人を守るための嘘というものもありまして
いつもと同じ曜日。
いつもと同じ道筋。
いつもと同じ二人で。
いつもと同じようにお弁当を僕が作って歩いていた。
少しだけいつもと違ったのは、いつもの公園に先客がいたということ。
それも、なんとなく不穏な会話のやりとりをして。
「あの……ごめんなさあい。私、急いでてぇ」
「そんなこと言わないでさ」
「そーそー、君、そんなこと言ってるわりにこそこそと公園の中歩き回ってるだけじゃん。暇なんでしょ? 俺らと一緒に遊ぼうよ」
「俺、青川原って言うんだ。ねえ、君は?」
「ほらほら、名前くらいいーじゃん」
「えっとぉ……ここにいるのはわけがあって……というか、来ちゃうじゃない……せっかく先輩から聞き出したのに……」
「んん? なにが?」
……転校生、姫宮さんの声が聞こえて角から出る前に、こっそりどうなっているのかを確認する。向こうからは見えない位置だ。
他校生に絡まれてる……みたいだね。しかも男子。
まあ、あの子可愛い系だし、ナンパにもあうんだろう。モテる子は大変だなあ
なんて感想しか浮かばないけれども――。
「……由々しき事態だわ」
隣の幼馴染は看過できないみたいだ。
そりゃあそうだ。だって蒼葉は、ものすごく規律に厳しいし、ああいう無理強いに近い行動を取っている人間が嫌いだ。そもそも、軽い人間はあまり好いていない。
姫宮さんは嫌そうにしているし、蒼葉は困っている人を助けるタイプの善人だ。放っておけるわけがない。相手が他校の生徒とはいえ、風紀委員として活動しようとするだろう。なら、僕はそれに協力するだけだ。
――それに、こういうのは僕のほうが得意だ。
「蒼葉、演技よろしく」
「ええ、分かったわ」
横目で蒼葉を見ると、心得たとばかりに頷く。
具体的なことはなにも言っていないけど、まあ蒼葉には通じる。
何年一緒にいるというんだ? もはや熟年夫婦の意思疎通だ。もしくは仲の良い双子の通じ合いに近いかな。ただし、これでも付き合ってはいない。その点だけが残念だけど、関係を進めないことよりこの距離感を壊すことのほうが怖いのだから仕方ない。
報われなくても、いいんだ。一緒にいられるのなら。
「なにをやっているの?」
「なにって、分からねーの? ナンパ」
「邪魔すんなって」
「斎宮くん!?」
「なに、知り合い?」
他校生は二人。話しながらゆっくりと近づき、姫宮を背後に庇う。それから背の高い二人組を見上げるようにして見つめた。既に首が痛い。背高すぎだろ、なんだよ妬ましいな。10㎝僕に分けろ。まあ、そのほうが舐めてくれるからいいんだけれども。
こうも体格差があるので、向こうは僕相手にだいぶ気が大きくなっているだろう。そしてついでに……あいつらは僕を知っていると思う。なぜなら……。
「ってお前、弓波風紀委員の腰巾着じゃん」
「あー、噂は知ってる。風紀委員長にくっついて回ってる金魚のフンだろ? 弱っちいから女子の下っ端になってるとかいうやつ」
この通り。
弓波町。北弓波高等学校、風紀委員長。それが雪染蒼葉という幼馴染の称号だ。蒼葉は学校外でも風紀を大きく乱すような事件があれば首を突っ込み、そして見事解決してみせるし、証拠を掴んで相手を追い詰める。
運動が得意なこともあって、ストリートバスケでいじめられていた男子を助け、一人で大学生を相手に勝ったこともあるらしい。聞いたときはなに危ないことしてくれてんだよと怒ったものだが、それももう懐かしい思い出だよな。
だから、蒼葉はこの町の中では有名なほうなのだ。その影響か、セットでくっついてくる僕のことも一緒に噂が回る。その分舐めてかかってくれるのはありがたいわけだが、さて……。
