風紀委員長様があまりにも格好良すぎてつらい
ピイッと、笛が鳴る音がする。
クラスメイトの男子達が『たったったっ』と校庭を走り回りながらサッカーボールひとつを追いかけて争っていて、僕はその光景を木陰で休みながらぼうっと眺めていた。
春めいているとはいえ、まだまだ寒い。ジャージの袖を伸ばして手を覆いながらこすり合わせる。
クラスメイト達から選抜して別のクラスとの合同サッカーの試合である。当然のことながら、ドのつく文系の僕は戦力外だ。故に試合自体は眺めたり、応援することしかできない。僕としてはそんなことをしている時間があれば絵を描きたいのだが……先生がそれを許してくれるはずもなく、この場に蒼葉がいたとしても許してくれるわけがない。風紀委員だし、そういう授業中のルールには厳しいのだ。
「おーい! 斎宮、そっちにボール行ったからとってくれー!」
「はいはーい」
誰かがしくったのか、明後日の方向に向けてかっ飛んでいくボールを小走りで追いかける。
体育館のほうまで転がっていったボールは、入り口のところでようやく階段に跳ね返ってこちら側にやって来て止まる。
ふと体育館のほうへ目を向ければ、中では女子達がバドミントンの試合を二面のコートを作って行っているようだった。しかし、今はどうやら一面のみで盛り上がっているようである。
入り口側の手前、そこで長い黒髪のポニーテールを揺らしながら蒼葉がラケット片手に無双しているのが見えた。
一人で他のクラスの女子相手に次々と挑まれながらも点数を決めて華麗に勝ちまくっている。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経良好。そのうちでも突出している、運動の分野なので余計に彼女の独壇場と化している。
思わず見惚れていると、入り口付近から覗く僕に気がついたらしく、小さく手を振る。あ、そんなことしたら。
「油断大敵ですよ!」
「残念でした、わたしに油断大敵なんてないわよ!」
対戦相手の勝気そうな女子がここぞとばかりに打ち込んでいくが、蒼葉は軽々と打ち返して……あ。
「ネットに! ほら、油断大敵……」
「こっちの台詞よ」
「うそー!」
ネットにぶつかった……と思ったが、すれすれを通って相手のコートに落ちる。あれは絶対にわざとだ。勝気そうな別のクラスの女子はがっくりと肩を落として悔しそうにしている。別の子に交代だ。
「ちょっと、雪春くん! 授業中よ! 早く戻りなさい、怒るわよ!」
「おっ、と」
そうだった。
ボールを手にして校庭に引き返す。数分もない出来事だったが、蒼葉が運動する姿は容易に思い出せる。
体育館の中、動きやすいラフな真っ白の体育着に、ゆったりとした短パンで長い手足が伸び伸びと動くさま。うっすらとにじむ汗に、楽しそうに浮かべられた笑み。躍動感のある動きに、ポニーテールが揺れるたびにちらりと覗く白いうなじ。
……惚れた弱みか。
格好いい彼女を思い出すと鼓動が早くなるような気がする。
普通、逆の立場じゃないですかね? そんな風に自分自身に呆れながら……しかし、そんなハイスペックな彼女の可愛らしい秘密を自分だけが知っているという事実に僅かな優越感。
クールで格好いい彼女が、僕の嘘にいちいち動揺して浮かべるあどけない顔。
そんな表情は、僕にだけ見せてくれればいいんだ。
そんな独占欲を抱えつつも、胸に秘める。
「おせーよ斎宮!」
「ごめん! ちょっと遠くまで行っちゃって」
「だってよー、そんな遠くまでボールが行くとか、蹴り下手くそかよお前」
「斎宮ー! ごめんよ!」
「いいっていいって、手間取ったのは事実だし」
「お前も文句ばっか言うなよ」
「へいへい」
わいわいとやりとりするクラスメイト達にボールを渡し、木陰に戻る。
やはり考えるのは、先程の蒼葉の姿。
……躍動感のある絵というのも、いいな。
いつもは風景画ばかりなのだが、やはり絵のコンテストなどで評価されやすいのは人物画なのだ。それも裸婦画とか、そういう芸術性の高いもの。それとありきたりだが、花瓶を描いたものとかだな。
蒼葉をモデルにした天使の絵を描いてはいるが、コンテストに間に合わせるためにも今のペースでは足りない。そもそも、あれでは満足いく出来にはならない。
夢は個展を開くことなのだが、この分だと叶うのは遠そうだ……。
「斎宮ー! よけろー!」
「は?」
衝撃。
後ろ向きに倒れる体、一瞬なにが起こったのか分からなかった。
倒れた僕の隣に転がるサッカーボールを見て、ようやく状況を把握する。誰だよ、チームにノーコントロールなやつを入れたの。
「雪春くん!?」
ああ、夢か、走馬灯か?
