彼がメガネをかけるようになった理由 2
高校1年の夏が終わった時、俺は思考を変えることにした。
誰かと付き合ってしまえばいい。
恋人がいたら、もう告白されることもないし、面倒ごとは解決する。
そう思って、たまたま告白してきた同級生の子が、良い子だったこともあり、告白を受けて付き合うことにした。
告白をO Kした時、彼女が振り返って背後の影に隠れていた友達と目配せていたのを見て、嫌な予感はした。
結局、最悪だった。話が合うから大丈夫と思っていた子は、焼きもち焼きで、そしてとても思い込みが強かった。俺はまるで少女漫画に出てくるヒーローのように彼女を守る存在でなければ彼女は納得しなかった。朝も昼も夕も一緒にいて、他の女子と話すことは嫌がって、そのくせ自分の行きたいところに俺がついていくのが、当然という顔をする。メールの返事が遅いと叱られ、生徒会のメンバーと過ごすのすら、嫌がられた。一人でいたいということは、許されなかった。
結局、うまくいかなかった。
数週間で根を上げた俺が彼女へ別れを告げて、終わった。その後に付き合った子も同じだった。その次も。
女子はみんな、自分のやりたいこと優先で、自分の都合と希望だけで人の気持ちも無視して、人を振り回す。自分の幸せが恋人の幸せだと思っている。
彼女たちにとってみたら、格好いい人が隣にいて、自分のことをお姫様のように扱ってくれたら、それで満足なんだろう。別に俺でなくていい。
たまたま俺が『手の届くイケメン』だっただけだ。
「女子、面倒くさい」
思わずそう呟くと、隣にいた白石が、俺の方を見た。そして哀れむような目を向ける。
「適当に適当な返事をするからだろう」
そんな身も蓋もない返事だった。自分でもわかっているから、答えようがない。
「お前は不器用だから、適当に誰かと一緒にいたりできるタイプじゃないよ」
思いもかけないことを言われて、驚いた。目が合うと白石は少しの間俺の目を見て、そして顔を背けた。
「別に無理に恋愛する必要はないと思う」
まさか白石から恋愛に関する言葉が出てくるとは思わなかったから、俺はそれに驚いた。
「たとえその人が自分のものにならなくても、適当な恋愛をするより、本当に好きな人を思っているがずっといい」
そう言った白石は少し目線を上げて遠くを見た。
それを見て、もしかしてコイツには思う人がいるのかもしれないと思った。
「俺、しばらく静かにしてるわ」
俺は隣の白石に向かってそういうと、白石は笑った。
「それがいいな」
その時の白石の笑顔は優しくて、この顔を女子に見せたら、間違いなく爆発的にモテるだろうなと確信した。
もうしばらく恋愛はいい。
友人にも心配されていることに、俺はちょっと不安になる。
これからは受験を言い訳に断ろうと決めた。高校2年生になるからそろそろ勉強に集中したいし、生徒会もあるし、ちょうどいい言い訳ができた気もした。
だから、いきなり通学途中に告白されたときは驚いた。
それは、本当にいつもと同じ朝のことだった。
朝、いつものように電車に乗って、学校の最寄駅で降りる。普段から早く行って学校で勉強していたから、俺の通学時間は他の人よりも早い。そのせいか駅には人かげはまばらだった。電車を降りて駅のホームを歩き出した時だった。
「あの、すみません」
振り返ると、そこにいたのは他校の女子生徒だった。
少し明るめの自然な茶色い髪を肩の少し下まで伸ばしていて、眉毛のあたりで前髪が切られていた。髪が朝の光に当たって、綺麗に輝いていた。その前髪の下からは、髪と同じ茶色い、大きな瞳が俺をじっと見つめていた。色が白くて、だけど頬は赤く染まっていた。そして頬よりも少し赤い唇をしっかりと引き結んでいた。みるからに化粧をしていなくて、彼女は素のままだった。
柔らかい印象のある子なのに、何だか物凄い気迫で俺を見ていた。
見たことのない子だった。
