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つかず、離れず、近すぎず……いや、やっぱり近いな?

【翌日】


 目覚まし時計の音で目を覚まし、早朝六時に起き出す。

 そろり、そろりと廊下を抜けて姉を起こさないようにキッチンへ。


 さて、冷蔵庫になにがあったかな? 


「あいつの好物にでもするか」


 蒼葉は普段クール(と本人は思っているの)だが、子供舌だ。そして料理が苦手である。正確には苦手意識を持っているといえばいいか。それに対して僕はインドア派で趣味もそちらに偏っているため、料理、手芸なんでもござれ。


 不器用で細かいことが苦手でポンコツな幼馴染のために小物も縫ってやるし、お弁当も作ってやれる。


 普通立場が逆なんだろうが、あいつが料理に苦手意識を持ったのは僕のせいなので自業自得だ。



 ――「知ってるか、蒼葉。卵をレンジでレンすると爆発するって言うが、十分以上やれば水分が飛んで爆発させずにすむらしいぜ」


 ――「へえ、そうなのね! じゃあ私がユキのために美味しいゆで卵作ってあげる!」



 幼い頃の思い出がよみがえる。思えばあの頃からすでに僕は大嘘つきで、蒼葉はものすごく純粋で騙されやすかった。その後の展開は……まあ決まりきっているわけだが。


 思い切り電子レンジが大破して僕はものすごく叱られたし、蒼葉はびっくりして大泣きした。あれはさすがに申し訳ないと思っている。


 蒼葉にはその後『レンジをレンする』に突っ込まれたが、電子レンジに『チン』なんて言葉はつかないんだから『レン』でいいだろうと言い訳をして誤魔化した。小学生特有の意味もわからない気恥ずかしさから来る抵抗だったのだ。今それを蒼葉に告げたら「やっぱり雪春のほうがスケベじゃない!」って言われかねないので、未だに真相は話していない。


 更にレンジ爆発事件の数日後、『炭酸飲料』に『ミントスカッと』入れたら美味しいぜと教えるなどという、まったく反省していない嘘をついたりしたが、それでも僕を嫌わずに騙されまくっているあいつの人の良さが窺えるな。


 だからこそ、僕が料理担当になっているわけだ。それと手先の器用さを利用して小物を作ってやったり冬にマフラーをプレゼントしてみたり。


 うーん、やっぱり立場が逆では? 


 まあ……こうして早朝に起き出してあいつのことを考えながら作業するというのもなかなか乙なものだと思う。


「いや、乙女かよ」


 頭をぶんぶん振って仕切り直し。いいんだ、幸せだし。


 それに家が隣同士なのでお弁当を用意して待っているだけで、幼馴染が迎えに来てもくれる。ここまでしていてどうして付き合ってないんだろう……? 僕達最大の謎である。


「甘い卵焼きと炊き込みご飯に、サラダに筒に入れたシチューに……」


 もちろん自分自身の朝食と、夜勤の姉がいつ起き出してもいいように長持ちする朝食を用意しておく。


 それから手作りの布でお弁当箱を包んで完成。

 朝食を食べて学校へ行く準備を済ませれば、出発する時間になり……チャイムが鳴る。


「はーい」


 扉を開ければ、ピシッとした格好の蒼葉がそこにいた。


「おはようございます、雪春」

「おはよ、蒼葉」


 軽く挨拶を交わして弁当箱を二つとも彼女に手渡す。


「今日もよろしく」

「任されたわ。今日もやっぱり来るのね」

「そりゃもちろん」


 なぜ弁当箱を二つとも渡したかというと、僕よりも先に蒼葉が風紀委員会の教室に向かうことになるからだ。どうせお昼を食べるのはそこでになるし、風紀委員の彼女なら荷物を置いておけるが、僕は本来部外者なので荷物を置くことができない。だから彼女に持っておいてもらうのだ。昼食作っている対価のひとつみたいなもんだな。それと。


「今日も中庭で絵を描いてから授業なの?」

「うん、やっぱ朝じゃないと人が邪魔だし。あ、でも蒼葉なら描いてもいいよ? むしろ歓迎」

「わ、私で裸婦画を描こうたったそうはいかないわよ! このスケベ!」

「僕、裸婦だなんて、言ってないんだけどなー。君がいる風景なら描く価値あるって言ってるだけなのになー。蒼葉の脳内のほうがよっぽどスケベだと思うんだけど」

「ううっ、ちがっ、違うわ! 別に意識なんてしてないもの!」

「へー、そう」


 僕なんにも言ってないのになー。そうかー、意識してくれてるんだなー。

 思わずにやつく口元を隠しもせずにいると、蒼葉が「そんないやらしい顔して!」と叱りつけてくる。いやらしいのはどっちの思考だよ。


「まあまあ、僕の秘密を知ってる蒼葉のいるところじゃないと自然体になれないからな。信頼してるんだよ、僕は。君のいるところじゃないと心が休まらないっていうかー……」


 不意に告げた本音に、一瞬ピタリと硬直した彼女はしかし再び歩き出す。そして後ろから流れてくるポニーテールの先をくるくると指でもてあそびながら俯いた。これは彼女が照れているときによくやる仕草なので、その心情はなんとなく察しがつく。


「わ、私だって……いつもキリッとしていないといけないから……気を許してくつろげるのはあの教室で、二人きりになっているときだけよ……」


 小さく呟かれた言葉に内心喜びながらもスルーを決める。

 蒼葉は聞こえないように言っているのだ。これに反応したらマシンガン言い訳タイムが始まる。それに、こうして漏れた本音を後から本心ではないとはいえ、否定しまくられると悲しくなってくるものだ。


 だから聞こえないフリをする。

 肝心なところで誤魔化しあい、けれど距離は近く、離れない。


 そんな距離感が、今はちょうどいい。

 そうして、学校へ向かうのが僕らの『いつもの光景』なのだった。

明日は12時更新。

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