僕から言わせてほしい
「いらっしゃいませ。こちら、本日カップル割り引き対象の日となっております。チケットはございますか?」
うっ、知ってはいたけれど、店員さんから直接言われるとそれはそれで緊張するな。
「はい、チケット……です」
僕が代表して割り引きチケットを渡す。
蒼葉はその間、僕の腕にしがみついて緊張のあまりにぷるぷると震えていた。子犬か?
「確認しました。それではカップルデーをお楽しみください!」
どうやらカップル割りの人と一般客はフロアで区切られているらしい。まあ、そのほうがいいんだろう。カップルがたくさんいる中に一人で食べに来た人が案内されるとかいう地獄のような光景が生まれかねないからね。
カウンターで席の番号をもらってから、そそくさと店員さんの前からどく。
なんとなくカラオケを彷彿とさせる受け付けの仕方だなあ……まあ、このほうが確実に席に着けるという点ではいいのかもしれない。
店の中はかなり賑わっていて、ケーキひとつ取りに行くのも並ぶ必要がありそうだ。席が決まっているとはいえ、用心するに越したことはないから軽い上着だけ椅子にかけてバイキングへ向かう。
こういうときに、席にバッグごと置いていってしまうのはよくない。万が一のことがあるからだ。昔、似たようなシチュエーションで蒼葉の買ったばかりのアクセサリーが盗まれそうになったことがある。
もちろん、そのときは僕が大声を出して気を引き、周りの人に蒼葉のであることをアピールしつつレシートを出して証明したことでことなきを得た。
いくら席取りのためとはいえ、大事なものはちゃんと持っておくべきなんだよ。
「あら、人がいっぱいいるから……やっぱり減りも早いのね」
「どれが気になってる?」
「苺のムースと、モンブランと、シフォンケーキかしら」
「そこのブルーベリーのやつもいいよね」
「いいわね。でも迷っちゃうわ」
人が多く、ケーキも残りひとつかふたつというトレーがある。どちらにせよあとで補充されるだろうから遠慮なく取ってもいいんだけど、蒼葉は取りすぎないようにしているようだ。
「じゃあ、僕がシフォンとブルーベリー取るから、蒼葉は苺とモンブラン取ってよ。シェア、するんだよね?」
「そうね、それがいいわ! シェアしちゃえば他の人の分も残せるものね!」
さすがに一気に何個も食べ続けることはできないので、お互いに二種類ずつケーキバイキングから取って席に戻る。それから向かい合わせに座って僕はケーキを半分に切り分けた。
「大きいほう取っていいよ」
「んー、ならわたしが切り分けたやつも、雪春が大きいのを取っていいわよ。それでお相子だわ」
「いいの? 蒼葉のほうが甘いの好きでしょ」
「そう言う雪春もそれなりに甘いもの好きじゃない? たくさん食べられないだけで」
「それはそうだけど……分かった。遠慮しあっても意味ないよな。食べる」
緊張しているからか変に思考が凝り固まっていたようだ。確かに互いが大きいほうを食べれば平等だし。
「飲み物は?」
「ストレートの紅茶だよ。そっちは?」
「わたしはミルク入りね」
「そっか」
「……」
「……」
食べている間は少しの沈黙が落ちる。
食べながら喋るのは行儀が悪い、と蒼葉が言うからだ。もちろんその通りなんだけど、どちらかというと僕は蒼葉に合わせている側面が大きい。
「……」
周りはカップルばかり。
お互いにあーんとしあったり、仲睦まじくお喋りしたり、ケーキの写真を撮ってSNSに投稿したり、そんな明るい雰囲気だ。
「こ、こういうときこそ、口元にクリームついてるわよ……とか、やってみたいけれど……雪春ったら食べるの綺麗すぎなのよ!」
「なにギレだよそれ」
そうは言われてもね。食べかたなんて、意識して綺麗に食べるならともかくとして、意識して汚く食べるのって相当難しいぞ。そんな無茶言うな。
「で、でも……その、わたし達、この中にいて目立たないってことは、や、やっぱりカップルに見えるのかしら?」
「そうだと嬉しいんだけどね」
「……! そ、そう。嬉しいの。そうなのね」
蒼葉はいつになく動揺している。
客観的に見れば僕らは初々しいカップルそのものだと思う。姫宮さんにも「まだ付き合ってなかったの!?」と言われてしまったくらいだし。
「……雪春」
「うん?」
「あ、あのね、あのねわたしね……!」
おっと、もしかしてこれは。そう予感がして、フォークをあちら側の皿に向けて動かす。
「わたし、雪春のことが……す」
「ストロベリー、もらうからね」
「〜っ雪春!」
蒼葉の皿から、まだもらっていなかった分をもらって食べる。
それから、少しだけ身を乗り出して彼女の口元にそっと指を当てた。
「そういうのはさ、僕のほうから言わせてもらえないかな?」
「ふ、ふあ……ふぁい……」
頑張って表情筋を働かせて微笑む。
蒼葉は、これからなにが起こるのか予感したのか真っ赤になって顔を覆った。
くぐもった小さな返事が聞こえる。
ああ、やっとこのときだ。やっと言える。きっと今なら大丈夫。不思議と気分が高揚していて、今ならしっかりと、告白できる気がする。
集中しているからか、いつのまにか周りが静かになった気さえするくらいだ。
「蒼葉、聞いて」
「は、い……」
僕の一世一代の告白を。君だけに向けた言葉を、どうか聞いてくれ。




