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【表紙付き】完璧無比で幼馴染な風紀委員長様が不器用でポンコツなことを、嘘つきの僕だけが知っている!【完結】  作者: 時雨オオカミ
転校生が僕らの強火過激派ファンになるまで

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料理が苦手な委員長様は調理実習だとすごく可愛い

 トン、トン、トンと軽やかに続く音に、わいわいと盛り上がるクラスメイト達の声。どこをどうするだとか、材料を忘れてどうしようだとか、そういうありふれた調理実習の中、注目を集めている人物がいた。


「…………」


 数日前から女子や男子で二人組になってーという、ある種の学生間におけるトラウマのような行事を乗り越え、当然のように組んだ隣の幼馴染……もとい、蒼葉が見事に硬直していた。カチンコチンだ。食材を睨み、調理器具をたどたどしく手に持ちながら動けずにいる。


 どうすればいいのか分からない……のではなく、爆発してしまうのではないかと不安になって動けない――が正しい。


 それもこれも僕が昔ついた嘘が原因になっているので、別に分担せずに自分一人で彼女の分まで実習をしてもいいのだが、そうもいかない。


 なんせ、彼女は天下の風紀委員長、『雪染(ゆきぞめ)蒼葉(あおば)』様である。クソ真面目な彼女は勉強から逃げることをよしとしないのだ。


「……蒼葉」

「はい!」

「はい?」

「あ、なんでもないわ。なあに、雪春くん」


 緊張のあまりに思わず敬語で元気の良い返事をしてしまった彼女は、恥ずかしそうに顔を逸らして声を出す。


「カレー作るなら、そうだな……ニンジン切ってもらっていいかな? 一口大……このくらい。気をつけて、ね」

「え、ええ。任せてちょうだい!」


 大丈夫かな? これ。

 今日の調理実習はカレーだ。そして材料はそれぞれの組みで持ち寄りして、それぞれで作ってお昼ご飯にする……と。だから今日は二人分のお弁当を用意していない。


「え、えい」

「ちょっと」


 小さい声で言いながら、包丁を扱おうとする蒼葉の手を掴む。

 切ろうとする手が、思い切り開いてニンジンを鷲掴んでいた。だめだこりゃ。


 まったく、指を切断するつもりか? 

 ニンジンの代わりに小指でも入れるつもりなのか? 


「指、切れるよそれ。こう、猫の手にしてだね」

「し、仕方ないでしょ。不器用で、その……こういうのだけは苦手なんだから……猫の手? こ、こうかしら? にゃーん」


 蒼葉が顔の横で両拳を握って『にゃーん』とポーズを取る。

 ……萌え殺す気か? 真顔でそんなことを考えた。


「あ、なにするのよ!」

「大きい声出さないでくれよお願いだから」


 高速で彼女の両手を握って下ろす。こんなところ、完璧無比な風紀委員長様だと思っているみんなに見られたらどうするんだ! せっかく僕だけが知っ、みんなに隠しているというのに! 


 四苦八苦しながら、ポーズを取るのはやめてもらい、周りを見る。さっと目を逸らされた。バレてないか……? まあいいや、とにかくこれ以上彼女の名誉を傷つけるのはまずい。


「料理が不得意だなんて、天下の風紀委員長様にも苦手なものがあったんだな」

「え、ええ……一年生のときはお裁縫の実習ばかりだったし、油断していたわね」


 ここは傷が浅いうちに認めてもらい、僕が手取り足取り料理を教えればいいと判断した。よく考えたら、僕だって彼女の作ったご飯を食べたいんだ! 


 僕の作ったお弁当で笑顔になってくれるのも、それはもう最高に好きだけども! それはそれとして、一端の男子としては好きな子の手料理を食べたいものなのだ。


 でもそんなことを素直に言えるわけでもなくて……。


「切るのがうまくいかないなら、玉ねぎの皮を剥いておいてくれないか?」

「分かったわ、それくらいなら任せなさい!」


 ドヤ顔をしながら玉ねぎを掴む蒼葉に、そこはかとなく嫌な予感を覚えつつも僕は野菜を切る作業に取りかかる。いつもやっていることなので手早く、簡単に。あ、でもせっかくの調理実習なのだし少しくらいはこだわるか……と包丁を手にニンジンで桜の花を作っていたとき。延々と聞こえていた音が止んで隣からヘルプの声がかかる。


「雪春〜」

「どうした? うわっ」


 この際、みんなの前で呼び捨てになっていることはいい。


 普段呼び分けしているのは建前上だ。僕は別に親しいことがバレても問題ないわけだし。ほんの少しの優越感を味わうことができる。性格が悪い? 嘘つき野郎になにを今更。


「どこまで剥けばいいのよぉ……」


 やるかな? とは思っていたが、まさか本当にやるとは。

 さすが蒼葉、期待を裏切らない。


「真面目な風紀委員長サマのことだから、マニュアル頼りになると思ってたよ」

「調理本に書いてあることと、実際にやることって開きがあるじゃない。だって、それが分からないもの……」

「なるほど、確かに基礎知識がないとわからない……か」

「ね、ねえ雪春くん。これどうすればいい? 食材……無駄にしちゃってごめんなさい」


 落ち込む彼女の頭上に揺れる白い大きなリボンが、耳のしおれたウサギのようにぺたんとなってしまっている。それだけ申し訳なさそうにされてしまっては、怒るに怒れない……いや、最初から怒る気はないけど。


