夢のない女のクリスマス
いつまでサンタクロースを信じていたかと訊かれたら、私の答えはこうだ。
――幼稚園児の頃、「サンタクロースって?」と母に訊いたところ、「家によっては親がサンタクロースなんだろうね」と言う現実的(?)な答えが返ってきて、それきりだ。
そんな我が家では、子供が寝ているうちに枕元にプレゼントを置いていくなんて粋な計らいがあるはずもなく。
プレゼントは最初から親と一緒に買い物に行って買ってもらっていた。
当然、夜の間にプレゼントを持ってくる赤い服のおじいさんの存在なんか、信じる余地はなかった。
中学の頃にそんな話をすると、「アキラちゃんって夢のない子供だったんだね~」と返されたことがあった。
そう言った子とは友達だったつもりだけれど、この言葉にはどこかバカにされた気がしてムッとした。
夢ってなんだ。
あの老人の存在を信じていることが「夢」なんだろうか。
虚構を本当だと信じていなくたって、「夢のある」生き方をしている人はいるだろう。
そう言うと、「ほら、そうやって理屈っぽいところがさ~」と笑われた。
本気でバカにした言葉でないのはわかっていたから軽く流しておいたし、それでケンカに発展するほどのことはなかったけれど、なんだか引っかかる一件だったのは間違いない。
―――
そんな理屈ばかり捏ねて可愛げのない女だった私も高校生になり、そして高校2年の秋には彼氏ができた。
彼は2年年上の大学生。見た目は割とマジメそうだし、実際「大学の授業はフルで単位取ってるよ」と自称しているけれど、一方でなかなかのゲーム好きらしい。でも、意外と話題の大作ゲームの話なんかもよく合って楽しかった。
身長はそれほど高くなくて、女としては比較的高めの私とそこまで差はないけど、私は特に気にならない。
そしてやはりというか、冬休みに入った12月24日には2人で街へとデートに繰り出すことになった。
どこの店もクリスマスの飾りつけやセールのアピール、駅前広場の街路樹にはイルミネーションなんかも準備されていて、否応なくこの季節が来たのを感じる。
……いや、否応なく、は違った。この時ばかりは否と言おうなんて微塵も思わなかった。何しろ初めて彼氏とクリスマスデートなんだから。浮かれるやら緊張するやらで待ち合わせに向かう時から自分の動悸が聞こえる状態が続いていた。
空はどんよりと曇りながら雪の降る気配はなし。そこはムードも何もなかったけれど、そんなことは気にもならないくらいに気持ちは弾んでいた。
陽の傾いた通りを2人で歩いていると、彼が例の問いを口にした。
「そういえばアキラはさぁ、子供の頃サンタさんって信じてた?」
どういう話の流れでこうなったのかよく覚えていないけれど、一瞬ドキッとした後、浮かれた気持ちが急激に沈んでいくのを感じた。
やっぱり、最初から全然信じてなかったなんて夢のない女は可愛くないだろうか。
ただ、だからといってこういう時にウソを吐いてかわい子ぶりっ子できるほど器用な私ではなかった。
ためらいながら、結局本当のことを言ってしまった。
一通り話したところでおそるおそる彼の顔を見ると――
彼は笑っていた。
バカにしている様子じゃない。ははっ、と軽く。
「アキラもそんな感じか」
私「も」?
「オレもそんなんだったよ。むしろさ、最初っからサンタって親とか身の周りの大人のことだって思ってたから、アニメとかで子供が寝てる間にプレゼントを置いてく演出の意味がよくわかんなかった」
「あはは、そうなんだぁ」
なんだかホッとして、思わず気の抜けた笑いが漏れた。
笑っていると冷たい風が吹き抜けて、思わず身が縮こまる。
「いこっか」
彼のその言葉に「うん」と頷いて、また歩き始めた。
歩きながら、ぽつりと口にした。
「さっき、ちょっと言うかどうか迷った」
「え?」
怪訝な顔をする彼。
「こんな夢のない女じゃ、可愛くないかなって。理屈っぽいし」
「そんなことないよ!」
彼はいつになくきっぱりとそう言った。顔を向けると彼がまっすぐこっちを見つめていて、さすがの私も少し頬が熱くなる。
「そ……そう」
彼は私の手を握ってきたた。ぴったりと傍について歩きながら、ぽつりぽつりと口にする。
「なんていうか……アキラが頭良くてそういう……なんか難しいことを考えるタイプなのは知ってる。でもさ……なんていうか、面白いじゃん」
「えっ……」
「そういう話聞くの嫌いじゃないし、俺は好きだよ」
面白い女。
少女漫画のヒーローの台詞としては定番だけれど、自分が言われるのははじめての経験だった。
でも、「私」を認めてくれた気がして、悪い気分はしなかった。
その後、2人でファミレスに入った。店の前にもツリーが置かれてクリスマス仕様だ。この季節限定のメニューもあるらしい。
まだ陽が落ちるには早い時間だったから、注文はとりあえずドリンクだけ。
