捨 て る ? ― ルビーの諦観 ―
「ルビー・ガーランドよ、貴様は聖女候補の立場を利用してサファイア嬢をいじめたな!」
は? 何をおっしゃっておられるのでしょうか?
あと、息を荒げないでくださいまし。殿下がそんな興奮してどうするのです。
「貴様のような血も涙もない人物に聖女になられては国が、国民が迷惑を被る!」
今の暴走した殿下の方が迷惑ですが?
あと、胸を押さえ苦痛を感じるるふりして右手でご自分の左胸を揉みしだくのやめなさい。
「貴様の聖女候補としての権利、並びに我が婚約者としての権利をはく奪し、サファイア嬢を聖女として扱い、我が婚約者とすることを第二王子ジルコニアの名において宣言する!」
あ……顔赤らめながら言っちゃいましたね。こんな危険な発言されるとは、王家ではちゃんと教育していないのでしょうか? ちょっと陛下に聞いてみましょうか。
「陛下、今の殿下の発言は国としての発言と受け取ってよろ『違う! 今の発言はジルコニアの勝手な発言であって、国として聖女候補の変更なぞ求めん!』あ、はい」
私の質問に被せて返答される陛下。国家の危機ですからねぇ、気持ちは分かります。
「なぜですか、父上! いじめなんて情けないことをする聖女候補なんて存在自体が害悪です!」
いや、国からしてみればあなたの方が情けないし害悪です。
全く……とりあえずヒントでもあげますか。
「まず、サファイア嬢というお嬢さんがどこのどなたか存じ上げませんが、どこで私と会う可能性があるのでしょうか?」
「はぁ? ジュエル学園で会っているだろう!」
あぁ、やっぱり分かっていない。
「では、サファイア嬢はどの学年の何組でしょう?」
「淑女科1-Cだ!」
「さて、次に私はどの学年の何組でしょう?」
「えっと……」
答えられないでしょうねぇ。
「お答え願えませんか?」
「……っく、貴様、知っていて黙っているんだろう! それとも、本気で思い出せないのか? そこまで痴呆が進んだか?」
……また、瞳がトロンとした状態になってますよ。
「いえ、自分では答えは分かっておりますが、殿下は婚約者のことを一切知らないようですね」
「ふ、ふざけるなぁ。 そこまでぇ馬鹿にぃされるぅ謂れはぁないぃ!」
え、自覚ないのですか?それと、発言の途中で熱い吐息吐きながら言うの止めてください。
「ですが、陛下や王妃様はこの程度の事を理解していないことに呆れていらっしゃるように見受けられますが……」
お二方の方をチラッと見ると、王妃様が危険な眼つきで殿下を見ています。
「ジルコニア、あなたがこの婚約を願い、陛下と私がガーランド侯爵に頭を下げてやっと成立したのに本気でルビー嬢に関心を向けなかったのね……」
「は、母う『この場では王妃です』……王妃様、過去がどうであれ、現在ルビーは他人にいじめを行うろくでなし! そんな人物を婚約者にも聖女候補にもさせられません!」
まだ分かっていないんですね。ヒントあげたのに。
「ルビー嬢、本当に申し訳ない。ジルコニアの未来は考えなくていいから、バッサリ片を付けてもらえないかしら?」
「かしこまりました。では殿下、先ほどの答えですが、『ジュエル学園に在籍していない』が答えとなります」
「……はぁ!?」
全く、この位の常識も知らないとは。
「聖女候補となった者は強制的に教会側で運営している聖ラピスラズリ学園に入ることになります。というわけで、私がサファイア嬢をジュエル学園でいじめるなんて不可能です。なんせ、入学しておりませんので」
「な、ななっ?」
そんな驚かれても……王家には必須の知識でしょうに。
「それと、聖女候補の選定や変更等は教会の義務であり、王家は口出しできません。ああ、教会が決定した聖女候補を追認することはできますが、それ以上は越権行為となります。当然、神への冒涜とも見なされますので、教会からの処分は凄絶なものとなるでしょう」
どれだけの処分になるかは流石に想像できないので……まさか破門までいっちゃう?
「さて、殿下」
……なぜ、そんなにイイ表情をするのでしょうか。なんとなく気づいてはいましたが、やはり特殊な性癖をお持ちだったのですね。もしかして陛下たちの『教育』の賜物?
「教会を無視して聖女候補を勝手に変更する旨宣言した件、王家側から依頼した婚約を陛下を許可を得ず勝手に破棄した件、あり得ないいじめをでっち上げガーランド家を侮辱した件、これらについてどうされるのでしょうか?」
分かってますか? 王子であっても発言次第では物理的に首が飛ぶ状況ですよ?
