この気持ちは嘘なんかじゃない
「蒼葉、聞いて」
「は、い……」
僕の一世一代の告白を。君だけに向けた言葉を、どうか聞いてくれ。
「僕は……」
すうっと息を吸って、吐いて、言葉を紡ぐ。こんな当たり前の動作が驚くほど上手くできない。口の中で言いたいことがこんがらがって、詰まってしまったみたいに目を瞑る。
僕が緊張して余裕がないせいか、周りの音が消えてしんと静かになった二人だけのこの席で彼女の瞳をまっすぐと見る。
頬を赤く染め、なにかを期待したように僕から目を離さない蒼葉。
彼女のことが好きだ。昔からずっとずっと。なのに言葉が出てこない。出てこない。いつも嘘ばかりすらすらと出てくる口はなにも吐き出さない。
いつもそうだ。
前に茶化して「愛してる」を言おうだなんて思ったときも、肝心な言葉は出てこなかった。僕はこんなときでもまだ、万が一拒絶されら……なんて不安に思っている。そんなことはないのに。絶対に、僕らは同じ気持ちだと気がついているはずなのに。
どうしてこうも、僕の口は素直な言葉を贈ることができないんだ。
「雪春。お互い、秘密の思い出話をしましょうか」
「え?」
潤んだ瞳で蒼葉が目を伏せる。
「わたしね、いっつも雪春とおやつシェアして、あーんしてもらった後はあまりにも嬉しくてぼーっとしちゃうの」
幸せそうにはにかみながら蒼葉が頬を両手ではさむ。
「その、委員会でお仕事しているときだって、パソコンに雪春の名前ばかり打ち込んじゃって慌てて消したり……えへへ、ちょっと恥ずかしい秘密だったんだけど、あれって君のことしか考えられなくなっちゃってたってことだよね。最近ね……ちゃんと自覚したのよ」
そこまで言って、蒼葉は恥ずかしそうに目を逸らす。
こちらをチラチラと見ながら「ほ、ほら、ね?」と次は僕の番だと促してくる彼女に、愛おしさが溢れて今すぐ抱きしめに行きたい衝動に駆られた。
けれどそれも我慢して、彼女との思い出。僕の秘密を心の中で手繰っていく。
「君が……風紀委員長になったとき、僕は誇らしかった。気丈で、凛々しくて、正直僕なんかよりもずっとずっと格好良くてさ。腐った風紀委員会を正しい状態にした君は、みんなのヒーローだったから」
「うん」
蒼葉はすごいんだぞって、みんなのヒーローになったんだぞって、そう思ったらすごく誇らしかったんだ。僕には絵しかないから、みんなに慕われる蒼葉の姿を見て自己満足していたのかもしれない。
こんなすごい子が僕の幼馴染なんだぞってね。
「でもさ、あの放課後の教室で君が泣いているのを見たとき、僕は打ちのめされた。蒼葉もさ、ちゃんと傷つくんだって。怖くても、苦しくても、それを見せずに隠していただけだったんだって」
「ええ、弱みを見せたら嫌われちゃうって、あのときまでは思っていたわ」
「うん、そうだよね。そういうことだよね」
あのときそれを知って、僕は蒼葉への恋を自覚した。
幼い頃からずっと芽吹いていたけれど、知らんぷりしていたそのあたたかい気持ちのことを。
「蒼葉の弱さを知って、やっと」
口を閉じる。
「君のこと、好きだったんだって、気づいたんだよ僕。遅すぎるくらいだった」
眉をハの字に曲げて、微笑みかける。
ああ、本当に遅かった。でも、手遅れでは決してなかった。
「君が笑ってくれるならどれだけ滑稽な嘘でもつくし、君が好きなものを知りたくてお弁当を作るようにだってなった」
俯いて、流れるように、そして洪水のように溢れ出して来た言葉を全部ぶちまける。今顔を見てしまったら、また言葉が止まってしまいそうだから。
「君を傷つけるものからは意識を逸らして守りたいと思った。君を傷つけるようなものなんて見ないで、僕だけ見てほしかったから」
わざわざ見て傷つくくらいなら、僕を見ていればいいと思ったから。そうしていた。悪意のある視線から僕の声で誘導してそちらを見ないように目を塞いで。
弁当作りは、本当は騙してトラウマを刻みつけた贖罪でもなんでもなかった。彼女の好きなものをリサーチしてお弁当を作れば、僕の料理だけ食べてくれたら、そんなわがままと独占欲から来るものだった。
「小学生のときに初めて会って、君のお節介をしているうちに……どんどん僕自身も足を取られていくみたいでさ。でも、ずっと怖くて言い出せなかった」
