百七十夜 商人一人
「おいオルロック! 呪詛は終わったか――っ!」
衛兵も配さない扉を、腹立ちまぎれに開く音が響いた。
室内に7つの人影が浮かび上がる。同時に喧騒が頬をたたき、非礼に飛びこんだルーシーの方が眉をひそめた。
「――はぁ? 冗談じゃないよォ! 『戦獣部隊』を活かせるのは三悪党だけさ、このドルミート様しかいないってンだ!!」
「下品な言葉づかいをしないでいでいただけます、はしたない! 遠征を前に遊び惚けている方々に、大切な部隊を任せられませんわ!」
「だっ誰が田舎で遊ンでただってえ!? アタシらはお嬢様には想像もつかない、重く複雑な任務を遂行してたンだよォ! しょ証拠をお出しよ証拠を――っ!」
「この部屋ロックさまのにおいがしない~? た~のしい新婚旅行だったな~♡」
「証拠」
「トゥバ――っ!!」
軍議にいなかったはずの、「三悪党」と「仁王」が睨み合っていたのだ。
互いに一歩も譲らず火花を散らし、一触即発の気配に空気すら帯電していた。
「こいつら……どっから湧いたんだ」
見苦しい罵倒の応酬に、ルーシーは眉間のシワをほぐす。
「おおっちょうどいい身代わ……すまぬが『重要な仕事』を思い出してね。ここを放置もしていけないし困っていた、古参のルーシー嬢ならば治めるに適任だ!」
君にならできる――。
古い伝統を持つ殺し文句を唱え、オーランドゥムが強張った笑みで手を上げる。
口酸っぱく諭していたのか、苦虫を噛み潰しすぎて顔色が悪い。だがお気に入りの荷馬車の模型だけは大切に持っていた。
「はぁ――~…ええ第三者視点で、どうか適切な判断を……お願いしますっ」
もうどうにでもしてくれ――。
額に青筋を立てたままでコルポレも続く。右手は剣の柄を強く握りすぎて震え、抜刀をこらえ尽くした精神力がわびしい。
「双璧」が心底うんざりした表情で退席する。
それは得難き「力」を啓いた、帝国の要と称される者たちの姿ではなかった。
「……ひとりでヴィーラ王国を堕としてこい、なんて言いだすなよ」
突き放すのもなんだか忍びなく、ルーシーは消えていく2つの影を見送る。
「戦獣部隊は以前から目をつけていたンだ!」
ドルミートがコウモリマスクで迫り、脚まで伸ばした金髪が輝く。
「だけど転戦が基本の因果伯は、拠点が定まりにくいじゃないかっ! どうしても管理がとどこおるし、訓練士を雇やあ維持費にお足が出ちまう!
それを皇太子に丸投げできるってンだから、こンなおいしい話は……いやその。
このスットコナ―ス! O属性のアタシに、全部任せときゃいいンだよォ!!」
「……ドルミート様、自らの属性を声高に叫ばん方がいいちゃ」
ボヌスーが背を向けたまま戒める。
騒ぎをよそに地図を食い入るように見ていたのだ。ヴィーラ王国の経路をまぶたに焼き付け、首筋には光すら浮かべていた。
「あっきれた利己主義ですわね、いいですかドルミート嬢!
私たちは貴女方が不在の間、訓練士と教育を行っていたのです! 特にレンテの気迫は頼もしく、狼をして犬に変わらせる見事さ。
十分な意思疎通を果たし、使役できるのはすでに立証済みなのです!