「どうもしない」
「はっ?」
あら、婦女子らしくない発言をしてしまいましたわ。慌てて周囲を見渡すと陛下や王妃様まで同様の反応をしておられました。
うん、気持ちはわかります。本当に何言っちゃってんのって感じです。
「貴様が先ほど申した内容……くっ……どうもしない」
なんで、『くっ』なんて言ってるの?
「貴様は聖女……ふぉっ……候補にふさわしくなく、いじめはサファイア……あぁ……嬢本人から聞いている。ならば婚約破棄も……はぁ……当然のことだ」
だからなんで、説明するのに感じてるの? ここは自慰する場所じゃないよ?
「やることに変わりはない……いぃ。なら『どうもしない』という回答にしか……むほぉ……なるまい。ああ、あえて言葉を変えるとしたら、私第二王子ジルコニアには婚約者ルビー……いひぃ……・ガーランドは不要な者だ。なら捨てるしかあるまい」
……ねぇ、かっこつけて発言しているつもりなのかもしれませんが、ヨガリながら言わないでくれませんかねぇ……。というか、何回か軽く逝ってるでしょ。
全く、自分の性癖の為に人生潰す気ですかあんたは。
ったく、王妃様に命ぜられた通りバッサリ片付けましょうか。キモいし。
私は、ゆっくり一歩ずつジルコニア様に近づきます。
ざっ。
(たゆん)
「あなたは、婚約者が別の学園にいることも知らなかったようですわね?」
……あら、ジルコニア様。ブルブル震えてますけど、どうなさったのでしょう?
ざっ。
(たゆん)
「加えて、実施不可能な犯罪を私のせいされると?」
……あら、ジルコニア様。顔色赤くなってますけど、どうなさったのでしょう?
ざっ。
(たゆん)
「そして、謁見の間で国内貴族の皆様の目の前で婚約破棄をし、加えて聖女候補の立場から引き摺り落とす?」
……あら、ジルコニア様。息が荒くなってますけど、どうなさったのでしょう?
ざっ。
(たゆん)
「そして、殿下が私を……」
……あら、ジルコニア様。ハァハァ言いながら犬のように仰向けになってお腹を見せてますけど、どうなさったのでしょう?
だん!
(たゆんたゆんたゆん)
「 捨 て る ? 」
……あら、ジルコニア様。なぜか栗の花の香りがしているのですけど、どうなさったのでしょう?
いや、理由は想像つきますよ?
でも……一応乙女なので知らない振りしたいじゃないですか!
こっちだってこんなイカれた性癖持ちだなんて知りませんでしたよ!
なんなの、見られて言葉責めされるとイッちゃうって!
「侮辱するのもいい加減にしてください! こちらだって不要です! 聖女を自称するサファイア嬢と一緒に教会の処罰を受けなさい!」
この発言にも悦楽を感じると思っていたのだが、なぜか真面目な発言をしてきた。
「ま、待て! なぜサファイアが処罰されると言うのだ!」
「聖女や聖女候補を自称した時点で処罰されますよ。当然じゃないですか!」
「サファイアは自称なんかしていない!」
……えっ?
陛下たちも固まってますね。
「殿下、まさかサファイア嬢は聖女や候補を自称していない?」
「当然だ!」
「ではなぜ、聖女にするなどと? もしかしてサファイア嬢が『聖女になりたい』などと仰ったとか?」
「いや。そんなことは一言も言ってない。ただただサファイア嬢が聖女になったら私がうれしいだけだ」
は?
そんなことの為にサファイア嬢の名誉を傷つけ、処罰直前まで追い込んだと?
「で・ん・か!」
「な、なんだ!」
「殿下は、サファイア嬢を火あぶりの刑にしたかったのですか?」
「何を言うんだ!」
「殿下の『サファイア嬢を聖女に』発言は、サファイア嬢を処罰する正当な理由を教会に示したのです! この発言の結果火あぶりになっても文句言えないくらい危険な発言だったのですよ! それも、実際当人は聖女になりたいとか言ってないんでしょ? 殿下の個人的希望のせいで死刑になりかけていたんですよ!」
「そんなはずがあるか!」
「あるんですよ! 先ほども言いましたが聖女については国が発言する権利はありません! 教会の専権事項であり勝手に聖女決定したら推薦した側も推薦された側も死刑ですよ! 陛下や王妃様でも関係ありません! この件だけはぜ・っ・た・い・に・口出ししてはいけないんです!」
こちらの強気の発言が功を奏したのか、殿下は当然と頷く陛下たちを見て顔を青くして理解してくれたようだ。
「なお、殿下は教会とは別の聖女を担ぎ出すとご自分の名をもって宣言されてしまいましたから処罰確定ですからね」
「うぉい!」
「当然じゃないですか! 陛下が殿下の発言を否定したり、王妃様が殿下の未来を気にしなくていいと発言したのは、処罰が確定しているので今更どうしようもないと言うだけですからね!」
「う、嘘だろ?」
「こんなことで嘘つくわけないじゃないですか」
なぜそんな甘い気持ちで暴走するかな……。
「大司教様がご入室されます!」
この場にいた皆がビクッと反応します。そりゃそうですね、殿下が喧嘩売った組織のトップが乱入してきたのですから。というか、結構いい歳じゃなかったでしたっけ? 確か七十は軽く越えていたと記憶してますがフットワーク軽いですね。
「陛下、王妃様、ご機嫌うるわしゅう」
「よくいらした大司教殿。まあ、ご機嫌はうるわしくないがの」
「まぁお気持ちはわかりますがね。一応礼儀と言うことで」
うわぁ……何があったか既に知ってますよ宣言ですか?
