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【表紙付き】完璧無比で幼馴染な風紀委員長様が不器用でポンコツなことを、嘘つきの僕だけが知っている!【完結】  作者: 時雨オオカミ
転校生が僕らの強火過激派ファンになるまで

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桜並木よりも綺麗なもの

「ん、あれ? 雪春ぅ、土曜なのにお弁当作りー?」


 土曜日の早朝、夜勤明けで眠そうな姉『楓夏(ふうか)』が自室へ向かう際にキッチンを通りかかりながら疑問を投げかけてきた。


「ん、そう。公園に絵、描きに行くから」


 素っ気なくそう言うと、目にクマをつけてダルそうな顔をしながら背後にやってくる。


「ほほーう? 一人で絵を描くだけなら二つもお弁当はいらないよね? 蒼葉ちゃんの分? 我が弟ながらやるねー」

「あんた、こういうときだけおっさんみたいな絡みかたをするのやめてよ」

「なーにが『あんた』よ。お姉ちゃんとお呼び!」


 ニヤニヤと覗き込んでくるものだから手でしっしと払う。

 僕を引き取ってくれたのはありがたいが、三十路の看護師を『お姉ちゃん』と呼ぶのはちょっときつい。実姉と言っても歳が離れすぎている。


「姉さん、夜勤お疲れ。胃に優しいの作って置いとくから好きに食べて」

「ありがと、雪春は本当にいい子だねぇ。捻くれてるように見えて素直なんだからー」

「早く寝ろ」

「はいはい、お姉ちゃんは君がお嫁さん連れて紹介しに来るのを今か、今かと待ってるよ。あ、紹介するまでもなく知り合いか」

「姉さん!」

「おやすみー」


 僕だって早く紹介したいっつーの! 

 イラッとしつつも、一人で僕を養ってくれている姉に強くは出れない。絵の道に進むことにも応援をしてくれていて、そっちに集中しろと言いながらバイトしようとする僕を止め、小学生の頃は毎年クリスマスにサンタ役も併用して二つもプレゼントを贈ってくるような人だ。


 感謝、している。鬱陶しいけれど。


 でも、だからこそ僕はこうして、姉である楓夏のために家事を覚えた。家でやる内職以外のバイトを禁止されてしまったので、必然的に姉の負担を減らすために僕が家事をやる。


 毎日毎日目の下にクマをつけて、それを化粧でごまかして、栄養ドリンクをガバガバありえないくらいに飲んで出勤する姿はまさに医者の不養生。看護師だけど。


 せめて家では楽させてあげたい。絶対に口に出しては言わないけれど。


「連れてきてみせるっての」


 ひとりごとを、ぽつり。

 いつか、必ず蒼葉を幼馴染の友人としてではなく、正式にお付き合いをしている彼女として……姉に紹介したい。

 お隣さんの雪染(ゆきぞめ)家とは昔からの付き合いだけれど、それをこれからもずっとずっと続けていきたいから。

 互いの保護者も見守ってくれてはいるものの、『そうなる』んじゃないかと期待しているのが分かる。


「行ってきます」


 小声で呟き、玄関先にある日傘を手に扉を開けた。

 桜は未だ散ることなく並木道が続いていき、景色が良い。


 桜の並木道は毛虫が降ってくる可能性があるというのがたまにキズだけれど、やはり良いものだ。家の前からずっと続いているこの道は春夏秋冬、ずっと僕らを見守っている。同じく保護者のようなものかもしれない。


 昔、降ってきた毛虫が肩に落ちて泣きそうになった蒼葉を、勇気を振り絞って助けたことが思い起こされる。


 意外なことだが、蒼葉は不意に訪れる驚きや脅威には弱い。

 もちろん僕も毛虫は嫌いだ。でも、目の前で瞳を潤ませて「やっ、た、助けて雪春!」なんて言葉を聞いてしまえば動かないはずがない。


 素手で肩からパシンッと毛虫を払い除け、すぐさま家にUターン。

 二人とも泣きながら両者の保護者に抱きしめられた。


 この話には二人とも、毛虫の毛を吸ってしまっていたり、毛に触れて発疹が出てきてしまったというオチがあったりする。あれ以来、この並木道を歩くときは二人して日傘を持って歩く。女々しいとか言ってはいけない。