「何か?」
そう声をかけると、彼女は俺に向かって一歩近づいた。そして息を吸うと、口を開いた。
「好きです。付き合ってください」
それを言い終わるまで、彼女はずっと俺を見ていた。真っ直ぐに俺を見ていて、俺は彼女から目を離せなかった。
「え?」
だけど、数秒後に俺は驚いた。これって告白されたんだと理解する。焦って彼女を見ると、彼女はまだ、俺を見たままだった。
「俺のこと、だよね?」
そう、確認すると彼女は黙ってうなずいた。
「初めて、あったよね?」
「はい」
「うちの学校じゃないよね」
「はい」
「いつ、俺のこと見たの?」
「3日前に、初めて見かけました。電車で」
それをいう時、初めて彼女は視線を下げた。俺もえっと心の中で驚く。そんなにすぐに?と思う。多分、彼女も同じような感じなんだと思う。俯いた顔は少しだけ、気まずそうに見えた。
「何年生?」
聞いてみると、彼女は2年生です、と答えた。
「俺と同じだ」
そう答えたら、今度は彼女が顔をあげて、小さくえっと呟いた。
「何?」
「あ、いや。大人っぽいので、年上かと思って…ました」
言いにくそうに返してきた。チラッと目線を上げて俺の様子を伺ってきた。そのくせ俺と目が合うと、慌てて逸らしてしまった。
俺は辺りをそっと見渡す。以前からこういう時に、いわゆる友達が近くに潜んで見張っていることが多かった。だから、近くに誰かいるんじゃないかと思って見てみたが、それらしき人はいなかった。
「一人で来た?」
そう聞いたら、彼女は驚いたように顔をあげた。驚いたせいか、その目が本当にまるくなっている。
「一人です、けど…?」
彼女は不審そうな顔をした。だけど、俺はなんとなく、それで安心する。
こういう時に友達がついてきている子とは、基本合わない。
もしこの子がそうだったら、なんとなく嫌だな、と思っていたから、そうでなかったことになぜだかほっとした。
「いいよ」
そう言ったら、彼女はパッと笑顔になった。
強張っていた顔が、ふっと緩んで、それから目を細めて、笑顔になる。心底ほっとしたように、息を吐いた。あまりにも嬉しそうに笑うから、思わず俺の方が恥ずかしくなってしまった。恥ずかしいのを誤魔化すように、俺はわざとぶっきらぼうに尋ねる。
「名前、教えて」
「安藤菜緒です」
「安藤、菜緒」
俺はその名前を復唱した。それを聞いて、何故だか彼女は恥ずかしそうに頷いた。
それを何だか可愛いなと思ってしまって、俺は緩みそうになる顔を隠すように俯いて携帯を取り出す。
「連絡先、教えて」
彼女も携帯を出して、連絡先を伝える。それが終わると、俺は何時に終わる?と聞いた。
「俺、授業の後に生徒会の用事があるけど、そんなに時間はかからないから。4時にここの駅に待ち合わせでいい?」
彼女は俺を見ていて、少し時間が経った後で頷いた。
「はい」
「じゃあ、改札のところで集合。とりあえずいっしょに帰るのでいい?」
「はい」
何だか学校の先生みたいだと思いながら、やり取りする。それが終わると俺は手を上げて、じゃあ、と言って彼女に背を向けて歩き出した。しばらく歩いてから振り返ると、彼女はまだこっちを見ていて、視線が合うと嬉しそうに笑って、小さく手を振った。大きく手を振るのは何だか気が進まなくて、今度は手を小さく上げるだけにして、俺はそのまま歩いていく。
「遅刻するだろ、早く行けよ」
思わずそんな言葉が口をついて出た。彼女の学校はここからいくつ先だっけと思いながら学校へ向かう。この時間にここにいることで、彼女は学校に遅刻してしまうのではと心配になる。意味もなく何度も時計を見た。
その時になってようやく、しばらく誰かと付き合うのは止めるつもりだったと思い出した。
そして、自分から一緒に帰ろうと彼女を誘ったことにも気がついた。
そんなこと、初めてかもしれない。
何だか変な感じだった。




