lucky strike
暗緑の木の葉。沸き立つ陽炎。油蝉が鳴く。
線香の匂い。西に見える灰色の空。ポケットには五百円が一枚。
僕は走り出すことにした。
走ることが、走ることだけが、結局、今出来る全てなのだと、僕は決めつけた。
何かにしがみつき、何かを目指していないと、何かがなくなってしまうと思った。
僕は、何も考えたくなかった。
冷たい汗が流れ、制服が濡れる。頭痛が走り、吐息が掠れ、意識が朦朧とする。
それでも僕は、今が一番楽な気がした。
白から茶に変色した看板が見え、足を止めた。
店員の怪しむ顔を無視して、僕はワンコインでライターとタバコを1つ買う。
外へ出た時、雲は流れて、上空には大きな積乱雲があった。
のちに雨が降り出すと、僕は看板の横でタバコに火をつけた。
煙を肺に入れ、大きく吐くと、雨音だけが僕の耳に届いた。
ミサキが死んだ。
僕の脳内に浮かぶ。よぎる言葉。
もう一度深く煙を吸う。
キミが白い制服を纏い、爆弾のように学校の屋上から落ちた姿を思い出す。
そしてまた、煙を吐き、その記憶を追い出す。
キミが亡くなってから、僕は何かに縋る思いでたばこに手を出したが、タバコを吸っても忘れることなどできなかった。
むしろタバコを吸う度にキミの事を思い出す。
それが、僕に課せられた罰だと自分に暗示し、満たされていることに気づいたのは、つい最近のことだった。
そしてこの日々が、三ヶ月を経とうとしている。
雨音がやけに落ち着く。
僕はライターを二、三度鳴らして、普段吸わない二本目のタバコに火をつけ、キミがいた日常と、キミがいないこの三ヶ月間を、間違い探しのように何度も何度も繰り返し、比べてみた。
ただそれが、何の解決にもならないと分かっていても、僕はやめる事が出来なかった。
結局、どんなに考えても、僕のキミに対する気持ちと、キミが消えた事実だけが、僕自身に強く訴え続けていた。
僕はまた、キミが落ちた時のことを思い出してみる。
屋上から落ちたキミはトマトのように潰れていた。
壊れたマネキンのように関節が折れ、真っ赤な染色体が、流れ、飛び散っていた。
キミはその後、放射能のように周りの人間に影響を及ぼした。
そして僕も、まるで夢の中にいるような錯覚に陥った。現実と幻がぐちゃぐちゃになり、わからないことばかりが増えた。
キミは戦っていた。それだけはわかった。見えない敵とずっと戦っていた。
そしておそらくキミは戦いに勝利した。原型が崩れていても、笑っていたような気がしたからだ。
僕はふと二本目のタバコを見る。
有害物を取り入れて肺を腐らせ、余分な煙は宙に昇る。
ゆっくりと、ジリジリと音を立てて燃えるその葉巻は、まるで時限爆弾の導線に見えた。
雨音が一層強くなり、屋根から滴る雨粒によって、吸っていた導線の火が消えた。
その時、何かわからずとも、いや、わからないからこそ、今やるべきことがわかった気がした。
爆発する前に。時間が来る前に。
雨の中、僕はまた、走り出す。
三ヶ月という、ちっぽけな逃避行で出来あがった汗を雨で流し、爆発させまいと体を濡らす。
やっと僕は目指すべき何かを見つけた気がした。