鉄壁の盾を誇るレンテと、縦横無尽に跳ぶ黒い狼の矢。『仁王』は帝国の理念を象徴する、黒鉄の城となるでしょう――~!!」
「じゃあティナたんいらないじゃ~ん♥」
「うっ」
誇らしく胸を張ったフェスティーナに、無慈悲な突っ込みが入る。
「レンぴーだけでいいでしょ~♥ おじゃま虫ってはずかしくないのぉ♥」
「いいよいいよトゥバー! もっと言っておやり~!」
トゥバーが犬のマスク越しに、尖った歯を見せて笑う。
「浮気ってクセになんのよね~♥ 若いうちにまちがった不貞でもりあがったら、あっというまに大年増になっちゃうよ~♥」
「わっ私は統率者として、そう杖を振る指導者となって……っお聞きなさい!」
「ふぅ……やれやれ、いいかいフェスティーナお嬢様」
トゥバーの物言いに突っ込みを入れたい。だが今は勝負どころと、ドルミートはドクロ付きの教鞭をかざし詰め寄った。
聞き分けのない子供にほほえみ、目線を下げて優しく諭す。
「仲間は枷でも負担でもあっちゃならない。互いを尊重しあえる、背を任せられる間柄を言うンだよォ。
元はと言えば戦獣部隊は、今は無き『五賢帝』の配属。
当時から卓越した能力のアタシは、なにかと指導を乞われたもんさ。幾度となく狼と接してる、旧知の間柄と言えるほどさね。
なればこそ『三悪党』に配置転換されたんだ、当然じゃないかい?
アタシらには頼もしい騎士もいないんだからねェ。フフッ……むしろお嬢様が、羨ましいったらないよォ」
「うっ……ぐぅ」
レンテを引き合いに出され、嬉しい反面言い返せずフェスティーナが口籠る。
確かに「綺人」を不得手としているのも事実。しかし視線を感じて振り返ると、物言わぬ甲冑と目が合った。
それだけで息が整い、一つ深呼吸して再び胸を張る。
「――私は13人目の、因果伯候補を紹介いたしました!」
胸に置いた手が震えを吸収し、主演女優が舞台で高らかに宣言する。
「啓いた奴を、みつけたのかい!?」
「そうです彼の優秀さは、『双璧』も認めてくださいましたわ! さらには軍備を増強する創案まで提唱し、戦獣部隊を率いるにふさわしい功績をあげたのです!」
わがままだけで主張している訳ではない――。
ドルミートの疑問に、頬すら染めてフェスティーナが訴えた。
ヴィーラ王国の地図と、商人による斥候部隊の可能性。西方への遠征を前にし、僥倖ともいえる成果であろう。
「ですよねオーランドゥム卿、コルポレ卿! ――あらお2人はどちらへ?」
室内を見回して同意を得るも、「双璧」はどこにもいない。
代わりに何度叫んでも無視されていた、ルーシーが腰に手を当て睨んでいる。
「とっっっくの昔に出てったゾ、あんたらいいい加減にしろよ……っ」
「なンだいルーシー、いつの間に来てたのさ」
ドルミートの煽りをルーシーはため息で打ち消し、どうにか声を荒げずにすむ。
せめて説教してやると意気込んだ隙に、トゥバーが混ぜっ返した。
「ルーちん相変わらず存在感うす~い♥ あっじゃあ候補ってロックさまでしょ、そんなのみ~んな知ってるよ~♥」
「うすいってなんだい!」
「ちっ違いますわ、遠征先のヴィーラ王国から来た商人です! あんな……あんな不気味な少年では、ありません……っ」
フェスティーナが一瞬戸惑い、視線を避けて横を向く。
「ちっ……ペールのことか」
困惑したのはルーシーだった、元旅の仲間を指して思えたのだ。
睨んだままどうにか口内で愚痴をこぼす。
「あいつが啓いてるとは思わなかったからな、皇宮に出入りさせていた。どこかで視られていても不思議じゃない、ごまかせない奴に見つかっちまったゾ」
「双璧」を介して皇太子に報告がもたらされる。今後はペールの意思に関係なく、絶対的な服従を強いられるのだ。
出る杭をどうするかは強権の意思次第。
『あっありがとうございます!』
解放してやると盟約した時の、ペールの嬉しそうな表情。
因果伯の道もあると話した時の、蒼白となり身動きもしない表情を思い出す。
