ……? てめぇ、誰に口きいてんだ? もういい、お前からボコボコにして、それからゆっくりアリサで楽しんでやるよ」
何とか立ち上がったのはいいけど、後頭部への一撃のせいでかなり足にきてる。格闘技で後頭部への攻撃が禁止されてる理由がよくわかるな……素人の一撃でもこんなに身体に来るんだから、プロが殴れば死人が出るだろうな。
そんな事を呑気に考えていると、如月は思い切り拳を俺の顔面に目掛けて振り抜いてきたが、俺はそれを首を少し横に動かすだけで回避した。
伊達にこの一年の間、鬼コースで身体を鍛えてない。素人のパンチなんて、ジムの先輩達と比べれば、止まってるも同然だ!
「なっ……このっ!」
俺に避けられたのがよっぽどムカついたのか、如月は青筋を浮かべながら一心不乱に殴ってくる。
あまりにも大振りすぎる。これなら足にきてる状態でも一発も当たらない自信がある。
「舐めんじゃねえぞ白豚ぁぁぁぁ!!」
「シッ!!」
「がっ……!?」
今日一の大降りになった瞬間、俺は如月の懐に潜り込むと、拳を如月の腹に深々とめり込ませた。
我ながら会心の一発だった。本当は格闘技を習っている人間として、私利私欲で拳を振るうのはタブーなんだけど……今はアリサを守るためだから仕方がない。
「あっ……ごほっ……どうなって……」
「一年みっちり鍛えたからな。俺はもうお前に一方的にいじめられていた頃の俺とは違うんだよ!」
「く、クソが……てめえら、俺にたてついて、タダで済むと思うなよ……この借りはキッチリ返すからな……覚えておけ!!」
イケメンが台無しになってしまうくらい顔を歪ませる如月は、よろよろとしながら、公園から逃げるように去っていった。
一方、公園に残された俺は、息を切らせながら、もう一度地面に膝をついてしまった。
「い、樹!? 大丈夫!?」
「だ、大丈夫……」
安心したら、なんか急に疲れてしまった。それに、後頭部を殴られたダメージが、また足にきてやがる。不意打ちだったとはいえ、如月も良い拳を持ってるな……。
「……ははっ……俺、はじめて如月にたてついちゃったな……」
俺は今まで弱者だった。だから、強者と思っていた如月に反発できなかった。でも……俺は強くなり、こうして如月に反発する事が出来た。
でも、その代償……いや、報復として、あいつが持っている、俺が覗きをしている捏造写真をばらまかれるだろう。これで残りの高校生活は地獄になるのは確定した。
……まあ、アリサに一生ものの傷を残すくらいなら、俺の残りの高校生活を犠牲にするくらい、なんて事はない。しょせんあと一年半程度の生活だしな。
「ちょっと、頭にたんこぶできてるんだけど!? 早く冷やさないと!」
「え、別にこれくらい……」
「ダメに決まってるでしょ! 私の新しい家、ここからすぐだから一緒に来て!」
「あっ……!」
半ば無理やり立たされた俺は、アリサに引っ張られて近くのマンションに連れ込まれた。
こっちに戻ってきてから、このマンションに住んでるのか。確かかなり高級なマンションだよなここ……アリサの家って金持ちだったんだな。ガキの頃は知らなかった。
「え、えっとさ。いきなり俺が行ったら迷惑だろうし、やっぱり帰るよ」
「大丈夫、パパもママも仕事でいないから」
「…………」
そっか、なら迷惑をかける事はないな……っていやいや、それはそれでいろいろと問題大アリな気がするんですが!?
焦りまくる俺の事などつゆ知らず、アリサは俺を最上階にある部屋に案内してくれた。
「はい到着。私の部屋はこっち」
「え、部屋に入れてくれるの?」
「昔は散々来たでしょ?」
「そ、そうだけど……」
間違った事は言ってないけど、あの頃と今では状況が違う。住んでる所がそもそも前とは違うし、俺達は年頃の男女だってのをわかってないのか?
