嘘つきな僕と、ポンコツな風紀委員長様
◇
「雪春くん、まーたネットなの?」
静かな室内。昼休みの喧騒から少し離れたこの場所。
机の向かい側に座っている女子生徒が咎めるように言った。
黒髪をポニーテールにした、きりりとつり目のちょっと怖そうな雰囲気の女の子が、僕をじっと見つめている。
「ん? ああ、うん。そういう蒼葉こそ風紀委員の仕事だろ? お昼休みに見るのくらい見逃してよ」
「だって、わざわざ誰もいない風紀委員の教室に来てまで見てるんだもの。気になるじゃない? ナニかしてないかって」
「余計なお世話だよ。ナニってなんだよ」
「そりゃあ、ナニでしょうに。お下品なことしていたら許さないんだから! 風紀委員長としてね」
「下品なのは君の思考回路のほうじゃなくて?」
軽口を叩き合いながら、スマホ片手にお昼ご飯をつまむ。
こうして僕にお小言をしてきているのが、この幼馴染『雪染 蒼葉』である。
成績優秀、頭脳明晰、運動神経抜群、所作はお嬢様のそれで風紀にも厳しく、自分にも厳しく、大人にも評価されている彼女。
彼女は風紀委員会の教室でお昼を食べながら仕事をするのが日常なので、僕はそこにお邪魔して一緒にご飯を食べているというわけだ。
それもこれも彼女のことが好きだからで、ついでに僕が『オタク』でネット巡りをしているのを知っているのも、こうしてここにいる蒼葉だけ。
普段はオタクなのを隠して、画家を目指している地味ーな男子生徒ということで通している。対して扱いは変わらないだろうが、変にオタクとして目立っても騒がしいのに絡まれやすくなるだけなのでなにも言わない。
こうして昼休みにここへ来て、ピクチャー支部を巡回してイラストや漫画、小説なんかを見るくらいだ。
そして。
「あ、そうだ」
きたきた。
「ねえ、このあいだ雪春が言っていた『メンマは割り箸を三時間ふやかしたもの』ってやつ嘘じゃない! この嘘つき! またわたしを騙して! いっつもそうじゃない!」
つり目を更にキリッとさせて僕を指差す蒼葉。
羞恥心で顔を赤くしながら怒っているこの幼馴染に、さらりと僕は告げる。
「いつものことながらそういう方面には弱いよね。でも、面白かったでしょ?」
「わ、ワクワクはしたけれど……こんのっ、年中嘘つき男! ホラ吹き! スケベ野郎!」
「スケベなのはそっちに思考を持っていく蒼葉のほうでしょ」
「もう!」
――そう、彼女が本当はちょっと残念で、ポンコツであることを僕だけが知っている。
成績優秀、頭脳明晰。うん、もちろんそうだね。首席だし。
ただそれは勉強することくらいしか没頭できることがない、ただの頭でっかちだ。
運動神経抜群。
実際には頭脳よりこっちの優秀さが本当だ。細かいことは投げ捨てて脳筋思考でとりあえず突き進むのが蒼葉のデフォである。考えるよりも先に体が動いているタイプだ。画家目指して文系道まっしぐらな僕とは違う。
つまり。
僕は『オタク』という事実を、そして蒼葉は『実はポンコツ』という事実をお互いに知り、そして周りには秘密にしている。
二人だけの秘密。お互いの秘密をお互いだけが知っているという……僕は幼馴染よりももっと特別感のある関係だと思っている。それはきっと蒼葉も同じはず。嘘つきな僕に騙されやすい蒼葉という図で何年続いてきたのかも分からない間柄なのだ。離れようと思えば離れられたはずだし、きっと気持ちは同じはず……と、思いたい。
「あー、本当に、どうしてそう嘘ばっかり!」
「蒼葉が騙されやすくて心配だからだよ」
「どういうこと?」
「そんなに騙されやすいんじゃ、詐欺にでも引っかかりそうだからね。僕がこうして慣れさせてあげてるんだ」
