カードゲーム大会出場費=養分なボクはトップランカーの彼女に勝てない。
秋葉原のカードショップ。
ボクはカードゲームの大会に出場するべく、申込みを済ませたところだった。
小学生のころ、友達と遊んだトレーディングカードゲーム『エルダー・マジック・カラーズ(EMC)』。
中学・高校とプレイする仲間に恵まれず、離れていたのだが、大学生になってアルバイトをはじめてから、自由に使えるお金と、時間の余裕ができた。そこでふと、昔のカードに手を伸ばしたのがいけなかった。
小学生のころはとても揃えることができなかったレアカードを買える、買えるw
そうして揃えたレアカードで、ボクはいつしか大会出場を目標にし始めた。
秋葉原のカードショップは、平日夜に小さな大会が開かれ、祝日になると1日がかりの大きな大会が開催されていた。
『EMC』復帰組のボクは、平日大会出場で練習を重ね――いよいよ今日という日を迎えたのだった。
ピコン、とボクのスマホが対戦相手のペアリング発表を通知する。スマホ画面には指定された机の番号が表示されている。ボクはスマホを確認しながら、自分の対戦相手のいる机を探した。
「A36」。それが発表されたペアリングの机だ。対戦相手の名前は「katumi kadokura」とある。ボクは指定された机を見つけると、椅子に座って対戦準備のためにカードをケースから取り出した。対戦相手はまだ……。
現れないな、と思ったそのとき。
「あなたがムラカミさんね?」
声をかけられ、顔を上げると。
そこには黒髪をツインテールにした女の子がいた。
赤いワンピース姿で、肩から魔法使いが抱えているような大きな図鑑風の革カバンを下げている。
白黒格子柄のタイツに、赤いヒールのエナメル靴も相まって、ゴスロリ風のファッションだった。
「よろしくおねがいします!」
ボクが挨拶すると、「門倉です」と簡素に自己紹介して、彼女は革カバンからデッキケースを取り出した。
女性のカードゲーマーは少ない。
どうしてもカードショップは男性顧客をターゲットにした、きわどい商品が多いし、女性客には入りづらい環境だ。
もしかしたら、彼氏がカードゲーマーで、大会にも一緒に出場しているのかもしれない。
自分のデッキをシャッフルし、対戦相手の彼女もシャッフルを終える。ゲームの準備が整ったところで、ジャッジから「ゲームを始めてください!」のアナウンスがなされた。
先攻・後攻をじゃんけんで決める。門倉さんはじゃんけんに勝利し、「後攻」を選んだ。
「えっ」
ボクは意外だったので、思わず口に出してしまう。
カードゲームは、一般的に先手が有利だ。後手は先手の対応に終われ、展開スピードに追いつかなければそのまま押し切られてしまう。
「後攻で」
念押しのように門倉さんは言い放つ。
ボクは遠慮気味に、
「じゃ、先手いただきます……」
と答え、ゲームがスタートした。
カードゲームは運に左右されやすいゲームだ。デッキと呼ばれるカードの束から、手札を引く。このとき、手札の内容が充実していればいいが、手札がスカスカの場合もある。
そういった運の要素を極力排除するために、『EMC』は手札の引き直しが認められている……ただし、1回のみ。それも最初の手札6枚から一枚減らした5枚からのスタートだ。
「手札の引き直しを宣言します」
門倉さんはそう宣言し、デッキをシャッフルし直した。ボクはそんな彼女を気の毒に感じた。
後手で手札が一枚少なくなる。女性の対戦相手に対して、これではあまりにも優位なゲームになってしまって、申し訳ないような感じがする。
門倉さんは引き直した手札を眺め、「うーむ」と唸って、「大丈夫です」と答えた。
ゲームが始まった。
ボクは序盤からモンスターを次々に召喚し、門倉さんのライフを減らしていった。
彼女は手札に恵まれなかったのか、なにひとつ呪文を唱えることなく1ゲーム目を落とした。
二戦目を前に、門倉さんは入念にデッキをシャッフルしている。
二戦目の先後は一戦目の敗者が決められる。門倉さんはまたしても「後手」を選択した。
どうして彼女は、不利な後手をあえて選ぶのだろう?