「あれあれ~♥ ティナたんはロックさまが嫌なの~?」
「トゥバーさんも外郭十二門会議でご覧になったでしょう、あの少年の気配は……いえ気のせいであれば、いいのですけど」
「アレがいいのにな~♡」
ライバルが減ったと喜ぶトゥバーに、フェスティーナは笑顔を取りつくろう。
「コルポレ卿、バ……パズ、……シータへの疑いは、まだ晴れませんか?」
オルロックが主人を迎えに居室を出ると、バルチャスも挨拶をしたいと追う。
静けさが戻った室内で、「仁王」が「双璧」に心情の変化を問う。
「バルチャス君が啓いてるのは驚きましたが、まだふに落ちたとは……すみません気を遣わせましたか。フェスティーナ嬢は確信しておられるようですね」
ふいに問われたコルポレが髪をかき上げ、苦笑を返答とする。
商人と距離を置いていたのは疑いの余地はない。得難き情報の提供者とはいえ、手放しで喜べないのは軍人としての性か。
「確信とは言えないのですが……疫病が流行したとか一座を引き連れていたとか、素性を尋ねたさいに光が揺れていたのです」
「光り……それはO属性が感じ取ることのできる、気配の光ですか?」
フェスティーナがケガの様子をうかがった時の様子を思い起こす。
「ええそうです、瞳の奥深くにうっすらと……ですがけっして消えない光。台本を読んでいる冷静さはなく、実際に経験した者しか灯せない記憶の光でしたわ」
とてもお芝居には視えなかった――。
それはO属性による感覚だったのか。経験に基づいてしか語れない主張に思え、断定できずに言葉を濁す。
「なるほどO属性に、虚偽は通じないと聞くしな」
オーランドゥムが頷きコルポレを見ると、何やら考えながらも同意する。
秘書の心中では、今なお疑惑が渦巻いていた。
「虚偽の申し立てをするさいは事実を含ませる。そうすれば言葉に重みが出るし、口調やしぐさで察するのはより困難となる。
そも経歴に疑問をはさめるほど、大道芸人や商人に詳しい訳ではない。
貴族と繋がりを得るためひと芝居打った――にしては大仰すぎる。しかし啓いているとなると、軽々しく放置もしておけないか。
怪しいからこそそばにおいて、監視する手もあるが……」
まずは何よりも、皇太子殿下にご報告しなければならない。
秘書は内心を悟られないよう平素を保ちながら、踏み切れない思考に息を吐く。
「卿も遠征を前に気苦労が絶えないな、なあコルポレ卿」
「いっそどなたかに、分けてさしあげたいですね。どうにも因果伯は自由奔放な者が多すぎます」
チクリと刺した苦情を受け流し、オーランドゥムが笑って応じる。
受けてコルポレが笑い返し、しばし穏やかな談笑が花開いた。
「――ああっここかいやっと見つかった、広すぎて迷っちまったよォ!」
「旅で疲れてんのにま~た軍議ィ? む~だなやつほどむえきしたがるよね~♥」
「協調性のない因果伯が4組も集まって、収集つくはずがないやろう……」
直後に「三悪党」が居室へ押し入り、ブレーキの利かなさを証明してみせたが。
「――コルポレ卿は疑念を抱いているようですが、商人はまだマシですわ。私にはオルロックという従者の方が、ずっと異質に感じますけど……」
彼の少年は、私たちとは違う――。
商人の経歴などささいに思わせる違和感。オルロックの影が壁に浮かび上がり、言い知れぬ気配を漂わせている。
「まあ悪いこたあ言わない、戦獣部隊は任せておきな。そうさアタシにとっちゃあ狼は大切な手ご……支援なンだからねェ」
「っいま、手駒とおっしゃいましたわね!?」
「言ってませン~手ご……てごはシマネの言葉で『手助け』ってのさ。ボヌスーの方言がうつっちまったのかねェ」
「わたしのはトヤマ弁や」
「そんな言い訳でごまかされません、貴女も仲間とは思っていないのでしょう! あの畜生には私の支配が必要なんです!」
「フェスティーナ、言葉使イ」
「レンテまでなんですか! どっちの味方ですの!?」