「そうやって詭弁ばっかり言うんだから! でもありがとう!」
ちょろい。
「うう、腹立つわね……あ、ちゃんと購買でどら焼き買ってきた?」
「買ってきた。ほい」
なんというか、変わり身が早いな。そう思いつつ、教室に持ち込んだ鞄を漁る。
別にパシリにされているわけでもなく、蒼葉からどら焼き一個分の硬貨が引き換えに渡される。
そして嬉しそうに包装を手に取る彼女は、だいの餡子好きである。僕もそれに触発されてどら焼きをよく買うので、もう一個買っておいたやつの包装を破く。
一口かじったところで、蒼葉がじいっとこちらを見ていることに気がついた。
「どうした?」
「それ、中身はなにかしら?」
「これは栗入りのやつ」
沈黙。彼女が餡子のどら焼きを見つめ、そして僕のどら焼きを見つめる。
「シェアを要求します!」
「はいはい、今割りますよっと……」
視線を落としてどら焼きを割ろうとした手を、彼女の柔らかくて小さな手が包み込む。そしてあちら側に引き寄せられたかと思うと――ぱくり。
そんな音がつきそうなくらい、蒼葉が幸せそうにどら焼きを一口かじっていた。そして、ゆっくりと掴んでいた僕の腕を離し、幸せそうな顔でペロリと舌が動く。その動きを思わず視線で追っていた僕は、恥ずかしくなって顔を逸らした。
「割るって言ったじゃん……」
「ふふーん、雪春ったら可愛いわね?」
こういう小悪魔的なことを平気でしてくる。そういうやつだった、この幼馴染は。不意打ちもいいところだ。
「そうするなら僕にも寄越せ」
今度はこっちが引き寄せて、額も擦り合わさりそうなほどに近くに乗り出し、これみよがしに餡子のどら焼きをかじる。
彼女の歯形の隣に、僕のほんの少し大きな歯形が残って満足してから離す。
「はわっ」
妙な声とともに、彼女の頭のてっぺんで結われたポニーテールが揺れる。ウサギの耳のように大きな白いリボンが、心なしか緊張するようにぴょんと跳ねたように見えた。
「なにその声。逆襲されて照れるならやらなきゃいいのにさ」
「だってだってだって……」
顔を真っ赤にして瞳を潤ませる蒼葉に、内心『可愛い』と『尊い』で埋め尽くされながら、こちらも微笑む。挑発的なことをいつもしてくる彼女が悪いんだ。
「でも実は……こうされるのも別にいい……かも」
小さく小さく、そんな呟きを耳が拾う。
けれど知らないフリ。
両片想いなのは明らかだったけれど、この関係もまだまだ続けていきたいなあなんて思いを巡らせ、だんまりだ。
こんな可愛い幼馴染といて、幸せいっぱい。
でも欲を言えば、この想いが通じ合えばいいなあと思っている。
だって蒼葉はこんな風に距離が近いのに、互いに両片想いしていることにさえ、まったく気がついていないのだから。
けれど、それでもいい。
この関係がいつまでも、いつまでも続いてもいい。
そう、思っていた。
きっかけは……そう。
転校生がやってきた頃に、僕らのこの関係はようやく発展していくことになったのだ。
*イラストデザインは私、「時雨オオカミ自身」描いてくれた絵師さまは「くら桐」さんとなります。
タイトル「完璧無比」は思いっきり造語なのでツッコミ不要。
イラスト可愛い! 好き! 内容も気になる! などなど、少しでも気に入っていただけたかたはぜひとも『ブックマーク』と『評価』をどうかよろしくお願いいたします!
評価は下↓の☆☆☆☆☆から五段階評価ですることが可能です。すごく好き! 最高! となった場合は右端の☆を選択すると☆5つになります!
完結まで執筆済みであるため、安心してお楽しみくださいませ!