風紀委員長様と僕で見回りを
調理実習のカレー作りはなんとか時間内に終わり、五、六時間目も特に何事もなく無事に過ぎていった。
いつもなにかあっては困るのだから、それでいいのだけれども。
「それで、蒼葉さん。どうするの? 見回りはある?」
放課後となり、教室から部活動に向かう生徒達が移動する。この時間になると僕は第二美術準備室で絵を描き、蒼葉は風紀委員の見回り……というのが定番だったが、つい昨日、天使の絵を描いているのがバレたばかりだ。
人物画は描かないとか言っていたくせに描いていた天使の絵。それも本人はギリギリ気づかなかったが、蒼葉自身をモデルにしたそれを本人にバレたという……最大のミス。
ミス……ではあるけれど、なんだそれならと「モデルになってあげましょうか?」と言われたのは幸いなわけで。
じゃあそれならと蒼葉に協力してもらい、二人で絵画のコンクール金賞を目指して頑張ろうと話し合ったあとだ。
風紀委員の仕事も三年生の先輩方に甘えてみるよう言って、今日さっそく実行してきたようなので負担が軽くなったようである。
「やっぱり頼みを聞いてくれただろ」
「そうね、二年生で委員長をやっているから頑張ろうと思っていたんだけど、かえって心配させちゃっていたみたい」
「そりゃあね。だって蒼葉は前の横暴な風紀委員会をぶっ潰した新委員長様だからな。感謝されてるだろうし、可愛がられもするって」
「恨まれもしてるけれどね」
沈黙。
自覚しているのは分かっているが、授業中のルール違反に関しては結構厳しいやつなので、恨みはもちろん買っている。特に前の風紀委員会を知らない下級生とか。
「……そういう視線からは避けられないだろうけど、僕が風除けになるから大丈夫」
「うん、分かっているわ。昨日も気を遣ってくれたでしょう?」
「……バレてたか」
「分からないわけないでしょ」
ふっと微笑む蒼葉から目を逸らす。
さりげなくしているつもりだったが、長年一緒にいるだけあって僕の行動はお見通しのようだった。
「校舎の中は先輩方がやってくれるから、わたし達は外ね。どうするの? 絵のモデルのほうは」
「バレちゃったわけだし、もう準備室でわざわざこっそり描く必要はないね。持って帰るから、ちょっと寄っていくよ」
「うん、それならわたしも行く。イーゼルごと?」
これから見回りしようっていうのに、さすがにそんな荷物になるようなものは持っていかない。
「家にあるよ。姉が変なポスターとかの置き場にしてなければ……」
「わたし、なんなら持つわよ?」
視線が合う。
と言っても、僕のほうが身長が少しばかり低く、僕が見上げる形でだが。普通逆では? 上げ底のローファーでも探そうかな……。
そして、蒼葉のほうが重いものを持てる。
なんなら非力で陰キャな僕とは違って、本来は明朗快活スポーツ系女子だ。インテリを装ってはいるけども、その実脳筋。体力も僕より当然あるし、彼女ならイーゼルを持ちながら見回りなんてこともできるだろうが……。
「いや、いいよ」
男のプライドだとか、そういうのを抜きにしてだ。
好きな女の子に重いもの持たせたまま歩かせるやつがあるか? 少なくとも、ここにはいない。
そういうことだ。
「なら、いいのだけれど。遠慮してたりしない?」
「しないしない。僕が嘘をつくとでも? この輝くような目を見てごらんよ。どう?」
「嘘つきの目をしているわね」
「見てすらいないじゃん」
「いつも嘘ばっかり言う人の目なんて嘘つきの目をしているだけよ。それか、ずっとジト目とか」
「間違ってはいない」
眠たそうな目をしているとはよく言われる。
歩きながら第二美術準備室に辿り着き、埃除けの布ごと絵を大きな手提げ袋に入れて引き返す。
「その袋は?」
「いつもの通り」
「手作りなのね! はあ、手先が器用でいいわね」
「毎年マフラー作ってやってるだろ?」
「今年は何色がいいかしらね……リクエストは受け付けてる?」
「君からのリクなら随時受付中」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。ちゃんと考えとくわね」
「はいはい、ご随意に」
毎日必ず一回は思うことだが、立場が逆では?
嬉しそうにポニーテールを結ぶリボンを跳ねさせている彼女を見ると、それでもいっかと思えてしまうのが悔しい。惚れた弱みか。
ウサギの耳のように跳ねるリボンを目で追いつつ、校舎内から出て歩きながら話す。
見回りと言っても、よほどのことがない限りただ散歩するだけとそう変わりやしない。
「園芸部の花壇はもう、たくさん咲いているわね」
「春だしな」
「スポーツするみんなも日が長くなってきてやる気が出ているみたいだし……風も冷たくなくなってきているし、過ごしやすくなったわ。その代わり、授業中の居眠りが増えてしまうのが悩みの種かしら」
「君はまあ、そうだろうね」
授業ひとコマ分ずっと寝ていると、風紀委員から点数をつけられて補習が一歩近づくはめになる。数分の居眠りやらうつらうつらするくらいなら見逃されるので、本気で寝こけない限りは問題ない範囲だ。
そうして歩いていると、どこからか『ぴい、ぴい』という小さな声が聞こえてくることに気がつく。
音のほうに向けて視線を向けると、木の上にわずかながら鳥の巣のようなものが見えている。きっと、あそこに雛がいるのだろう。
「懐かしいわね」
「なにが?」
「小学生のとき、初めて会ったときのことよ」
「ああ……」
僕と蒼葉は幼馴染である。
それは周知の事実だが、それがいつから……というのはクラスのみんなは知らない。
僕達は足を止めて、木の上の小鳥の鳴き声を聞きながら笑い合うのだった。




