私達、雪染さんの応援をしているのよ!
「ふう……」
ため息が口からどうしても飛び出してきてしまう。
雪春に今すぐ会いたいな。でも、会えないな。さっき別れたばかりだもの。
なんとなく気まずくなってしまって、結局姫宮さんが乱入してからはすぐに解散になってしまった。それからずっと尾を引くように、心の中に重いものがのしかかっているような気がするのだ。
――いいのよ! だって、雪染さんも斎宮くんも頑張っているもの! だ、だからね? 今後、ちょっとだけ進捗を見に来たいなって思っているの。斎宮くんの絵……結構好きなのよ。
姫宮さんの輝くような笑顔を思い出す。可愛かった、なあ。童顔で、背も私みたいに大きくなくて、胸も大きくて、男の子の理想みたいな女の子。女の私自身も可愛いな、いいな、あんな風に可愛かったら、自信を持って雪春の隣で……恋人になれたのかなって、思ってしまう。
雪春もああいう子がいいんだろうなって後ろ向きな気持ちになりながら、けれども彼女を拒否することなんてできなくて、一生懸命言葉を絞り出した。
――……雪春はいいの?
――まあ、ときどき見に来るだけなら
――やったあ! ありがとうございます!
即答だった。
その前も姫宮さんの髪から汚れを払ってあげたりしてさ。いつもはわたしにしかしないことを、他の子に彼がしたって事実に悲しくなる。
ああ、嫌だわ。わたしってこんなに重たい女の子だったかしら。これじゃあ嫌われちゃう。嫌われちゃうよ……だから、この気持ちは知られないようにしないと。
ずっとずっとそばにいたいから、雪春が誰を好きになろうが祝福しないと。幼馴染として一番なら、女の子として一番じゃなくてもいいから。二番目でもいいから、隣にいられればそれで……いい。
「あっあっ、ダメよね。好きな人以外の女の子なんてそばに置いてもらえないわ……!」
じわりと涙が滲む。
こんな姿誰にも見られたくない。見られてはいけない。
ぐしぐしと乱暴に袖で拭ってから思い出す。確か……姫宮さんは秋音先輩に教えてもらって、公園に来たんだっけ。
思わぬ裏切りに少し傷ついた。秋音先輩は、わたしのこと応援してくれると思っていたのに。ううん、わたしが雪春のことを好きだなんて直接言っていないから仕方ないのかな……。いえ、でも先輩には雪春が好きなんじゃないかって当てられて動揺もしたし……分かっているものだと思っていたのに。
「……ええい! うじうじしても仕方ないわ! そうよ、直接先輩に聞けばいいのよ!」
気を取り直してスマホを手に取り電話帳から秋音先輩へ。
指をつう、と動かして通話ボタンをタッチする前に指先が震えた。
やっぱり、少しだけ怖かったから。でも、ここで聞かなくちゃ。前に進まなくちゃ、いつまで経ってもこのもやもやを抱えたままになってしまうわ!
「……」
電話の呼び出し音がして、少し後に繋がる。
「秋音、先輩」
「あら〜、どうしたの雪染さん? 休日にお電話してくるだなんて、珍しいわねぇ」
先輩の優しい声が向こう側から聞こえてきて、無性に泣きつきたくなった。
雪春が取られちゃう。そんなの嫌だって。助けてって。
「秋音先輩……あのあの、えっと……ん、すみません。委員のことでもないのに、電話してしまって」
「いいのよ〜、雪染さんはもっと私にお電話してもいいくらいだわ! 可愛い後輩のためだものね! ゆっくりでいいのよ〜、なにがあったのか、なにを言いたいのか、ゆっくりお話してみてちょうだいね」
ひどく優しく蕩けるような声に、拭ったはずの涙がまた溢れ出してきてしまって、止まらなくなる。いけないのに。わたしはいつだって、頼れる風紀委員長でいなければならないのに。
「あなたは……格好いい風紀委員長でもあるけれど、私の可愛い後輩でもあるのよ? 無理しないで、今言葉にできないなら、ゆっくり深呼吸をして、そのまま電話を切っちゃっても構わないわ」
「……いえ、大丈夫、です。その、秋音先輩には、訊きたいことがありまして」
「はい、なにかしら〜」
あくまで優しく、わたしを気遣ってくれる彼女のために、なるべく冷静になって答える。
「姫宮さんに……わたし達のことを教えたのは、先輩だって、本人から聞いたのですけれど……本当、ですか?」
「ええ、ええ、そのことなら本当よ? だって――」