……そうか、アリサはきっと俺の手当ての事で頭がいっぱいなんだな。そうじゃなきゃ、いくら幼馴染だからって、親がいない家……しかも自室に上げるわけないもんな。
「今氷持ってくるから、ちょっと待ってて」
「わ、わかった」
アリサが部屋を出ていってしまったせいで、手持ち無沙汰になってしまった俺は、何となく部屋の観察を始めた。すると、ベッドの上に置かれた、小さくてボロボロの犬のぬいぐるみが目に入った。
「これって……もしかしてあの時のか?」
アリサが日本を発つときに、俺がアリサにプレゼントしたものだ。向こうでも寂しくないようにって思って、なけなしの小遣いを溜めて買ったんだ。
「お待たせー……って何見てるの?」
「いや、あのぬいぐるみ……」
「あ、うん。樹に貰ってからずっと大切にしてたんだけど……向こうのいじめっ子にボロボロにされちゃって……何度も直してるから、見た目があれになっちゃったの。ごめん、せっかくプレゼントしてくれたのに」
大切にしていたものをボロボロにするなんて、向こうにも如月みたいな奴がいたんだな。許せない。
でも、こんなボロボロになってしまっても捨てないどころか、直して大切に持ってくれている事が嬉しかった。
「いいんだ。ずっと大切にしてくれてありがとう」
「樹……そ、そうだ。はい氷」
アリサは顔を赤らめながら、俺に氷が入ったビニール袋とタオルを手渡してくれた。その氷で後頭部を冷やしていると、いくらか痛みが引いてくれた。
「ねえ樹、さっきは助けてくれてありがと。凄く、カッコよかったよ」
「っ……!」
耳まで真っ赤にしながら俯くアリサ。
……これは、さっき言い損ねた事を言うチャンスなんじゃないか? ここなら誰の邪魔も入らないし……。
「アリサ、さっきの続き……言っていいか?」
「……うん」
「俺は……アリサの事が好きです。小さい頃からずっとずっと、大好きです。俺と付き合ってください」
「一度断ったのに、それでもいいの?」
「いいよ」
断られた時はショックだったけど、その後にアリサは俺を助けるために愛梨さんとなってくれた。そのおかげで、俺は変われたんだ。そんなアリサを許さないなんて事、俺には死んでもできない。
これからは……俺がアリサを守っていかなくちゃ。そのために、もっともっと強くなって、アリサを養っていけるくらい……って、流石に気が早すぎるか。
「えへへ、これで晴れて恋人同士だね」
「そ、そうだな」
「恋人同士ならさ、やる事があるんじゃない?」
恋人同士がやる事……いろいろあり過ぎてよくわからない。ま、まずは手を繋ぐとか……? 子供の時から散々してきたとはいえ、恋人としてしようとなると、ハードルが上がるな……。
「はいっ」
「…………」
「なにしてるの? はやくっ」
俺の思っていた事とは違ったのか、アリサは大きく両手を広げて静止していた。
えーっと……これってつまり……ハグを要求されてる……? い、いきなりそれはレベルが高すぎる気がするんだけど!?
「もうっ! えいっ!」
「うわっ!?」
「だいぶ変わったと思ったけど、こういう事はまだ弱虫なんだから」
アリサは俺の胸に勢いよく飛び込んでくると、俺の背中に両腕を回してきた。
うわっ……良い匂いがする……身体全部が柔らかい……し、心臓が爆発しそうだ……!!
