人物画は君だけのもの
学校についてから蒼葉と別れ、中庭の岩に座ってスケッチブックを取り出す。
景色を適当に描きながら授業時間まで過ごすのが、僕の常だ。
「あ、あのぉ……」
突然声をかけられて顔を上げる。振り返ると、そこには中庭に続くガラス扉を開けながらこちらを見る女子生徒がいた。
見覚えのない顔で、そこそこに可愛い……が、化粧をしているらしくちょっと近寄りがたい。所詮僕は陰キャの仲間だ。キラキラした人といると、居心地が悪い。
化粧ね……蒼葉は風紀委員の都合上なにもしていないが、それでも綺麗で可愛いくて――って、なにを考えているんだ僕は。
「どうしました?」
答えると、女子生徒はしずしずと中庭に入って僕の隣に腰を下ろした。いや、近いんだけど。距離感皆無か?
「えっとぉ、こんなところがあるとは思わなくってぇ。素敵ですねぇ」
少しの会話で既に帰りたくなってきた。
間延びした喋りかたはわざとなのか、もったいぶるようでいてあんまり好きじゃない。あと、わざとらしい。
「風景しか描かないんですかぁ?」
「風景画が好きなんですよ」
「ふうん、可愛い女の子がいる景色とか、描かないんですかぁ?」
「僕、人物画は描かないんだ」
大事な幼馴染以外は、ね。
というより、この女子生徒。自意識過剰でなければ、明らかに僕に自分を描けって言ってるよな。勘弁してくれよ。
「君は? 中庭に来るのは初めてなんですか?」
「あたし、転校してきて今日からここに通うことになったんですぅ。よろしくお願いしますねぇ」
なるほど転校生。
「そうだ、この学校で一番の美人さんって誰とかありますかぁ?」
いちいち話しかけてくるから集中ができない。というか、この学校一番なんて……。
「うちの一番は風紀委員長サマですよ。それがなにか?」
「いいえー、ちょっと気になっただけですぅ」
「……そう」
距離が近い。だが、僕は蒼葉一筋だ。目を逸らして無視をすることにした。
あんまり大勢に擦り寄るような真似をされても風紀が乱れそうだし、蒼葉の負担になるんだよな……いや、転校してきた学年もクラスも分からないが、どこかでオタサーの姫状態にでもなればこの人も落ち着くだろう。
だからそれまであまり関わらないようにするか。ただでさえ話すの苦手な陰キャラなのに、ストレスが余計に溜まる。
これだから早めに学校に来ているのに……蒼葉に会いたくなってしまったことだし、切り上げて授業まで風紀委員会の教室にでも行こうかな。いつもならここで過ごすから、行く必要は特にないんだけれど。
今は無性に蒼葉の顔が見たい。さっき別れたばかりなのに。
無意識に蒼葉を心の癒しにしていたんだなあと改めて実感する。
我らが風紀委員長様は校門で遅刻する人が出ないように見張る時間があるが、まだその時間にもなっていない。今行けば会えるだろう。他の風紀委員にもあってしまうだろうが、風紀委員の連中に関しては顔見知りなので問題なし。
「あ、あれぇ? もう行っちゃうんですかぁ?」
「えっと、ちょっと用事を思い出したので」
そうして僕は、そそくさと逃げるように中庭から出る。
――この転校生が蒼葉をライバル視するどころか、まさか僕らを推す過激派ファンになることなど、このときは思ってもみなかった。
◇
「蒼葉、いるか?」
風紀委員の教室に行くと、中では蒼葉が数名の男女と話している最中だった。委員会の連中は来るのが早い。熱心なことで。
「あら、中庭に行くんじゃなかったかしら?」
僕からの声かけで風紀委員達の中心にいた蒼葉が振り返る。クールに髪の毛をさらりと片手で払い、彼女の頭の後ろでポニーテールが揺れる。見惚れていたのは一瞬だけ。けれど、その一瞬でも蒼葉には充分な時間だったらしい。
「女の子のうなじを思わず目で追ってしまうのは男の子だから仕方がないけれど、気持ち悪いのでもう少し分かりにくくしてくれるかしら?」
「悪かったよ。君に見惚れてた」
「なっ、見惚れ……! なにを言うのよ、ひ、ひ、人の前で!」
「ほらほら風紀委員長サマ、言葉が乱れてますよ」
「雪春、人をからかう癖はよくないわよ」
指摘してすぐに取り繕う蒼葉に、委員会の面々が微笑ましそうな顔をする。
彼女がポンコツなのは僕しか知らないが、ツンデレであることはここにいる人達は知っている。まったく、可愛い幼馴染だよな。先程出会った転校生への不満も、そんな彼女を見ているとすっと消え去っていく。
「そうだ、中庭に不審者がいたことを報告しようと思って」
僕にとって、と言葉の頭につくが。
「あら、そうなの? 少し早いけれど見回りに行きましょうか」
「雪染さん、私達が行ってくるよ!」
「そうそう、委員長はこのあと門前の検査もあるし、休んでいてください!」
蒼葉が見回りに行こうとするが、それを周りの女子と男子が止めに入る。
「いいの?」
「いいのいいの! ゆっくりしてて!」
「それじゃあ俺達行くから!」
そうして、教室に二人きりで残されるのだった。
絶対あいつら僕の気持ちを分かっていてやってるよな。ありがたい。
「蒼葉、ここで絵描いてていいか?」
「いいわよ。静かにね」
「ああ、分かった」
「あれ、私?」
「うん」
「人物画は苦手って言っていなかったかしら」
「練習のためだよ。協力お願いします」
「分かったわ」
こうして、蒼葉が仕事をする時間になるまで静かに二人で過ごすのだった。
*ざまあはありません。
*次の更新は午後9時頃