「ちょっと、教会として通達しなくてはいけない事態になりましたので、少し時間いただきますね」
陛下も好きにやってって感じですね。
「さて」
この部屋がいきなり寒くなったんですが……大司教様ブチ切れてますね。
殿下をロックオンしてゆっくり一歩ずつ近づきます。
ざっ。
「教会を侮辱し」
……あの、大司教様。なぜ笑顔なんでしょう?
ざっ。
「神の花嫁を目指す聖女候補たちを侮辱し」
……あの、大司教様。なぜ耳がとがって来てるのでしょう?
ざっ。
「あまつさえ勝手に神の花嫁候補を変更するなどと言い出す」
……あの、大司教様。なぜねじれた角が生えてきているのでしょう?
ざっ。
(バサァ)
「神への冒涜としか思えない発言をなさったジルコニア殿下?」
……あの、大司教様。なぜ悪魔の翼が生えているのでしょう?
「は、はひぃ」
「教会より通達いたします。ジルコニア・ガルシア殿下、あなたを教会より破門とし、教会関係全ての建物への侵入、教会の信者への接触を禁止致します」
……うわぁ、この国では皆教会の信者ですから、この国で人と会うこと禁止ってこと?
「当然ですが、殿下を助けたことが見つかった場合、その者も同条件で破門となります」
……え~っと、つまり売買や施しも禁止ってこと? 詰んでんじゃん……。
「なお、この通達は我ら教会の全てに送られます」
……え? つまり、他国に逃げても無駄? よほど遠くの、別の宗教が信仰されている国に行って改宗しないと、誰からの手助けも得られない?
あれ? 大司教様の姿、元に戻ってません? 翼は? 角は? 尖った耳は?
……うん、私は見なかった。
ちなみに、殿下はなぜ大司教様に責められているのにヨガらないの?
もしかして女性限定?
「そ、その、猊下、それって死ねって言ってるようにしか聞こえませんが?」
殿下が恐る恐る尋ねます。
(にっこり)
大司教様は笑顔でお答えになられます。あ、殿下絶望しないでください。この後もっとろくでもない発言が飛び出すと思いますので。
「神を冒涜するような輩は牛裂きの後スライムにでも食わせてやれと思っていましたが、陛下や王妃様の今までの教会への功績を加味し破門で済ませてあげたのですよ」
「ひぃ!」
殿下ったら股間濡らしてま……念の為ですが、『恐怖』でですよね? 『性的興奮』ではないですよね?
「木の根を食らい、野獣と互いの命を奪い合い、生きれるものなら生き延びてみればよろしい。街や村に入れず、誰からも助けを得られず、いつ獣に襲われるか分からない恐怖に耐えれるものならばですけどね」
……うっわぁ、大司教様ノリノリですわ。
あの後、殿下は王家から除籍され一平民となったうえで破門となり王都から追い出されました。その後どうなったのかは知りませんが、たぶん野垂れ死にしたのでしょう。
また、サファイア嬢についてですが、王家の方で調査したところ聖女関連に一切かかわっていないこと、むしろ殿下がちょっかい出して迷惑かけていたことが確認取れましたので、無罪……というか、殿下が消えて喜んでいるようなのでどんな話に巻き込まれたのか教えない方向となりました。
さて、私はまだ聖女候補のままですが、他の方が聖女になりそうですのでそろそろお役御免となりそうですね。
あぁ、王妃教育について、さほど深く学んでいないことから殺処分は免れました。流石に王家も殿下のせいで侯爵家の娘を殺すのは忍びなかったのでしょう。
婚約者もいないので父の脛かじりのまま暮らすことになりそうです。
……うん、正直もう馬鹿な男はお腹いっぱいです。
「 捨 て る ? 」作品群、これにて終了となります。
一読者でしかなかった自分が「決め台詞を主人公に言わせてみたい」という妄想を持ったのも驚きでしたが、それを形にするのにここまで苦労するとは思ってもみませんでした。
正直なろうに作品を投稿されている皆さん凄すぎです。これに加えて毎日投稿なんてどんだけ超人なんだって感じですね。
次に何を書くか色々悩んでおりますが、できるだけ早くお届けできたらと考えております。
では次の新作で。