「どうしてですか?」
ああいけない。まだ秋音先輩が話していたのに。冷静になれ、わたし。冷静になりなさい、雪染蒼葉。
先輩にだって、なにか考えがあるはずなんだから。こんなにも優しくて、わたしを可愛い後輩だと言ってくれる人が、わたしを苦しめるはずがないの。きっとそう。
「ごめんなさい、続きを」
「ええ。もしかして、姫宮さんとなにかあったのかしら? 少しお話ししてみてちょうだい」
「……はい。それが」
それから、わたしは僅かな嗚咽混じりに全てを話した。
雪春の絵を彼女が好きだと言ったこと。わたしにでさえ滅多に触れてこない雪春が、彼女の髪に触れて構ったこと。また来てもいいかと確認する姫宮さんを、受け入れてしまったこと。そのあとから気まずくなってしまい、すぐに解散してしまったこと。そして、ずっと胸の内側が苦しくて苦しくて仕方がないことを。
「そっかあ……」
「秋音先輩は……どうして、姫宮さんに、教えたんですか。わたし達が、あの公園にいるということを」
「えっとね、雪染さん。姫宮さんはね、私と一緒なのよ」
一瞬、ドキリとした。今すぐにでも電話切ってしまおうとした。けれど、秋音先輩を信じたくてできなかった。確かに、裏切られたと感じたというのに、自分の早とちりだったらと思うと、恐ろしくて電話を切るだなんてことできなかった。
「どういう」
「あなたと、斎宮くんがカップルになったらいいなあ〜って、応援しているってことよ?」
「へ?」
予想外の言葉が出てきて思わず間抜けな声が出てしまい、口元を押さえる。お、お、応援? 誰が? 誰を? 姫宮さんが? わたしを? そんなことってあるの!?
「ほ、本当……ですか?」
「ええ、もちろん! ほら、あなた達ってとっても距離が近くて、仲がいいでしょう? だから、二人を見ていると、私達とってもキュンキュンするのよ! 可愛いな〜、素敵だな〜って! だから、応援しているの。話しかけてきたのは姫宮さんからでね、しばらくは二人で楽しんでいるだけだったのだけれど……あまりにも進展しないものだからつい、お節介を焼きたくなってしまったの。ごめんなさいね」
しょんぼりとした先輩の声は、とても嘘を言っているようには聞こえない。え、なら本当に? というより、なにも知らないはずの姫宮さんにまで分かるほど、そんなにわたしってば分かりやすかったの!?
「恋する乙女は可愛いもの〜。敏感な人は、特に女子は気付きやすいかもしれないわね。雪染さん、頑張って! 応援しているわ!」
「そ、そうですか……ょかっ、たあ……」
「紛らわしくてごめんなさいね。そのせいで不安にさせてしまったのね。次からは、きちんと二人の間を邪魔しないようにサポートさせてもらうわ!」
なぜだか別方向にやる気を出している先輩にびっくりなのだけれど……そっか、応援してくれてるんだ。そう思うと勇気が湧いてくるような気がした。
「あんまり思いつめないようにね。なにかあったら私に相談してちょうだいな〜」
「分かりました。ありがとう、ございます……先輩」
「いいえ〜、だってあなたは、どうしようもなかった私達を救ってくれた恩人だもの。それに可愛いし!」
「あ、ありがとうございます……?」
そうやって可愛いを連呼されると、嬉しいやら恥ずかしいやら……照れてしまう。先輩だって優しくて可愛いのに。
「きっと、あなたの想いは成就するわよ。いえ、成就させてみせるわ〜! だから、今後斎宮君についてなにか相談があったら言ってちょうだい! 力になるわ!」
「進んで……いいんでしょうか」
迷うわたしに、秋音先輩は即答した。
「恋は前進あるのみよ! あなたの恋は、隣に行きたいってものでしょう?」
「はい」
「ずっと隣で歩けるように、応援するわ。だから、元気だして……ね?」
「はい……ありがとうございます」
嬉し涙で震えそうになる声を、なんとか言葉にして伝える。
そして先輩と別れを告げて電話を切ると、ぐっと彼女の言った言葉が胸を打った。
「前進……あるのみ……」
隣にいるために。
ちょっと、積極的になってみようかな?
きっとここからが、ターニングポイントなのだ。
「まずは……トラウマの克服、かしらね」
なにもできなかったわたしがお菓子を作れるようになったら、雪春は喜んでくれるかしら。




