働き人
柳色の木の葉も、滑らかに、そして鮮やかに紅く染まり出し、虫の奏でる心地よい鳴き声と、金木犀の香りで、季節が夏から秋へと変わったのだと僕は知った。
高校を卒業して4年。
僕は卒業後、大手企業に就職した。多忙な日々に追われ、時間が過ぎていくのを、季節の変化でしか実感できなかったが、
最近は仕事に慣れ、やっと余裕が出てきた。プライベートでも同僚の女性と付き合い、今まで疎遠だった高校の同級生ともよく遊ぶようになって、充実した日々を過ごせていると思っている。
仕事終わり、僕が職場の屋上の喫煙スペースでタバコを吸っていると、彼女のアカリが僕を呼びにきた。
「タバコ、辞めたんじゃなかったの」
呆れた顔をしながら、僕を叱る。
「一緒に帰ろうと思ったのに。クサイから辞めてって前も言ったじゃない」
「最近、ちょっと昔のこと思い出す事が多くてさ。もう辞めるから」
「高校の頃の話?」
「そうだけど、話したっけ?アカリに」
彼女はまた呆れた顔を見せる。
「高校の同級生と酔っ払って帰ってきた時言ってたじゃない。高校の頃、自殺した女の子の話でしょ?」
「あー、あの時か。ヤマカワと飲んだ時の」
「あの時二人とも何度も吐いて凄く大変だったんだからね?」
「ごめんって。本当に悪かったよ」
「自殺した子は、俺の事好きだったのに、勿体無いことしたなーって自慢してたものね」
「ほんとにごめん。」
「それで、その子のことでも考えてたの?」
僕はアカリと話しながら、まだ賑やかな街並みを見下ろす。
屋上から見下ろすと、自分はなんでもできそうな気がした。
人も、車も、なんだか働きアリのように見えた。
「最近、ヤマカワと飲みに行ったんだけど、その時ヤマカワがさ、本当はその子のことが好きだったって言われて」
「それで?」
「罪悪感を感じて」
「なんでよ。」
「自殺する前、僕が彼女を振ったんだよ。それで彼女が自殺したんじゃないかって言われてさ。仕方なかったんだ。確かに可愛かったけど、僕にはその時彼女もいたし。」
「へぇ。自慢ですか。あなたモテてたって言ってたものね」
「違うよ。その時本当は酷いいじめがあってさ、彼女が標的にされたんだ。主犯が友達で、僕も止めるに止められなくて、結局死んでしまったんだけど。」
「それで罪悪感感じてるんだ。その友達がヤマカワ君?」
「いや、ヤマカワとは高校の頃ほとんど話してないな。アオちゃんって子だよ」
「そっか。それもそうよね。それで、そのアオちゃんって子とは会ったりしてないの?」
「事故があってから、僕がすぐに転校して、連絡先も持ってなかったから今何をしてるのかも分からない」
「ふーん。アオちゃんって、もしかして女の子?」
「だったらなんだよ」
「へー。本当はその子もあなたの事好きだったんじゃないの?」
「お前までそんなこと言うのかよ」
「ごめんごめん」
彼女はおどけて見せる。
「でも、モテモテだったあなたが今は私の彼氏だもんねぇ」
「やめろよ恥ずかしい。こんなとこで言うなよ」
「じゃあ、ドコだったらいいの?」
「さあね」
タバコを吸い終えた僕は、彼女の手をとり、仕事場を後にした。
屋上から見下ろした僕は、地上では誰かのアリンコになるだろう。
それでも僕は、何処にいても人間でいられるよう、今やるべき事を一緒懸命頑張ろうと思った。
何よりも、彼女の為に。
「よーし、明日からも仕事頑張るぞ」
「どうしたの急に意気込んじゃって」
彼女は笑いながら僕に肩を寄せる。
帰路である公園近くの並木道は、紅葉が鮮やかに咲き揃い、赤く染った葉が緩やかに乱れ落ちていった。
「次の休みにでも、この公園で紅葉狩りするか」
彼女ははしゃいで、僕を置いて走って言った。
「いいわね。凄く楽しみ」
僕は、少しだけ自殺した女の子を思い出しながら、近くにいた蟻を、ぐっと足裏で潰して、アカリの元まで走り出した。