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もう一度、君に恋をする  作者: 史音
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彼がメガネをかけるようになった理由 3

「お前、今朝、他校の子に声かけられてたな」

昼休み、自分の机で今日の午前の授業で出された課題を片付けていると、前の席に神崎が座ってきた。少し笑ってこっちを覗き込んでくる。ごまかそうとして、コイツは察しがいいから、どうせすぐにバレるだろうと思って俺は早々に降参した。

「なんで知ってる?」

神崎は俺のやっていた問題を覗き込みながら、あっさりと答えてくれた。

「朝、駅のホームで見た」

「そっか」


コイツは大企業の御曹司のくせに、車で送り迎えなんてことは一度もしたことない。大雨でも大雪でも具合が悪くても電車で来る。台風の日にずぶ濡れで学校に来たときは、周りの方が驚いていた。だけどコイツ自身は涼しい顔で、すごい雨だね、なんて言っていたっけ。

「なんか、いい子っぽくない?」

神崎はそう言って、俺の顔を見た。視線があって、俺はなぜかそれを逸らせた。

「よくわからないよ」

「そう?」

「まだちゃんと話してもいないし」

まあ、そうだな、神崎はそう言って、俺の持っていたシャープペンシルを手にした。

「ああやって真っ直ぐに告白されるの、なんかいいよね」


それは確かにそうだった。

彼女は多分とても緊張していただろうに、じっとそらすことなく俺を見ていた。

それなのに、俺の返事を聞いて、ほっとしたように笑った。その笑顔はさっきまでの気迫ある顔と全く違って、ふんわりとした柔らかいものだった。

多分、後のほうが、いつもの彼女なんだろう。

彼女の強張った表情と、その後見せてくれた柔らかい表情が、ずっと心に残っていた。


だけどそれを悟られたくなくて、俺は適当に話を合わせたような態度を取る。

「まあ、そうかも」

俺がそう答えるのを聞いて、神崎はクスリと笑った。

「俺はチラッと見ただけだけど、なんか良さそうだなと思ったよ。お前とあいそうな気がする」

そう言って神崎はペンを置いて立ち上がった。


「今日は生徒会、早く終わらせようと思うから、そのつもりでやって。白石と美琴にもそう言っておく」

「珍しいな、家の用事?」

御曹司らしく、いろいろ用事があったりして、コイツは結構忙しい。だから聞いたのに、神崎は肩を竦めた。

「うーん。まだわからないけど、もしかしたらこれからは毎日急いでもらうかもね」

じゃあ、そう言って神崎は笑って離れて行った。

「これから毎日って…」


確かにこれから毎日彼女と一緒に通学するなら、帰りは早く終わった方が良いに決まっている。だけど、この先どうなるかなんて、そんなことわからない。

思わず反論しようとして、思いとどまる。

神崎はとても鋭い。なんとなく、俺と彼女のことを予測しての言葉のような気がする。

そして大抵、神崎のカンは当たる。

「なんだよ、一体」

机の上に目を落とすと、俺が解いていた数学の問題は、綺麗に解説付きで解かれていた。

「しかも、あってるし」

この問題は、俺も結構悩んでたんだけど。そう思ってため息が出る。

神崎は本当に、なんというか出来過ぎだ。



「じゃあ、俺、帰る」

生徒会の仕事を終えて、荷物を片付け始めると、他の2人が珍しそうな顔をした。

「珍しい、なんか用事?」

本間が聞いてきたから、俺は軽く無視する。

「じゃあ、また明日」

そう言って荷物を持って歩き出す。どうしたのかな?と言っている本間の声が聞こえる。あいつらは放って、俺は真っ直ぐに学校を出る。駅までの道を最初は早足で歩く。そのうちに小走りになって、時計を見て4時を少し過ぎているのを見て、今度こそはっきりと走る。

「何してんだ、俺」

赤信号でストップして、思わずそう呟く。だけど、やっぱり走っていくのは格好が悪くて、俺は駅の近くからはペースを落として、だけど不自然でない程度に早く歩く。駅の入り口で、彼女が立っているのを見つける。俺が来るのを見つけて、嬉しそうに顔を綻ばせて、胸の前で小さく手を振った。

思わず手を振り返しそうになって、俺は慌ててそれを止める。

何だか恥ずかしくて、俺は視線を逸らせた。小さく息を吐いて呟く。

「何してんだ、本当に」

これじゃ、まるで会うのを楽しみにしていたみたいだ。


彼女との付き合いは、今までとちょっと違った。

連絡は向こうから来るし、朝も夕も俺の通学路に彼女が待っていて、それから一緒に電車に乗る。お互いの家の近くの駅で降りる。それがほとんどだった。

今までと違うことがたくさんあった。

彼女はいつも俺の予定に合わせてくれた。会えないからと不満も言わなかった。

時間があるからどこかに行こうかという話になると、「どこか行きたいところある?」と聞いて来る。今までは勝手に買い物とかに付き合わされたのに、何だかペースが狂う。


なんとなく、彼女を待たせたくなくて、俺は放課後の生徒会の仕事を急いでこなすようになった。誰にも悟られないようにやっていたのに、やっぱり神崎はそれに気がついた。そしてそれとなく、本当に誰も気が付かないくらい自然に、仕事をうまく調整して、生徒会の仕事はほとんど昼休みにやるように変えてしまった。


彼女はわがままなんて言わなかった。

俺が忙しいといえば、「じゃあ、待ってない方がいいよね」と言ってあっさりと帰ってしまう。

こっちが驚くほと、あっさり。

会えないことを気にしているのは、まるで俺だけみたいだというように。


好きだと言ってきたのは、向こうなのに。

こちらが手を離したら、彼女はすぐにどこかに行ってしまいそうだった。


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