「その制服は月波高等学校のものだよね。襟に月と波のマーク。それにタイが緑だし二年生。隣の町からわざわざこんなところに来てまでナンパまなんてご苦労様です」
「は? なんで分かって……つーか気持ち悪っ! 制服フェチかよ!」
「それがどうしたー? ああ?」
凄んでくる不良二人に見つめ返す。
表情は動かさない。全くの無。蒼葉からすれば、嘲るような笑みに見えるとか、そういう顔はやめなさいとかなんとか言われるんだろうが、関係ないな。
口喧嘩こそが僕の得意な分野だ。
なお、時間稼ぎっぽいことをしている間、蒼葉には最初の角で待機してもらっている。最適な場面で飛び込んで来てくれるだろう。
「あー、確か月波は髪を染めるのも、当たり前だけど校則違反だったよな。それも特徴的な赤毛が一人に、金と青のインナーカラーに染めてるのが一人かあ。こんだけ特徴的なら覚えてるよ。確か……名前は青川原に水沢だったかな。さて――合ってるかい?」
他校生二人が目を見開く。ビンゴ。
実際には他校生のことなんか覚えていないよ? 興味ないし。ただ、観察しているときに青川原のほうは名乗っていたし、水沢のほうは真面目なのか知らないが、バッグの透明な収納スペースの中に生徒手帳が入っているのが見える。無用心だな?
とまあ、簡単なカマかけをしたわけだ。
思ったよりも動揺してくれて、正直楽しい。あとは仕上げに……。
「先生! こっち! こっちですよ! 今うちの生徒が危ない目に遭ってて……!」
角の向こうから蒼葉の声がして、他校生は『先生』の言葉に反応してすぐさま踵を返して逃げ去っていく。教師にビビるくらいならナンパなんかするなよ。教師が怖いから、わざわざ隣町まで来てナンパしていたんだろうけども。
そう心の中で吐き捨ててから後ろを振り返る。
一応、助けに入った都合上、姫宮の安全と精神に傷が残っていないかの確認が必要だったからだ。これで不良に絡まれるのがトラウマにでもなっていたら後味が悪い。
駆けつけてきた蒼葉と共に俯く彼女の様子を見る。もしかしてダメだったか……?
「あの、先生は……」
「ああ、あれは嘘だよ。つまり、ハッタリ。蒼葉は後ろめたいことをしている不良にとって、出会ったら確実に警察やら学校やらに連絡が行く悪魔みたいな奴だからね。ああすれば絶対に逃げると思っていた」
「怖かったわね、わたし達が駆けつけることができて良かったわ。乱暴なことはされてない? どこか痛いところはない? せっかく可愛いのに、傷がついてしまったらひどいわ!」
どうやら姫宮には怪我自体はないようだが……俯いて唇を噛み締める様子を見る限り精神的ショックを受けているみたいだ。そりゃそうだよな、いくら間延びした口調でオタサーの姫と化していても、怖いもんは怖いはずだ。
「……お二人とも」
やっと口を開いた姫宮の口の端が笑みの形に動く。
お礼でも言われるのか? いや、でもこの状況で笑うなんてだいぶ精神にキているんじゃなかろうか……そんな心配をしていたときだった。
すうっと息を吸う音がして、次の瞬間に姫宮が勢いよく顔を上げる
「素敵、ですわあー!」
キラキラの笑顔で、いつもの間延びした口調も崩れて、まるでお嬢様みたいな口調で。俺と蒼葉、片手ずつ手を取ってぶんぶんと振り回す。
「格好良かったですわあ! まるでヒーローみたい! ああ、なんて素敵な二人なの! 推してて良かった!」
ある意味突然豹変した彼女に、二人して顔を見合わせる。
蒼葉でさえも『なにが起こったのかさっぱりと分からない』といった顔をしていて、僕達はしばらく混乱の渦に叩き落とされるのだった。
☆☆☆☆☆
同じ話投稿してました! こちらが正規です!
いつも感想・ブクマ・評価などありがとうございます!
★★★★★