鼻が熱い。肌に流れるどろっとした感触と痛みに、確実に鼻血が出ている状態。うっすらと開いた瞳に映ったのは、僕を心配そうに覗き込む蒼葉の姿だった。
だって、まだ授業中のはずじゃ。
「先生、わたし雪春くんを保健室に連れて行きますね」
「ああ、すまないな。よろしく頼む」
頭上で行われた簡単なやりとりに、目の前のこれが現実であることを知る。
「蒼葉……?」
「立てる? えっと……はい、これ。押さえて」
蒼葉に押しつけられたハンカチを押し返そうとして、無理矢理鼻に当てられる。他人の血で汚れたハンカチなんて捨てるしかなくなってしまうというのに……こいつは、まったく。
「もう、雪春ったらどんくさいんだから。ショックで腰抜けちゃったのかしら……? ちょっと失礼するわね」
「まてまてまて」
身長は彼女のほうが高く、そして運動神経も当然彼女のほうがある。
だが、だからといって。
「この抱えかたは勘弁してくれよ!」
「え、でも、わたしもこれのほうが楽なのよ。我慢してちょーだいね」
「嘘だろ」
お姫様抱っこは……! 僕が! する側だろ普通!
どうしてこうも立場が逆になるんだ……!
ざわつく男子達を気に止めることもなく、黄色い声をあげる女子達の間を縫って僕を抱えた蒼葉が校舎に向かって移動する。
「授業中なんじゃ」
「女子のバドミントンは終わったわよ? 先生が男子のサッカー観戦に行きたい人は行っていいって言ってくださったの」
「……へえ。それで見にきたの? 誰目当て?」
ハンカチで鼻血を抑えつつも、半目になって尋ねる。
その理由で校庭に来たということは、スポーツ系男子のイケメンでも見に来たか……なんて悪い想像を膨らませて黒い嫉妬を持て余す。
なんだよ、こういうもやもやって、普通の少女漫画あたりなら立場が逆だろ……? どうして僕がこんな想いをしなきゃならないんだ。
ふてくされていると、蒼葉はきょとんとした顔で言った。
「なに言っているのよ、君を見にきたの」
「……そっか」
「なに笑ってるの。サッカーにも参加してなかったじゃない。少しは運動しないと、それこそ長い時間絵を描く体力もつかないわよ」
「なんだ、僕の格好いい姿を見たいとかじゃないの?」
「それもあるけどね」
「……」
天然って、恐ろしい。
からかうように言っている僕のほうがダメージを受けている。鼻血とはまた別に顔が熱くなって、両の手のひらで顔面を覆った。こんな姿を見られては、男として形なしだよ。
お姫様抱っこされてる時点で形なしだとか、言ってはいけない。
しかも、運動してほしい理由が『スポーツ男子になってほしい』とかでもなく、『長時間絵を描く体力をつけたほうがいい』という僕の趣味を真に理解したものである。こんなの惚れ直すしかないだろう!?
僕の好きな風紀委員長様が、格好良すぎる!
「蒼葉には敵わないよ」
「……え、なにが? わたし、いつも君に騙されてばっかりで敵わないと思ってるのに」
「そういうところだよ」
「んん?」
不思議そうな顔で、けれどすぐに保健室に着いて彼女が行動に移る。
保健室の先生は……今はいないみたいだな。トイレかなにかだろう。そのうち戻ってくるだろうが。
「わたしも待ってるわ。雪春が心配だし」
「もう大丈夫だよ。みんなのサッカー見てきたら?」
「わたしが見ようと思ってたのは君がへろへろの体でサッカーするところよ。君がいないなら見どころは特にないわね」
「……そういうところだよ」
「なにが?」
「いや、なんでもないよ」
首を振って、上を向く。
しばらく顔の熱は――引きそうになかった。
こっちが先です!申し訳ありません!
はわ、名前間違えてるとか申し訳ない……! 誤字報告ありがとうございます!!!