ボクは疑問に思いながら、「それじゃ、先手で」と二戦目をスタートさせた。
ボクの手札は、悪い手札ではなかったが、あと1枚、エナジーカードと呼ばれる、モンスターの召喚に必要なカードを引ければ、展開ができる内容だった。60枚のデッキの中にエナジーカードは20枚入れてある。確率は三分の一、3ターン目まで、3回カードを引けるから、確率的には引ける。
まあ、やるか。
そうして1ターンが経過し、2ターン、3ターン目……。
ボクはエナジーカードを引けなかった。
「うーん、残念。エンドです」
そう宣言して門倉さんにターンを譲ったそのとき。
彼女の目の色が変わった。
「あのカードを引けさえすれば――あなたは、今そう思っているわね?」
「え?」
「私のターン!」
門倉さんは叩きつけるようにそう宣言すると、いままでの静かなプレイから一点、雷のようなスピードで手札を展開していった。彼女はカードを引く呪文を連打し、コンボを揃えて一撃必殺、ボクのライフをゼロにした。
コンボというのは、あるカードとカードを組み合わせて、強力なパワーを生み出す構成のことだ。門倉さんはどうやらコンボデッキを選択しているらしかった。
しかし――コンボデッキは強力であるが、カードが揃わなければ機能しない。運に左右されやすいデッキともいえて……。
「あなた、一戦目で楽に勝てて申し訳ないなーって顔してたわね?」
門倉さんがいった。
「女の子だからって、カードゲームに不慣れとは限らないわ」
「そ、そんなこと……」
思っていない、と言おうとしたが、まるで一戦目終了後の自分の心が見透かされていたかのような門倉さんの言葉に、ボクは動揺した。
「ゲームに不慣れで、先手後手の有利もわからず、手札も無意味に減らした……あなたはそう思ったわね?」
またしても図星。ボクは「あはは……」と苦笑いでごまかそうとした。
「大学の空き時間になんとなくゲームしているあなたと違って、私はカードゲームで生きてるプロよ。あなたに勝てるはずがないわ」
「あ、もしかして……」
そういえば、大会出場を目指して平日、カードショップで練習しているときに、常連客から聞いたことがあった。この店には、『EMC』世界大会にも出場するプロが通っているのだ、と。祝日の大型大会にのみ顔を出すそのプレイヤーは、「赤い悪魔」と呼ばれていることも……。
門倉さんの赤いワンピースを改めて目に収めたボクは、
「ひょっとして、あなたが噂の……」
「あなたが耳にした噂がそのようなものかは知るよしもないけれど――いかにも、私が赤い悪魔と呼ばれる、トップランカー。門倉勝美よ! さあ、三戦目をはじめましょう? 」
三戦目はさらにすごかった。
赤い悪魔こと門倉さんは、序盤からカードを展開してコンボを揃える一歩手前まできていた。
対してボクはモンスターを召喚したものの、門倉さんの展開スピードに間に合わない。
コンボのキーカードを門倉さんに引かれたら、即負けな状態だった。
「私のターン!」
門倉さんは引いたカードを確認して、「くっ!」と歯噛みした。
渋々、「エンドです」と宣言する。カードの引きがあまり良くないようだ。
「じゃ、ターンもらいます」
ボクは力を込めて、カードを引いた。
頼む、なにか引いてくれ! そう願ったボクが引いたのは――コンボを邪魔する破壊呪文だった。
門倉さんのデッキはカードの組み合わせで成り立っている。
そのもう一方のカードを引くために、手を尽くしている状態だ。
もしそのコンボの片側を破壊すれば――門倉さんの勝ちは遠のくことになる。
「破壊呪文のプレイを宣言します!」
ふう、と門倉さんはため息をついて、コンボの一片をなすカードを墓地に送った。
そこから彼女は、。大勢を立て直すことができず――ボクのモンスター群に押し切られて敗北した。
ボクたちの間には、気まずい空気が流れた。
門倉さんは、「自分が勝つに決まっている!」と大見得を切ったわけだが……負けてしまった。
だからとてもかっこ悪い状態だ。
ボクは逆にそんな気持ちにさせて、申し訳ない気持ちだったが……。
「別に悪く思わなくていいわ」
と門倉さんがいった。
「私は負けたけど、大会はまだ五回戦残っている。その五回戦全勝すれば、決勝に進めるわ。初戦を落としたからといって、別に落ち込みはしない」
「そうですね! 決勝でまたお会いしましょう!」
ボクが握手を求めると、彼女は不快に顔を歪めた。
「あなたには無理よ。あなたがわたしに勝ったのは、運よ。実力じゃない。あのターンにあのカードを引かなかったら、あなたは負けていた」
「たしかにそうですね……」
「わたしは『手札が減ったら不利』だとか、『後手は不利』だとか、そういったことを判断基準にしていない。でも、あなたは『このカードが引けたらな』『引くだろう』『ま、いっか』で手札をキープしている」
負けたのになんだろう、この高圧的な物言いは……。
ボクは「は、はあ……」と苦笑いしかできない。
「私のコンボは『運に左右されるデッキ』ではないわ。コンボを揃えるために、手札は引き直し、運に頼らず、プレイをしているの。それがプロよ」
「たしかに……あのカードさえ引ければって、ずっと祈っちゃってました……」
「やっぱりね」
門倉さんはデッキをケースにしまうと立ち上がった。
「もし決勝で会うことがあったら、あなたの勝ちが実力であったことを認めてあげるわ――だから、勝ちなさい? 残り五回戦、全勝で!」
赤いワンピースを翻し、門倉さんは去っていった。
「なんであんたは初戦負けても決勝行けるのに、ボクだけ全勝じゃないといけないんだよ……」
と愚痴が思わず口をついてでたが、ボクの心にはなにか熱いものが宿っていた。
絶対に――勝ってやる。