僕の落書きで君が喜んでくれるなら何枚でも描くよ
転校生……それは今朝方出会ったあの甘ロリ系女子だろう。転校生が複数いたなんてことさえなければ、確定事項だ。思わず不審者とか言って風紀委員に押し付けてしまったが怒られないだろうか。
「転校してきた、姫宮桐乃です! よろしくおねがいしまぁす!」
それにしても見れば見るほど残念だ。多分メイクするならナチュラルメイクのほうが似合うだろうし、なにより言葉が間延びしすぎていていい印象がない。媚びたいわけでなければ普通に喋ってくれればいいのに……。見た目だけなら魔法少女でもやってそうなほど可愛らしいのに本当にもったいない。
「どこ見てるの雪春くん」
「どこって」
「胸かしら? やっぱり君も大きいほうが好きなの?」
蒼葉の胸元を見る。
すごく大きいとは言えないが、確実にあるそれを確認して「そんなことない」と返す。昨今、よくあるアンバランスな体にに胸を強調しすぎたイラストなんかはちょっと苦手だ。男のロマンではあるものの、バランスは大事である。
「あ、今確認したわね。変態、わざわざ見るあたりがダメね。わたしだってこれでもDはあるんだからっ」
「自分から言うなよ」
特に僕の場合、見慣れているのが蒼葉なので、スレンダーな体に大きすぎるメロンがついていると違和感があってしょうがない。
それを考えるとあの姫宮って転校生は小さくて健康的で、しっかりと胸にも栄養が行っているバランスの取れた体型をしている気はする。
僕の好みはあくまで蒼葉が基準だが。
「姫宮さん、よろしくー」
「おお、これぞ理想の姫スタイル!」
「ありがとうございますー」
にわかに男子が騒ぎ出し、それに転校生が応えて手を振る。
まあこんなもんだよなと思いつつ、僕は小声で蒼葉に言い返した。
「僕は大きいほうより控えめなほうが好きだよ。ほら、欲張って大きなほうを選んでもろくな結果にはならないし」
「大きなツヅラじゃないんだから罠なんてないのよ? それとも大きなツヅラに罠を張られるほどのなにかをした心当たりでもあるのかしら」
「僕は正直で誠実な人間だから、そんな心当たりはさっぱりないなあ」
「真性の嘘つきがなにを言いますか」
いつもの軽口の叩き合いに発展してきた頃に、転校生が廊下側の一番後ろの席に決まる。転校生だからといってそう大きなイベントが起こるでもなく、適当に質問タイムがあって授業が始まるんだろう。
好きな人はいるかーとか、好きな食べ物はーとか。そういうの。
大声で萌えを語り散らし、人に無理矢理自分の好きなものを押し付けてくるタイプのオタク達が姫宮に対して次々と質問をしていた。
実際、あいつらと一緒にされたくないとか、絡まれたくないとかがあるのでオタクを秘密にしている節がある。僕は陰キャラらしく密かに楽しみたいんだ。同じ話で盛り上がったりするのはネットの住民だけでいい。そのほうが気楽だし、後腐れもない。
馴れ合うのはちょっと苦手だ。コミュ力が皆無とも言う。
その分、学校ではこの幼馴染がなにかと世話を焼いてくれたり、お小言を言ってきたりするので他にはなにも必要ないと言うべきか?
「好きな人ですかぁ? えっと……静かな人がいいなー!」
「くっそー、それじゃあ俺もう少し大人しくするわー」
「ねえ姫宮さん、漫研入らない?」
質問や、転校生にお近づきになりたいやつらのお楽しみタイムを聞き流しながら次はなにを描こうか考える。モンスター系の創作イラストでもまたピクチャー支部にあげておこうかな。あれ、蒼葉も可愛いって言ってくれるし。
「あ、嬉しい! 今なにはまってる? あたしはねー、自滅の切刃かな!」
「おっ、今流行りの! 誰が好き? というか女キャラは好き?」
「好きだよぉ! ユヅルくんなんてあんなに乙女で可愛い男の子なのに弱気にならずに頑張ってるし! それにその、トグロちゃんも! あたし、頑張れる女の子が好きだからなぁ……それにコンビも! 二人で切君くんの逆ギレを諫めるのにおんなじこと言ったりとか! 可愛いよねぇ」
「カップリングの話もいけるんだ! なおさら漫研に入ってもらわないと!」
やはり姫宮はオタサーの姫に確定しそうだ。あれで本気でコンテンツを好いていれば僕も文句はない。一緒に盛り上がるのは勘弁願いたいが。
「でもね、あのキャラだってひどいことしてるけど、きっと本当はいい子なはずだと思うの! だからどっちも応援したくてぇ……」
「姫宮さんはそういうタイプなんだねー」
うん、やっぱり気は合わないな。
外道キャラは外道として一貫しているから魅力的なんだ。そこに『本当はいい子だから』みたいな逃げ道を公式でもないやつが見出すのはあんまり好きじゃない。公式から出てきたら多少思うところがあれど受け入れられるのだが……そこは創作の好き嫌いだし、気が合わなそうなのは確かだ。
外道キャラは外道なところが好きなのである。
「あ、それ……」
「ん?」
隣の蒼葉が僕のノートを覗き込む。落書きしているのを怒られるか……というとそうではない。頬を赤くして喜色を浮かべ、ノートに描かれているニワトリ型モンスターのデザインを食い入るように見つめている。
「もう一枚描いてやろうか?」
「いいえ、別に」
訊いてみれば、ぷいっと顔を背けられる。
どうせ後からピクチャー支部にあげるので、それを教えてやろう。ここでその話をするわけにはいかないのは蒼葉も分かっているのでこの反応なのだ。
幸い、一番後ろの席なのでノートを誰かに見られることもない。
「動物だったらなにがいい?」
「猫」
「りょーかい」
次描く題材は決まったようだ。
そんなこんなで周囲の喧騒を聞き流しているうちに、本日の授業が始まるのであった。
>>自滅の切刃
多分主人公の名前は切君 刃くん。