「リカバリーは効くから大丈夫。気にするなよ。実習は時間もあるんだし、僕が教えるからじっくりやりかたを覚えようか。ごめん、本当はもう少し早く教えられれば良かったよな? お隣なんだし……君が料理に苦手意識を持ったのは僕のせいだし」

「そうよ、雪春くんのせい……でも、毎日お弁当作ってくれてるから許す」

「……そっか、ありがと蒼葉さん」


 微笑んで、彼女の手を取る。

 強張った手に包丁を握らせて隣の位置につき、彼女の手元を見ながら、自身の手を添えたり後ろから手を回してやりかたを教えたりとし始める。


 しばらくの間なぜか静かになっていた教室内がざわつき始め、なんとかごまかせたかな? と周囲を確認する。


「ねえ、あの二人ってどんな関係なの?」

「確か幼馴染だって一年のときに聞いた」

「えー、付き合ってるのかな?」

「いや、あれで付き合ってないんだって。変だよねー」

「うそー? もうあれ夫婦じゃんっ」

「ま、まさかぁ……三次元に萌える日が来るなんてぇ……」

「早くくっつけばいいのにー」


 ごまかしきれてないな!? 

 だが、まあ気分はいい。

 真剣に調理実習をしている蒼葉は周囲の言葉が耳に入ってきていないようだし、このままでいいや。嬉しいし。


 そうだそうだ、早くくっつかせてくれ……そのためには、地道に気がついてもらうしかないけれど。だって、自分が告白するのは恥ずかしいし、そこはなかなか素直になれない。それに……昨日の愛してるチャレンジみたいに、告白しようとしてもできないんだきっと。蒼葉に見つめられると引っかかってしまって、喉から告白の言葉が出てこなくなる。


「これはこう」

「こ、こうかしら?」

「そうそう」


 玉ねぎとか、四分の一あればよかったのに丸々持ってきた僕が悪かったね。

 残りはタッパーに入れて持ち帰り、家でもカレーかな。味付けを変えたりすれば何日か食べてもいいだろう。姉もいることだし。


 つたない出来ではあるが、一対一で教えて完成した具材は心なしかすでに美味しそうに見える。親バカならぬ、幼馴染バカってやつかもしれない。


 ちなみに肉に関しては少々怖かったので自分でやった。

 解凍する必要もあったことだし。


 あと炒める作業もそうだ。


「炒めるのは僕がやるから、蒼葉は先にまな板と包丁洗って……間違っても刃先を指でざっくりやるなよ?」

「さ、さすがにそんなことしないわよ! ……多分」


 手を動かしながらも隣を見ると、ちょっと不安そうな顔をしている。


「スポンジ使って、ゆっくりやれば大丈夫だよ。おどかしすぎちゃったか?」

「え、ええ。やるわ。ちゃんとやってみせますとも!」


 様子を見ながら食材を炒め終わる。

 食材を切るのに時間がかかっていたので、他のみんなはもう煮込んでいる段階だ。この調理実習は四時間目なので、最悪お昼休みまで食い込んでも大丈夫だが……早くしないと食べる時間が短くなりかねない。


 炒めた具材を煮込み始め、混ぜるのを任せてみたりしながら時間が経っていき……カレールーを入れる。


「あ、甘口」

「君、辛いのだめじゃん」

「む、少しは大丈夫になったかもしれないじゃない?」

「毎日蒼葉さんのお昼作ってる僕が、味覚の変化があったかどうか、分からないとでも?」

「……そうね。でも、そのドヤ顔はやめなさい」

「はーい……あ、そこの板チョコとって」

「え、これおやつじゃなかったの?」

「隠し味ってやつだよ」


 ミルクチョコレートをふた欠片だけ完成間際のカレーに入れた。

 しっかりと混ぜ込んで、小皿に少しだけルーを盛り、味見をする。僕には甘すぎるが、多分蒼葉はこのほうが好みだ。


「ん、味見。これでいい? 甘すぎない?」

「いただくわね……うん、ちょうど私好みの甘さね。さすがよ、雪春くん」


 間接キス……なんだけど、まったく気にされてないな。悲しいなあ。


「甘すぎるわぁ!」


 と、そこで叫び声が上がってびくりと肩が震える。彼女もびっくりしていたようだ。二人で声の上がったほうを見ると、転校生がパートナーの生徒にカレーの製作を預けて、なにかを高速でノートに書き綴っていた。なんだあれ? 


 そんなこんなで、僕らの調理実習は無事に過ぎていくのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] あぁ、この二人のやり取り、ずっと見ていたいわぁ…
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