コーヒーに砂糖を
保健室で手当てをしてもらってから……結局僕を心配してくれた蒼葉と別れて教室に戻ることになった。更衣室で二人とも着替える必要があったからだ。
着替えを持ってきて付き添おうかなんて言い出した彼女に「自分で風紀を乱そうとするな!」と思わず言ってしまい、その意味に気がついた彼女にお互いが真っ赤になる。
「ごめんなさい」
「いや、僕もごめん」
沈黙。
微笑む保健医にいたたまれなくなった僕は顔を背けて「あっ」と声を出す。
「あ、ごめんなさぁい……お邪魔しました?」
保健室の扉をわずかに開けて、そこに転校生がいたのだ。
ますますいたたまれなくなってお互いに謝りあう。
「あのぉ、お二人はどんな関係なんですかぁ?」
「えっと」
「この二人はねぇ、幼馴染なのよ〜」
「へえ!」
「ちょっと先生!」
言いよどんだ僕を遮り、保健医が勝手に喋ってしまう。
幼馴染であること自体は隠していないが、こうして他人に話されるのもなんとなく落ちつかない。
なぜか転校生が目を輝かせているのも気になる。どうしたんだあの子。容姿のことで蒼葉をライバル視していたんじゃなかったのか?
「素敵〜。うん、三次元もいいかも……」
「姫宮さん?」
「あ、えっとぉ……私、みんなに雪春くんは大丈夫そうって伝えてきますねぇ!」
相変わらず間延びした喋りかたで姫宮が言う。伝えてくれるならそれはそれでいいんだが、三次元もいいって……つまり僕達の関係が羨ましいということなのか? いや自意識過剰か。もしくは幼馴染に憧れがあるとか?
「あ、姫宮さん。ありがとうございます」
「いえいえ〜」
パタパタと足音をたてて去る彼女に蒼葉が手を振る。
転校生の謎がまた増えた。
「姫宮さんって可愛いわよね」
「まあ、ふわふわドレスとか似合いそうな子ではあるな」
甘ロリ系のやつ。お姫様然としたものや、ゆるふわ系はなんでも似合いそうだ。ただ、絵の題材にはしにくい。そもそも人物画は描かないわけだが。
「ドレス……」
目を伏せて考えている様子の彼女に、ああもしかしてと思って言葉を続ける。
「蒼葉はスレンダーだし、マーメイドドレスとか着物が似合うタイプだよ。可愛いというより、美人寄りかな?」
僕があの子のことを可愛いとか言ったから、少しは意識してくれたのかと思った末の言葉だったのだが……。
「雪春くんがデレた!」
「誰がツンデレだよ」
反射的に返すと、蒼葉はにやりと笑った。
「わたしなにも言ってないわよ?」
「しまった!」
「ふふ、そういうノリ好き」
ころころと笑う彼女に、僕が返す言葉はいつも通り。
「まあ、悪くはないよな」
「素直じゃないんだから、もう。この天邪鬼」
「天邪鬼は嘘をつくものだからな」
「天邪鬼イコール嘘ではないわよ? 勉強不足ね」
「知ってたか……」
天邪鬼は反対のことを言う妖怪だ。嘘つきの代名詞みたいに扱われているのだから、別に間違いでもないと思うのだが。
「はー、甘い甘い。あなた達見てるとコーヒー飲みたくなるわね」
そして、僕らのやりとりを見ていた保健医がとうとう痺れを切らして口を出してきた。ごめんなさい。内心で謝ってそちらに視線を向ける。
「先生、コーヒードリップ機ここに置いてますよね。好きなんですか?」
蒼葉は彼女の言葉の意味をそのままに受け取ったらしい。この鈍感め。
「あたしが好きなのはブラックコーヒーであって、砂糖とミルクドバドバのものじゃないのよ。ほら、次の授業に間に合わなくなるわよ。早く行きなさい」
「……? はい、分かりました。行こっか」
呆れた顔の先生に、蒼葉はそれもそうだと結論づけてこちらに手を差し出す。
それはごく自然に行われた行為で……。
「うん。ごめん、先生」
「はいはい、斎宮くんは頑張りなさいね」
「はい」
そんな声援を背に受けながら、僕は蒼葉と手を繋いで保健室から出ていくのであった。そのあとは着替えにそれぞれの更衣室に戻るわけだが、そのわずかなひとときだけでも幸せな気持ちになる。
ああ、やっぱり僕。好きなんだなあ。
昨日間違えてこちらを先に投稿してしまいました。申し訳ありません。お手数ですが、前話をご確認ください。保健室に来るきっかけとなった話となっています。
話の入れ替えってできないんですね……。
ここから一日一回、お昼更新となります。