まるでデートみたいだね
日曜日。記念すべきデート……と言えるかどうかは分からないけど、とにかく、蒼葉と出かける日がやってきた。
そう、僕にとってはデートの日。そのことは変わりない。蒼葉にとっては……分からないけどさ。僕と同じであってほしいなとは、思っている。
いつも土日には二人で連れ立って公園に絵を描きに行っているのだから、今更と言えば今更だ。それでも特別感があるのは、『日常』では決してスイーツバイキングになんて行かないからだろう。
蒼葉はそれなりに甘いものが好きだが、男の僕がスイーツバイキングというのは少し抵抗感がある。周りが全部女子で埋め尽くされている中で、一人だけで足を踏み入れる勇気がまるでないからだ。
そこまでするほど甘いものが大好き! ってわけでもないしさ。
だけど、どうやら僕も舞い上がるほど楽しみにしていたらしい。
時間があるはずなのに、朝五時に目が覚めてしまったくらいだ。だからといって二度寝する気分でもなかったから、無駄に朝ご飯が豪華になった。
「ちょっとちょっと雪春〜、自家製コーンスープまで作っちゃって。どんだけ楽しみなのよ、このこのー!」
「うっさい。姉さん、また夜勤があるんだろ? 早く寝ろよ」
「はいはい。帰ってきたら戦績は教えてちょうだいね? ちゃんと告白してくんのよ!」
「早く寝ろって」
ニヤニヤとからかってくる姉を部屋に押し込み、無駄に豪華になった朝ご飯をトレーに乗せて渡す。僕は既に食べているし、姉は「食べてすぐに寝たい」という、牛になりそうなことをいつも言っているのでこれでいい。食器は起きたときに洗ってくれるからね。
それから朝起きてから二度目のシャワーを浴びて服を決める。
時刻は10時。スイーツバイキングの店に着く予定時刻がお昼どきなので、まだ時間はある。
デートにありがちな『待ち合わせ』なんて特別なイベントなんてない。隣だからな。それでもこうして、ギリギリまで蒼葉と出かけるための準備に悩めるのはいいことだ。
もしかしたら絵の構図に悩んでいるときよりも悩んでいるかもしれない。
ずっと、絵が入賞して……自信がついてから告白しようだなんて思っていたけれど……姫宮さん達がこうしてデートを仕立て上げてくるということは、そういうこと……なんだろうか。
さっさと告白しろと、そういうことなんだろうか。
もしそうだとして、僕はあの蒼葉に、胸を張って「君を幸せにしてみせる」だなんて言えるのだろうか。
蒼葉のほうがよほど有能で、少しばかりポンコツな部分を除けばまさに「高嶺の花」である彼女に、僕は相応しい人間でいられるのだろうか。
不安が渦みたいになって、胸の上に重石が乗せられたように気持ちが沈む。
誰もが「完璧無比な風紀委員長様」だと知っている蒼葉と、その腰巾着としか思われていない僕。なにもない、なにもできない、ただただ彼女の弱い秘密を知っているというだけの、卑怯なやつ。そんなやつが、本当にあの子に相応しいだなんて言えるのか?
……だめだ、ドツボにはまりそう。
そうだ、大丈夫。もし、もし……僕や姫宮さんの勘違いで、蒼葉の気持ちが僕になかったら、そのときは嘘をつこう。
自分の心に、ひとつだけ嘘をつこう。
蒼葉はただの幼馴染。それ以上でも、以下でもない。
やっぱり、僕の恋心なんて嘘だったんだって。そう、自分に嘘をつこう。
そうすれば、大丈夫。
って、なにフラれることを前提に自問自答してるんだよ!
ダメだな。一人になると、すぐにじめじめと湿度の高くなりそうなことを考えてしまう。やっぱり僕は一人じゃダメだ。
「あと数時間が、長いよ」
壁に背を預けて項垂れる。
結局着替えも早く済ませてしまったし、あと一時間はある。どうしよう、そんなに時間がたくさんあると、また変なことを考えそうだ。
――ピンポーン。
「え?」
バッと顔を上げる。
家を出るのは十一時……のはずなんだけど。宅配か?
慌てて玄関に向かい、期待にうるさい心臓の音を「いや、きっと宅配だろう」とごまかしながら扉を開く。チェーンはつけたまま、ハンコを片手に。
「あ、おはよう雪春! 少し早く起きてしまったの。チケットの時間までまだあるし、上がってもいいかしら?」
ああ、やっぱり蒼葉は……僕にとっては、まぶしい太陽に他ならない。
直前まで沈んで冷たくなっていた気持ちが、一気に溶かされていく。彼女の笑顔で、悩んでいたなにもかもが馬鹿らしく思えてくる。
「うん、実は僕も早く起きちゃってさ。暇してたんだ。よければ上がって行って」
「ええ、それじゃあ、お邪魔します!」
いつもの制服じゃなくて、いかにもお洒落してきました! という女の子の服装。いつも公園に行くときよりも、よほど気合いが入った服装に思わずにやけそうになってしまう。
「蒼葉、いつもとリボンが違うよね」
「あ、分かる? ふふ、こういう細かいところ、ちゃんと分かってくれる雪春が好きよ」
「……そ、そっか」
「あはは、照れてる?」
「照れてない」
学校につけてきている白いリボンとほとんど一緒かと思ったが、わずかにレースがついていて、質感がもっと柔らかそうだった。いつもよりも高級なリボンなのかも。リボンでも、そりゃあ品質の違いくらいはあるだろうし。
いつもと真逆のやりとりをしながらリビングへ。
風紀委員の都合上、いくら規則のゆるい学校とはいえ、マニキュアやイヤリングなんてできない。だから、ポニーテールにつけたウサギの耳のようなリボンは彼女なりの精一杯のお洒落なんだろう。
「今日、楽しみに、してた」
「あはは、雪春ったら片言ね。うん、わたしも楽しみにしていたわ」
――デートするみたいね。
普段ならまっすぐと僕を見て話す彼女が、珍しくそっぽを向きながらそう言った。その頬は、ほのかに赤く染まっている。
「そうかもね」
「……」
「……」
そして、少し詰まりながらも家を出る時間まで話を続けるのだった。