夜に夜景の見えるレストランでディナー……なんてのは高校生と大学生のカップルには少々難しい話だった。帰りが遅くなるのは一言入れれば家の両親は許してくれると思うけれど、お金はそんなにない。
さっき彼に意見を認められて嬉しかったせいで、ファミレスで喋っているととだんだんぶっちゃけたい気持ちになってきた。
「だいたいさ、“信じる”って何なの?」
「そりゃさ……サンタの話だよな? サンタが実際にいる、って信じるってことじゃ」
そう答える彼も少し戸惑っているようにも見えた。
「うんそう、“サンタクロースが現実に存在していることを信じる”だよね。英語でもたしか、“believe in ~”がそういう……“~の存在を信じる”って意味だったかな。……って」
そこまで喋って、私もさすがにどうだろうと思い始めた。「あぁご、ごめん、こんな話つまらなかったらやめるけど」と慌てて付け加える。
そんな私の慌てっぷりがおかしかったのか、彼はまた軽く笑って「いや、いいよ」と言ってくれた。
「もうちょっと聞いてみたい」
なら――と調子に乗った私は話を続けてみた。
「でもさ、“私を信じてください”だったら? “私が存在することを信じてください”って言う人はいないでしょ。そんなこと言える時点で存在してるんだから」
「まあそうだな。それはほら、“私の言うことが本当だと信じてください”っていうか」
彼も納得した顔でそう言う。
まあ、「存在する」というのは「本当に存在する」ということだと考えれば、存在と真実は意外と近いのかもしれないけれど――ああ、私は何を小理屈を考えてるんだ。
さすがにそれは口にしなかった。
「えぇと、だから何なんだっけ」
「落ち着いて」
ドリンクを一口飲んで窓の外を見ると、通りの向かい側では赤いサンタクロース衣装を着た女性が何やらビラ配りをしているのが目に入った。
「たとえばさ……あのサンタコスの人、ビラを配ってる相手は大人じゃん、サンタを“信じて”はいないよね」
「まあそうだね」と彼も相槌を打つ。
「でも街はクリスマス一色で……ほら、サンタを信じてない人にも、サンタは訴える力を持ってるじゃん」
「エロいサンタコスとかね」
そう言って悪戯っぽく笑う彼。こういうネタも平気で言うけれど、嫌らしさは感じない。
「うん、そういう意味でのサンタは嫌いじゃないよ。でもそれじゃ『夢がない』の?」
「なるほど……なんていうか、フィクションなりのロマンがあるっていう感じ?」
「ロマンって言っていいのかわからないけど……『夢がない』ってのは、なんだか『夢』を狭く捉えすぎてる気がして」
自分でもこうやって話していると、考えがまとまってきた気がした。
「そんな『夢』なら、いらないかなって」
笑ってそう言ってやると、彼も「いいね、その考え」と応じてくれた。
ここで会話が途切れて、ふと店内に流れるBGMが耳に入った。恋人がサンタクロースだとかいうラブソングだ。
今はこういう昔の歌を流している場も多くて、自分が生まれるよりずっと前に出た歌だとか言われても正直、ピンとこない。
「なんか歌ってるな」と彼も気に留めたようだった。
彼は少し空中に目を泳がせて、それから私の方に視線を戻して言葉を続けた。
「その……俺じゃまだこうやって休みに会うだけで、“連れて行く”なんてできないけど……いや、遊びに連れてくことはできるけど、そうじゃなくて」
「うん、わかってる」
私が家から出て、一緒に暮らすにはまだ早い、お互い経済力もない、そういう話だろう。
「でも、実際この歌みたいに俺がアキラのサンタクロースになれたらいいな……それじゃダメかな」
「……!」
歌詞にかこつけて無理に気取ったことを言おうとした感じというか、ぎこちない台詞ではあったけれど、それでも一瞬言葉に詰まるくらい嬉しかった。
プレゼントを配る赤服に白髭の老人がいるかどうかとは関係なく。
「こういうサンタなら、“信じて”もいいな」
気がつけばそう呟いていた。
―――
そして私は受験生になった。
高校3年生の冬休みともなると、予備校の冬期講習漬けになることは秋には確定していた。
「だから今年のクリスマスは、ちょっと難しいかなって」
そう言うと彼は表情を曇らせて呟いた。
「そんなに大変なのか……」
でもこれも2月の受験までだ。それが終わったら彼とお祝いを……それもまず合格すればだけど。
そのためにも頑張らなくちゃ。
――などと思っていたら。付き合い始めて2度目のクリスマスを待たずして、彼から別れを告げられた。
「この調子じゃ、ちょっと辛いかなって」
「えっ、でも受験までのあとちょっとだから……」
「アキラのよく勉強して、大学もいい大学目指してるとこ、凄いとは思うけど、ついてけないものも感じてて」
「…………」
やっぱり、“信じる”んじゃなかった。
このオチなので恋愛カテゴリにするのはやめました。
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