え、まだ付き合ってなかったんですか!?
あれからなんとなく落ち着きのなくなった蒼葉と絵を描いていたものの、まったく集中できなくて途中で切り上げた。
蒼葉自身もどこかぼーっとしていて集中しきれないようだったので、僕から提案してコンビニに少し寄って食べ歩きながら帰る。本来食べ歩きは風紀委員的にも良くないはずだが、蒼葉は上の空のままカップのミルクティーを飲むだけ。
僕も、今なにか会話しようとしても、途中で言葉が出てこなくなる自信があったので無言のまま帰宅した。
これは、前代未聞の出来事である。
いつもはなんかしら喋りながら帰るから、無言だったことは一度もない。
しかし、無言でいても嫌な沈黙にはならず、好きな人となら隣にいるだけで幸せなんだなと実感したりとかなんとか。
……ともかく、家に帰ったからには部屋に戻ろう。
まだ日は高いから姉は寝ているだろう。
「おかえりー、今日は早かったね?」
と、思ったら起きてたか。
いつもは夜勤まで大体寝ているから油断してた。
「ただいま、姉さん。んー、ちょっとね」
「ふーん?」
姉……楓夏の疑問が浮かぶ顔を横目に自室へ引きこもる。
興味津々といった感じだったけど、さすがにさっきの出来事を丸々言うわけにもいかないし。
今は、一刻も早く姫宮にさっきのことを聞き出したいから部屋に戻りたい。
「雪春ー、夕飯なにがいい?」
「えーっと、カレイの煮付け……って、姉さん作ってくれるの?」
「まあまあ、悩むときは思う存分悩みなさいな少年よ。材料あったっけ?」
「今日作ろうと思ってたから冷蔵庫にあるよ」
「おっけおっけ、お姉ちゃんに任せなさい!」
不思議とテンションが高い。カレイの煮付けは僕の好物なんだけど……まあ、作ってくれるならそれでいい。久しぶりに姉さんの夕飯だ。ちょっと嬉しい。
「ありがと」
「どーいたしまして。ほらほら、部屋に戻ってなさい」
「ん」
ありがたいので礼を言ってから部屋に戻った。
それから、ベッドに身を投げ出して先程の出来事を考える。
あれからずうっと、姫宮が暴露したお嬢様だったという話と、僕らの関係を応援したいとかなんとかいう話が延々と頭の中でぐるぐるしていてどうしようもなかった。だから蒼葉と二人でいるのにも集中できなかったと言っていい。
まさか、僕が彼女に片想いしているのを知っている人がいるとはね。だからこそ、あれは不意打ちだった。咄嗟に口を塞いで嘘をつかなければ……多分蒼葉にもその意味はバレていただろうし、文字通り危機一髪だった。
原因は姫宮にあるが、同時に彼女の察しが良くて、聞き分けのいいやつで助かったと言ってもいい。
だからスマホをいじり、姫宮にメッセージを送る。
『今、時間ある? 今日言ってた、僕達の関係がどうのってことについてなんだけど』
CHAINの個人宛に。
そのまま、他にすることもないので寝転がったままじっと待つ。
少しうとうとしてきた頃、ポンと通知の音が鳴って目が覚めた。あれから五分くらいしか経っていない。こんなにすぐ寝てしまいそうになるなんて、少し疲れているのかもしれないな。
『こんにちは!!!』
『時間は大丈夫! やっぱり気になりますよね? というか私も気になりますって! だってだって、え? お二人ってまだ付き合ってなかったんですか!?』
素早い返事とそのあとに続けて届いた、捲し立てるような言葉の数々に思わず笑いがこぼれた。
『学校みたいにタメ口でも大丈夫だよ。楽な方で。え? 付き合ってないよ。ただの幼馴染だし』
『嘘つけー!!!』
いや、嘘じゃないし。
『いくら僕が嘘つきでもそんなことで変な嘘はつかない』
『斎宮くんが嘘つきなの初耳なんですけど!』
そういえばそうだったな、普段は大人しく過ごしているだけだし。
『普段は猫かぶってるだけ』
『えー、可愛い萌えるにゃー(=^x^=)』
『はいはい、にゃーにゃー。で、なんで君は僕らが付き合ってると思ったの?』
『あ、もしかして顔文字でイラッとした? ごめん、煽るつもりはなかったの。苦手そうなタイプですよね』
ええどうせ顔文字を使うのが苦手な陰キャラタイプですよ。
これ、多分天然でやってんだろうな……多少思うところはあるけど、スルーできない範囲じゃないからスルーしよう。じゃなきゃ心が狭すぎる。
『で、えっと、二人が付き合ってると思った理由よね? そりゃあ、あんなに距離が近ければ付き合ってると思うわよ。なのに二人ともはにかみあってるくらいで直接好きとかカケラも言わないし、ずーっとヤキモキしてたの!』