だって。
「今の関係が……」
「壊れてしまいそうだったから?」
「蒼葉……」
言いたいことを先取りされてしまって顔をあげる。
そこには、真っ赤になって顔を覆う蒼葉がいた。
「だ、だって雪春ったら……ずるいわずるいわ! わたしばっかりこんな……! 嬉しくて……死んじゃいそうよ! わたしだって雪春に好き好き攻撃したいのに……!」
蒼葉は好意を次々とぶつけられてキャパシティオーバーしてしまったようで、ちょっとだけ反省する。やりすぎた。
「あのね、雪春。わたしも一緒。というか、わたしはあのときからかしら……わたしがいじめられていたときに、雪春が『今から僕には雪染さんが必要になった。それならいじめる必要なんてない』って言ってくれたとき」
その言葉だけで鮮明に思い出すことができた。
蒼葉は昔から正義感が強くて、カンニングしていた子供に怒って注意したかれいじめられてしまったのだ。そのとき、確かよく回るこの口で詭弁をこれでもかと吐いて追い払ったことがあった。
「あのとき、とても嬉しかったの。わたし、褒めてもらえることはたくさんあったわ。でもね、『わたしが必要』だって言ってもらったのは初めてで、それに、雪春……言ってくれたわ。わたしに」
――今度から僕が君を守るよ。
彼女から話を聞いて、フラッシュバックするかのようになにを言ったのか思い出した。あのときの僕にとってはなんでもない一言で、当たり前のように出てきた言葉だった。
だから、こんなにも蒼葉の印象に残っているだなんて思っていなくて……素直に嬉しい。
「雪春がわたしを守ってくれていたのは知ってるの。背はわたしのほうが高くて、力も多分わたしのほうがあると思うわ。でもね、雪春はわたしの『心』を大切に、大切に守ってくれていた。ちゃんと、分かっているのよ」
「そっか……そうか」
確かめるように呟き、彼女を見つめる。多分、お互いに真っ赤だ。
「ずっと一緒にいられるなら、この想いが報われなくてもいいって思ってた」
テーブルの上の蒼葉の手に、自分の手を重ねる。
「ええ、わたしも同じよ。今の関係が壊れてしまうくらいなら、立ち止まったまま、同じ関係のまま、自分の心に蓋をして報われなくてもいいって思ってた」
真っ直ぐに見つめあう。
今度は目を逸らさない。
「これからも、きっと僕は嘘つきのままだよ。君をまた何度も困らせるかもしれない」
「……雪春のその気持ちは嘘なの?」
「嘘なんかじゃない、この気持ちだけは絶対に本物だ」
「そうよね。大丈夫、知ってるわ」
確かめるような蒼葉の言葉に即答してから、続きを口に出す。
「君をまたくだらないことで騙すかもしれない。そんな僕でもいいっていうなら…………」
最後の、一言を。
「僕は蒼葉じゃないとダメなんだ。ずっと、ずっと好きだった。困らせてばかりの僕だけど、それでもいいなら、付き合って……ほしい」
蒼葉は頬に涙を流しながらにっこりと微笑んだ。
「わたしもとことんバカみたいよ。今ね、わたし、君のつく嘘になら何度だって騙されてあげちゃいたいって思ってるの。それくらい、好きってこと。だから、その……よ、よろこんで!」
息を飲む。
そして、爆発するように歓声が上がった。
え、歓声?
蒼葉の手を握ったまま辺りを見回す。
いつのまにかカップル席にいる人達が全員こちらを見て拍手をしていた。
「えっ、えーっ!?」
「まさか……緊張で周りの音が聞こえないだけだと思ってたけど……本当に静まり返ってた……?」
他の客がうんうんと頷いている。冗談だろ? 今のやりとり全部見られて……!?
「斎宮くん! 雪染さん! おめでとうございますわ〜!!」
「やっと二人とも素直になれたわね〜、なによりだわ〜!」
姫宮さんに秋音先輩!?
次々とやってくる衝撃に、顔を真っ赤にしたまま二人で身を寄せる。
「ふふっ」
「あはは……心配かけちゃってたみたいだね」
「ね!」
そしてどちらともなく笑い出し、『カップル席』に相応しい関係となった僕らは和やかにそのあとの時間も過ごす。
◇
……翌週、学校中にこの告白が知れ渡っていると知ったときは先輩達を恨んで、恨んで、そして一周回って開き直ったのだった
次でラストのはず。