 ――幼馴染で好き合うなんてことになったら、素敵よね。


 蒼葉の母親に言われたことを思い出す。


 ときどき、この気持ちは保護者達の期待に応えようとするあまりの『嘘』なんじゃないかと思ってしまいそうになるときがあるんだ。


 嘘ばかりの僕。

 他人に嘘をつく僕。


 だから自分の心にさえ嘘をついてそう思い込んでいるだけなんじゃないかって。不安になるときがある。


 でも。


「おはようございます、雪春」

「……おはよ、蒼葉」

「今日はよろしく! と、言ってもわたしは君のモデルになるだけだから……なにかできるわけじゃないのだけれど。でも、応援は精一杯してるわよ!」


 自分が頑張るわけじゃないからと眉をへにゃりと下げて申し訳なさそうにしてから、キリッとした表情にすぐ切り替えて握り拳を作る彼女に笑う。


「あはは、モデルしてくれるのも大事だよ」

「そう? それならいいのだけれど!」


 でも――こうして対面すると、この恋が嘘ではないと確信できた。


 だから僕は、彼女とずっと一緒にいたい。ずっと、この想いが嘘ではないことを証明し続けてほしい。隣で、笑い合いながら。


 嘘だらけの僕に、まっすぐと差し込むような陽光。彼女といるときだけは、なんだか自分の心に素直になれるような気がする。相変わらず、口だけは嘘ばかりついて出るが、心の中はまっさらで穏やかだ。


「まぶしいや」

「え? そんなに? 日傘差しましょうか……あっ! わたしったらうっかりしていたわ。玄関に忘れてきちゃってるみたい。とってくるわね!」


 隣の敷地へ向かおうとする彼女の手を、咄嗟に掴む。


「……雪春?」


 疑問気な蒼葉に、口をぱくぱくとしながらなかなかつっかえて出てこない。

 けれど、根気よく首を傾げなら彼女は待ってくれた。


「も、戻らなくていいよ。僕の日傘があるだろ?」

「……うん」


 きょとんとしたあとに、ふわりと笑う。

 舞う桜の花弁も相まって、まるでこの世のものじゃないくらいに綺麗で、放っておいたら手をすり抜けてどこかに行ってしまいそうなほど儚気な姿。


「相合い傘ね!」

「そ、そうなるけど……」

「んー、でも雪春のほうが荷物も多いし、背も低いからわたしが持つわね?」

「男のプライドが……」

「そんなの関係ないじゃないの。わたしがやりたいからやるんだから! 頑張ってる雪春への応援を込めて、よ」


 儚気だけれど、芯はきっと誰よりも強い。しかし、女の子らしい一面もあって、弱いところもしっかりある雪染蒼葉。


 そしてその一面を見せるのは、今のところ家族以外には僕だけ。


「ありがとう」

「どういたしまして! 頑張る雪春にはなんでもしてあげたくなっちゃうわね!」

「……あんまり『なんでも』とか、言うものじゃないよ」

「え、どうしてかしら?」


 純真な瞳が僕をまっすぐと見つめていて、あまりにもまぶしくて顔を逸らした。まるで僕が汚れているみたいじゃないか。いつもエロネタを言ってくるわりに、肝心なところで純粋なんだからこいつは……まったく、危なっかしい。


 油断しているとすぐ誘い受けみたいなことを言い出す……。


「僕がエロいことしてやろうってなったらどうするんだよ」

「風紀を乱すのはい、いけません! なんでもって言っても、常識の範囲内に決まっているでしょう!?」


 真っ赤になって距離を取られる。


「本当にそんなことしようと思ってたら、まず忠告なんてしないよ」

「そ、そ、それもそうね……雪春だもんね」

「僕だもんねって失礼な」

「だって、雪春……人の本当に嫌がることなんてしないもの」

「っ……そうかもしれないけど」


 口元が緩む。

 ああ、やっぱり蒼葉は僕の最大の理解者で――愛する人だ。


 日傘を二人で差して肩と肩が触れ合うほどに距離は近く、手と手が触れ合う。

 どちらともなく指を触れると、嫌がりもせず向こうから手を握ってにっこりとした笑みをこちらに向けてきた。


「桜、まだまだ盛りで綺麗ね」


 君のほうが綺麗だよ、なんてベターな言葉すら口から出てこない。

 荷物を持って塞がった手では顔を覆うこともできなくて、ただ精一杯顔を俯かせて顔の火照(ほて)りがバレないようにするしかなかった。


 そんな土曜日の朝の出来事。

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