あー、なるほど。普通はそう見えるのか。自分達のことばかりに精一杯で周りの目のことは考えてなかったな……蒼葉のポンコツがバレないようには注意を払っているが、色恋に関しては本当に予想外だった。
『その、僕ってそんなに分かりやすい?』
『そりゃあもう! 斎宮くんってあんまり表情も心も動かないタイプよね? 見てれば分かるわよ。なのに雪染さんと一緒にいるときは、そうねえ、白黒写真が一気にカラー写真になるみたいに変わるの! 分からないわけないじゃない!』
白黒写真がカラー写真に変化するみたい……ね。確かに、蒼葉がいるだけで色彩豊かな世界になるような気さえする。情景を描くのだって、ただ景色を描くだけじゃ写実画となんにも変わらなくて、蒼葉を描いたときだけふわっと優しい色が乗せられる気がする。
この心境の変化が顔にも出てるのか。
『それに雪染さんだって!』
『蒼葉がなに?』
『はやっ!?』
『蒼葉がどうしたの?』
『こっわ。やっぱり秘密よ。でもこれだけは言っておくわ! 斎宮くん、脈はあるわよ! だからもう少し頑張ってみましょうよ! 私も応援するから、アタックしてみましょ?』
『本当に脈なんてあると思うの……?』
ぐいぐい来る姫宮さんに思わず弱音を漏らす。
ぐるぐる巡っている疑問に答えを出されるのは怖い。それは、僕が報われるか報われないかを決めるからだ。
もちろん報われなくてもいいとは思っている。一緒に隣を歩くことさえできれば、それでいいって。だけど、こうして応援してるって言ってくれていると希望を持ちたくなってしまう。
『うじうじしないでちょうだいよ! 私から見たらどっちも一歩踏み出せないだけよ! だからプロデュースさせて! このままで終わるなんてこの私が許さない! 絶対くっつけてやるんだから! 推しの幸せは私の幸せ! だからこれからも私に萌えを供給して! 観察させて!』
引いた。
『そ、そう……』
『あ、ごめんなさい。思わず興奮しちゃって……とにかく! くっつかない斎宮くんと雪染さんは解釈違いです! 早急にじれじれしながらくっついて!』
早急にじれじれって……完全に矛盾してるんだが。
『分かった。分かったから落ち着いて。とにかく、僕もまだ手探りなんだ。昔ながらの距離感が近すぎてさ、今更好きだなんだって言ってこの関係を壊すのがずっと怖かった。望みがあるなら……うん、頑張るよ』
『尊い』
『え』
『ありがとうございます』
なんでお礼を言われた。困惑に眉が下がる。
いや、言われている意味は分かるよ? 僕だってオタクだ。好きなアニメとか漫画で素敵な場面があると『尊い』とか、思わず天に祈りを捧げるように『ありがとうございます!』って言いたくなるときはある。
でもそれは二次元にだ。
まさか三次元に生きる僕達がその対象になるとは思ってなくて、困惑の気持ちがとても強い。
というか僕らがくっつかないと解釈違いって……もはや呆れてきたが、姫宮さんが終始明るいので沈んだ気持ちが少し上向きになった。それには感謝しておきたい。
『ありがとう、僕も少し元気が出た。ちゃんと頑張ってみる』
『応援してるわぁ! たまにお節介するかもしれないけれど、いいです?』
『たとえば?』
『デート先のセッティングとか!』
……どうやらこの子はとことんキューピッド志望らしい。
『まあ、話は聞く』
『よっし!』
『それじゃあ、今日はありがとう。また明日』
『言いたいこと言えてこっちも満足しましたわ! また明日!』
『本当に、ありがとう』
既読がついたことを確認してスマホから手を離す。
ベッドの上でごろりと寝返りを打ち、窓の外を眺めるとまだ明るい。
「ありがたいけど……僕ら、前に進めるのかな」
まだ、怖い。
今のままのほうがいいんじゃないかと囁く自分の声が聞こえるようだ。
でも、第三者の彼女があんな風に思って、言うなら、もしかしたら僕の想いは蒼葉に届くのかもしれない。
「蒼葉……好きだ」
そのたったの三文字が、本人の前では口から出てこないなんて。
嘘つきなこの口は、その分正直な言葉を口から出すのにものすごく苦労するらしい。
「蒼葉は……」
どう思ってるんだろう?
「同じだと、いい」
願望混じりの呟きが口から出てきて、そのまま静かな部屋の中に溶けていった。