「……男なんだから、ここから先はちゃんとリードしてよ」
「うっ……善処するよ……」
「よろしい。んっ……」
吐息を漏らしながら目を瞑るアリサに、俺は不器用ながらも、自分の唇をアリサの唇に重ねた。
初めてのキスは、もう緊張しすぎて頭が真っ白だったけど、とにかく幸せだったという事だけは感じられた。
「ぷはっ……ちょっと樹、少し力み過ぎ」
「ご、ごめん」
「次はちゃんと落ち着いてチューしてよね」
つ、次って……そりゃ恋人を続けていればまたキスの機会くらいはあるか……ごくりっ。
「そ、それでさ。今日は……パパとママの帰りが遅い日なの。多分日付が変わるくらいまで帰ってこない」
「う、うん」
「それでね! えっと……ほら、女の子が遅くまで一人って危ないじゃん? 樹も頭叩かれてまだ安静にしてないといけないだろうし……だからね、その……」
いくら鈍い俺でも、アリサが何を求めているか……流石にわかる。ここは彼氏として、期待に応えないと……。
そう思い、俺はもう一度アリサの事を強く抱きしめてから、今度は怒られないように、優しくキスをした――
****
「忘れ物は無いな。よし、行くか」
一週間後、今日も学校に行くために家を出た俺は、学校がある方向とは逆に向かって歩き出した。目的は……もちろんアリサを迎えに行くためだ。
告白をして結ばれたあの日から、今まで一緒にいれなかった分を取り戻すように、俺達はラブラブな生活を過ごしている。
とはいっても、流石に学校でイチャイチャするわけにはいかないから、学校ではなるべく控えめにしてるけどね。
「あっ……樹ー!」
「おはようアリサ」
アリサの住むマンションの前に行くと、既に入口のところでアリサが立っていた。
おかしいな、なるべく長い間一緒にいるために早めに出て来たつもりなんだけど、アリサに先を越されてしまった。
「今日は早いんだね」
「だって樹が早くに迎えに来るから。それに、学校じゃあんまり一緒にいれないから、登校の時間を少しでも長くするために早起きしたってわけ。さ、いこっ」
少し冷たくなったアリサの右手をギュッと握ると、それだけじゃ足りないと言わんばかりに、アリサは俺の腕に抱きついてきた。
……なんか柔らかいものが当たってる気がするけど、気にしない気にしない……。
「なんか最近、樹と話す時はいつも愛梨の変装してたじゃん?」
「そうだね」
「あの時巻いてたさらしって想像以上にきつくてさ。今は当然してないから、解放感が凄いんだよね!」
か、解放感があるのは良いけどさ、その開放された二つの凶器を俺に押し付けるのだけはやめていただきたい。いや嬉しいよ? でも外でこんな事をしていると、周りの視線を感じてしまう。
これも陰キャあるあるだとおもうけど、周りの目が人一倍気になっちゃうんだよね。今ではあまり気にならなくなったけど、流石にこの状況では気になってしまうって。
「あー……それはヨカッタネ」
「なんで急にカタコト。なにかあったの?」
「アリサ、今の格好を考えて」
「……あー……えっち」
「こちとら健全な男子高校生なんだよ!?」
「まあ私は構わないけどね。だってこの前散々……」
「ばっ……!? 外でそれを言うな!」
「わー怒った! にーげろー!」
以前の学校でのきつい感じなど一切感じさせないくらい、アリサは無邪気な子供のように笑いながら走りだした。
****
学校に到着した俺とアリサは、クラスメイト達に挨拶をしながら自分の席に座る。そのついでに、如月の席を何気なく見つめるが、そこには席の主の姿は無かった。
――あの騒動があった翌日、案の定如月は俺達に報復をしてきた。その内容は、俺が過去に覗きをしている捏造写真の拡散と、アリサは一度告白を断った相手がカッコ良くなったからって、自分から告白をして付き合ったビッチだという話を流した。
如月はあれでも外面はいいから、かなりの人間が俺達を軽蔑してきたが、すぐにその疑惑は晴れる事になった。
何故なら、あの騒動を目撃していたという男子生徒が、証拠動画を撮っていたようで、それを拡散したんだ。これによって、アリサがビッチだから、変わった俺に告白をしたというのが嘘だとバレた。しかも、如月が嫌がるアリサを無理やり連れていこうとした事も同時にバレた。
