オタサーの姫だと思っていたらまさかのキューピッド志望でした
「格好良かったですわあ! まるでヒーローみたい! ああ、なんて素敵な二人なの! 推してて良かった!」
頬を押さえながらしきりに素敵ですわー! 素敵ですわー! と叫ぶ姫宮に困惑する。なにが起こったんだ? いったい姫宮になにがあったんだ? なにか変なものでも食べたんじゃないか?
「うっそでしょ」
まさか僕が他人の言動を嘘だと疑うことになるだなんて。
それこそ嘘みたいな出来事だ。
「あの、姫宮さん……?」
困惑したまま蒼葉が彼女に声をかける。恐る恐るだ。彼女も姫宮さんの変わりっぷりに驚いているらしい。
「あ、あらすみませんお二人とも……はしたないわ! えっと、えっとぉ……助けていただいてありがとうございます! おかげで長身が取り柄なだけの勘違いクソ野郎から身を守ることができましたわぁ!」
「どういたしまし……勘違いクソ野郎?」
蒼葉がまた固まった。
この女、言葉の毒がわりと強い。いつもの猫を被ったような口調がブレッブレで頭痛がする。疑問は尽きないんだけどそれはともかくとして感謝はされているらしい。
蒼葉の頭がバグってしまっているので僕のほうで話を進めるべきだろう。
「えっと、姫宮さん……その、悪いんだけどさ、口調がいつもと違うのはどうして?」
直球でいった。
もしかしたら僕にも毒舌が返ってくるんじゃないかと思って身構えていたが、彼女は口元に両手を当てて「まあ、私ったら!」と眉を下げる。
「ええとですね……私、実はその……結構いいところのお嬢さんってやつでして……でもでも、今どき『ですわ』なんて言っていたら変でしょう? だから、色々と勉強したんですのよ!」
「そ、そうなんだ」
多分、勉強方法が間違っていると思う。
「改めて、助けていただいてありがとうございました。困っていたんです。せっかくここまで来たのに」
その言葉に、そういえばなにか目的があってここに来たみたいなことをあの不良の前で呟いていたなと考える。
「あの、姫宮さんはどうしてここに?」
自意識過剰ではないが、なんとなく姫宮は僕を気に入っているように感じていた。初対面のときもそうだし、もし蒼葉の間に入ってこようとしたのなら、穏便に排除してやろうだなんて考えてもいたんだけれども……どうも様子が違う。
じゃないと『推し』なんて言葉は出てこないだろう。あの言い方じゃあまるで――。
「そりゃあもちろん! お二人を応援するためですわ! こんなに素敵な恋――」
「っと、姫宮さん! 前髪が乱れてるよ!」
慌てた彼女の口を塞いで前髪を整える。こいつ、よりによってなにを言おうとした?
「ゆ、雪春……?」
一歩前に出て彼女を構いだしたからか、斜め後ろからどこか寂しそうな、怪訝そうな、不安そうな声が聞こえてきた。ち、違う! 不安にさせたいわけじゃないんだ!
って、不安? 蒼葉が? 僕と姫宮さんが少し近づいただけで?
……都合の良い妄想に蓋をして首を振る。それから、大きめな声で、姫宮さんを牽制するように言った。
「え、本当に? 姫宮さん、僕が絵のコンテストを目指してるの知ってたんだね。それで、協力している蒼葉ごと応援にわざわざ来てくれたんだ! ありがとう、嬉しいよ」
後ろの蒼葉には見えないように、喜色の浮かんだ声を出しながらも真顔で姫宮さんに声をかける。余計なことを言わないでくれ、と。
「……ええ、そうですわぁ! そういうことですのよ! お二人ったらこっそり絵の練習をしているんですもの。なかなか会えなくて……居場所は風紀委員の先輩に教えてもらったの!」
僕と見つめあっていたのは数秒。
姫宮さんは僕と蒼葉の関係を察したように誤魔化しに応えてくれた。
危ない危ない……これ以上関係を進めるのは怖いっていうのに、いきなりそんな直球なことをそれたら困る。
「っは! え、先輩に? なに先輩かしら」
「秋音ユイ先輩よ!」
大きく元気な声で挙がった名前は、蒼葉をことあるごとに構っている女性の先輩の名前だった。お人好しで優しい性格をしていて、腐っていく風紀委員会に心を痛めていた先輩だ。心を痛めていても、気性が優しく博愛主義すぎて「いつか分かってくれる」と説得をするしかできなかったらしい。
だからある意味気性が激しく、悪いものは悪いと判断してすぐさま証拠を集め始めた蒼葉とは対照的といえば対照的な人だ。
確かにあの人は蒼葉のことも大事にしているし、蒼葉が相談することも多い。僕達の居場所を知っていてもおかしくはない。
「秋音先輩か……なるほど。姫宮さん、応援してくれるのはありがたいのだけれど、雪春ならともかく私まで応援してくれていいのかしら……?」
衝撃から回復した蒼葉が首を傾げる。
姫宮さんは僕の前から素早く移動すると、彼女の手を取って迫る。ちょっともやっとしたものを覚えて眉を寄せる。
女の子同士だと分かってはいるが、ちょっと近くない?
「いいのよ! だって、雪染さんも斎宮くんも頑張っているもの! だ、だからね? 今後、ちょっとだけ進捗を見に来たいなって思っているの。斎宮くんの絵……結構好きなのよ」
「……雪春はいいの?」
心なしか暗い顔で蒼葉が言う。
絵を褒められるのはまあ……嬉しいし、悪い気はしない。
それに、姫宮には聞きたいことができてしまった。
僕達の関係を、応援したい。推してる。彼女はそう言ったのだから。なにがどうなってそうなったのか、非常に気になる。
僕だって前に進みたくないとは思っているが、それは自分の心に嘘をついているからだ。
本当なら……蒼葉とは両想いになりたい。
報われなくてもいいから、一緒にいたい。そうは思っていても、目の前に都合よくキューピッド志望の、それも女子がいるとなるとこのチャンスになにか起こらないかなと期待も抱く。
「まあ、ときどき見に来るだけなら」
「やったあ! ありがとうございます!」
だから、姫宮と連絡先…… CHAINを交換し合うのも自然な行為だった。
「それじゃあ、私行きますね! お幸せに!」
少し話をして、それからなんとなく不機嫌になり始めた蒼葉のことを察してか、姫宮と別れた。
嵐のような女の子だな……しかし、これで少しは……進展、したらいいなあ。
心なしかいつもより更に距離が近くなった蒼葉と共に絵を描きながら、僕はまずなにを話すべきかと考えるのだった。
癖が強すぎる。




