みかん箱の幼女2
やばい。そう思っても後の祭りだ。幼女誘拐? これって相当マズいんじゃないのか。
ニュースになったり、SNSで本名も実家の住所も全部暴露されて……
「オワタ……」
そう膝をつく僕を幼女は見下ろす。きれいな瞳が僕を射抜いた。
「オワタとは……?」
首をかしげる彼女は部屋の中をぐるぐると歩き回った。本棚、タンス、テレビ、それらをじゅんぐりに見渡し、再びその視線は僕に戻る。
「貴様が呼んだのだろう?」
ん? と首を傾げられてもそんなもの知らない。呼ぶも何も誘拐してしまったのだが。
「いや……呼んだもなにも、君、お父さんとお母さんは……?」
「父君と母君か?」
なんと古風な呼び方。教育方針のなにかか? なんにせよ早めに警察に連絡を
「父君と母君ならこのことは承諾している。まぁどこにいるかまでは知らんだろうがな」
ペタペタと裸足で僕の周りをぐるりと回り、スッと小さな手が僕に向いたかと思うと。手にしていたスマホを取り上げた。
「ほうほうこれがこの世界の通信機器か。なるほど、どこに連絡するつもりだ? ん?」
ポイっと興味を失ったようにスマホを僕に放りなげると彼女もやっと落ち着いたように腰を下ろした。
「け、警察だよ! それと、君の親御さんに……」
「警察? うん、なるほどなるほど。貴様は一点勘違いしているようだな」
「勘違い?」
「私は貴様に呼ばれてここに来た。もしやお前はこの私を誘拐したと勘違いしていないか? だったら大笑いものだな」
くくく、と面白そうに彼女はおなかを抱えた。
一方で僕は何がそんなにおかしいのか理解ができない。
「私は宇宙人だぞ?」
「……はい?」
唐突に出された言葉に首をかしげる。最近のこどもはこんなにも大人びた喋り方をして人をからかうのだろうか。からかわれているということに今さら気が付き腹が立った。
「もういい、君のことは警察や親御さんに任せるさ」
ミカン箱に入っていた少女。まるで猫や犬を捨てるみたいに。彼女の親は今頃なにをしているのだろう。
なぜこんな人工島に、という疑問は残るが、これ以上考えるのは僕の仕事じゃない。
スマホで警察に……そう思ったのに
「な、何でだよ……」
昨日の記憶がよみがえる。『圏外』という二文字。
「宇宙人といっただろう? 貴様ら地球人にはこういった方がわかりやすいからそう言ったのになるほど。地球の皆様は宇宙人論について知識が乏しいようだな」
ゾワりと背中を何かが這うような感触を受ける。「つまり、馬鹿だ」ニヤリと呟く少女は嗤う。僕の目の前にいるのは確かに年端も行かない少女なのに、得体のしれない何かが僕を支配しようとしている。
そんな恐怖の塊が僕に手を伸ばした。
「う……ぁ……」
と、後ろにのけぞろうとした瞬間、ぴたりとその恐怖が止んだ。
「おっといけない。これでは────が伸びてしまうな……」
小さな口がなにかをつぶやいた。
「仕方がない。貴様にもわかりやすく説明をしてやろう。まず、私の正体云々だが誰に言っても無駄だ」
少女はワンピースに隠れて見えなかったネックレスを引っ張り出して僕に見せた。青い宝石が滴の形となり、きらきらと輝いている。
「まぁ自分を守る防衛手段だな。これがその装置の役割を果たしている」
「そう……ち?」
「昨日もさっきも貴様は私の存在を外部の人間に告発しようとした。だからこの装置が発動した。その通信機器も使えなかっただろう? 私の不利益になるようなことはこれがどうにでもしてくれる。ここの大人もそうだ。装置のせいで一時催眠状態にかかった。お前が私を連れて寮に帰ってもあの人の好さそうなおばさんは何も言わなかったな」
人の好さそうなおばさん、とは寮母のことだろうか。確かにこんな子を連れて帰ってくればエントランスでほぼ確実に摑まるに決まってる。
「それはつまり……」
「私がここにいることがあの人の中では『あたりまえ』になったのだ」
にわかに信じがたいが、ぽんぽんとでてくる彼女の話はどこか真実味を帯びてきた。なぜあった人誰もが疑わなかったのか、なぜスマホが急に使えなくなったのか。
「……じゃぁ君がここに来たのは」
「思い当たる節はないか? 私を呼んだのはお前なのだろう? SOS電波を受信したのだから……ちゃんと記録にも残って……あれ?」
とたんに少女は焦ったようにあたりを見渡した。
「おい……おまえ、宇宙船はどこにやった……?」
「うちゅう……せん?」
宇宙船ってあれか? なんかバカみたいにでかく大砲とかついてて戦えそうなアレ。それともこいつが宇宙人っていうならUFOみたいな形のやつか……?
「だから! 宇宙船だよ! 私が乗ってた!」
「僕が見つけた時はすでにミカン箱でしたが?」
「それだよそれ! あれだろ? 地球人、とくにこの地域に住む人間はミカン箱に入った生物を拾いたがる。そう調査に出ていた。だからミカン箱に見た目を変えて入っていたのだ。で。貴様、私の宇宙船は……」
「そ、そんなもの知らないよ! だって僕は君が言うに催眠状態だったんだろ?」
とたんに少女はまずい、といった表情をした。自分の過失に気が付いたようだ。
「と、とにかくあれがないと帰れない。さっさと案内してくれ」
「え……本当にあれが宇宙船なの?」
真っ青な顔をした少女を引き連れ昨日の場所に戻るも……
「やっぱり……」
そこにはなにもなかった。
「やっぱりってどういうことだ!? 私の宇宙船はどこにある!?」
慌てふためく少女に真実を告げるのは少々こころが痛む。だって今日は……
「ゴミとして回収されたんじゃないかな」
「ご、ゴミだと!?」
なんどもあたりを探し回る少女に再び僕は言う。
「今日はゴミの回収日。たぶん回収されて……」
ぼくはポケットに手を突っ込んでスマホを見た。
「今はもう昼。たぶんもうぐちゃぐちゃにされている頃合いじゃないかな?」
「なっ────!?」
昨日僕は少女を拾った。
拾った少女は自分を宇宙人だという。
それはどうやら本当らしてくて……
「かえれなくなった……」
膝をつく少女は初めて年相応に見えた。
これから始まるのは、社会に適応できなくなった僕と少女と僕の周りの人とのお話し。