それだけに留まらず、なんと細山君が、俺の覗きの捏造写真を解析し、これが合成写真だという事を証明してくれたんだ。それに加えて、俺の中学の同級生が、この写真の出所は如月だというのもバラしてしまった。
これにより、如月の言った事は全て嘘であるとバレてしまったと同時に、実はこんな捏造写真を作って俺をいじめるような、最低男のレッテルが張られてしまった。
そして……トドメと言わんばかりに、アリサが今までずっと如月につきまとわられていて、勝手に彼女扱いをしてきてつらかったと告白をした。
これが完全に決め手となり、如月は学校にいられなくなってしまった。
あの如月の事だから、意味のわからない事でまた報復をしてくるかもしれない。でも……俺はこのままで終わるつもりはない。もっともっと強くなって、アリサを守れるようになる。
そのために、トレーナーから出ていた例の話を受ける事にしたんだ。
その話というのは、実はトレーナーにプロを目指さないかという誘いを受けていたんだ。どうやら俺にはボクシングの才能があるとの事だ。
プロになれば沢山お金を稼げる。強くなればアリサを守れるし、いつかアリサと結婚をした時に楽をさせてあげられる。そう思い、プロに進む道を決めた。
……実はこの前、この話をアリサにしたら、凄く心配されてさ。そんな危ない事なんてしないで、普通の生活が出来ればいいって言われた。
気持ちはよくわかる。誰だって大切な人が危ない仕事をしようとしたら止めるだろう。
でも……俺はもう決めたんだ。もっともっと強くなって、凄い男になって……こんな美人で優しくて可愛くて……褒める所が多すぎるアリサの隣を歩けるのは、世界で俺だけだと示さなくちゃいけないんだ。
「おはようでござる、桜庭殿」
「おはよう、細山君」
「今日も神楽殿と登校とは、見せつけてくるでござるな~リア充爆ぜろ!」
「ははっ……でもこうして何事もなく過ごせているのも、細山君があの写真の解析をしてくれたおかげだよ。本当にありがとう」
「礼には及ばんでござる。たまたま拙者がそういうのが得意だったというだけでござる。それに……」
なにやら気味の悪い笑みを浮かべる細山君。絶対なにかろくでもない事を考えているに違いない。
「イケメンが苦しむ姿はなんともメシウマでござるからなぁ! あ~イケメンの破滅で飯が美味でござる~!」
「お、おう……」
「そんな本気でドン引きしなくてもよいではござらんか。ちょっとした冗談でござるよ。まあ、拙者の友達に散々酷い事をしていた相手を粛清しても、罰は当たらんでござろう」
友達……か。改めてそう言われると少し照れるけど、そんな事を真正面から言ってくれる人なんて今までいなかったから、照れ以上に嬉しさが勝つな。
「なんにせよ、今まで頑張ってきた桜庭殿への、拙者からのプレゼントって事で一つ」
「……わかったよ。本当にありがとう」
「あ、樹。ちょっといい?」
「アリサ、どうかした?」
「さっき言い忘れてたんだけど、今日もお弁当作ってるからさ。また一緒に食べよっ」
「わかった。今日もありがとう」
付き合い始めてから、アリサは毎日俺に弁当を作ってくれている。見た目も綺麗だし、栄養も考えられていて最高の弁当なうえ、あーんまでしてくれるという、至れり尽くせり弁当だったりする。
……最近幸せ過ぎて、そろそろなにか悪い事でも起こるんじゃないかと思ってしまうな。
「くぁ~! 人前でイチャつきおって! リア充は永久に爆発してればいいでござる! うわぁぁぁぁん!!」
細山君は泣き真似をしながら、教室を走り去っていった。彼の事だから、俺達の邪魔をしないようにしてくれた……のかもしれない。
まったく、俺は本当に良い友達を持ったものだ。今度何かの形でちゃんと礼をしないとな。
それに、俺の様な男にはもったいなくらいの彼女の事も忘れてはならない。これからもたくさん頑張って、アリサを幸せにしないとな!
ここまで読んでいただきありがとうございました。
読んでいただいた方にお願いがございます。率直に感じた評価で大丈夫ですので、【★★★★★】を押して評価を入れてください。
評価はこのページの下側にある【★★★★★】から出来ますのでよろしくお願いします。
ではまた別の作品でお会いできることを祈っております。