問ウマデモナイ――今まで置物だったレンテがノソリと立ち上がる。
全員が影の中に収まり巨漢を見上げた。だがそれで騒ぎが止まるほど、因果伯の歯止めは大きくない。
「なっなンだいなンだい、実力行使しようってンなら相手ンなるよォ!」
「三悪党」は数舜遅れて我に返り、リーダーを挟む陣形を取る。
「ボヌスー! トゥバー! や――っておしまい!」
「了解――!!」
「仁王」も必勝を喫し、気配が膨れ上がっていく。
「レンテ、相手も因果伯ですわ! 遠慮せずにぶちかましてやりましょう!」
「オオオオオオ……ッ!!」
「ええいこのバカどもっ! 因果伯同士の争いはご法度だって分かってるはずだ、大人しくしろとは言わんが節度を守れ!」
「双璧」の気苦労がいかほどか。
割って入ったルーシーの金切り声も遠く、危険水域を軽々と超えた。古城が再び火山と化し地震と噴火を演出する。
「このくそっ収集がつかん! おいオルロック、オルロックはどこだ――っ!!」
――古来より動物は軍事目的に使用されてきた。
戦車や騎兵などの軍馬が代表的といえよう。一部で象の体躯と突進力を利用し、兵器として戦場に投入された記録もある。
牛にロバ、犬やイルカ、そして鳩。
物資の輸送や探索に通信と、動物の特性を運用したのだ。そして爆弾を背負わせ自爆させる、破壊活動にすら用いた。
死なせるため手塩にかける、訓練士たちの胸中はいかほどだったか。
☆
「オルロック様はルーシー様の従者になられて、長いのですか?」
「私に様はいりませんよバルチャス殿、主人と違い貴族ではありませんので」
バルチャス――チャンドラと、アユム――オルロックが時代を経た石畳を歩く。
一度として陥落を許していない古城。プールヴァ帝国の民意外が闊歩するなど、誰が想像できただろう。
「なんだあいつらは、何か聞いてるか?」
「晩餐会に呼ばれてるんじゃねえか? 下々には関係のない話さ」
一見して商人と大道芸人の少年に、衛兵から別種の視線を向けられてはいたが。
「いえいえ、とんでもございません! 皇宮に登城できる方の従者は、それだけで帝国にとって貴重な重臣です。この機会にご縁を得られればとせつに願います」
チャンドラがこれ見よがしに頭を下げた。
疑う余地のないご機嫌取りに、オルロックは気にもせず応じる。
「商人として、ですか」
「おや見破られてしまいましたか、下手な駆け引きはよしておきましょう」
「私のこの目は、人より良く視えるのです」
「腹の中まで、ですな」
互いに用意された台本を読み、笑顔で笑いが生じた。
相手の真意を選び、本心と意図を探る。水面下で根回しと駆け引きを行うのは、2人に共通する定番であった。
「そう件のヴィーラ王国にある街、マナスルの領主もマスクをしておられるとか。『顔に変なモノをくっつけてる女』として有名です、ご存じでしょうか?」
「へえそうなんですか、奇妙な領主もおられるのですね」
「……それでオルロック様も貴族ではと、失礼ながら勘違いした次第でして」
「ハハッ期待を裏切ってしまい、申し訳ありません」
ふいに言葉に上げた「マナスル」の名称。
しかし少年の気配には微かな乱れもない。とても演技とは思えない振る舞いに、商人はある種の決断を強いられる。
「このくらいでは、揺らぎもしないか……」
「ふむ……一手足りないな」
ヴィーラ殿下が深く椅子に体を預け、ぬいぐるみを手に瞳を伏せた。
新王都を襲った黒き翼を持つ魔獣の報告。退出しようとしたチャンドラの背に、疑問冷めやらぬ声がかかる。
「チャンドラ、卿に調べてもらいたい事案がある。ある意味、卿本来の任務だ」
振り返った家臣は、主君の瞳に炎が揺れているのを確認した。
「ははあっ! 主命であるのなら、何ごとであろうと命をかけて」
「それはよかった、キールティ公爵の件だ。すでに立太子が立てられたと聞くが、皇位継承第2位の身が軽いはずもない。なぜこれほどまで所領を空けられるのか、プールヴァ帝国へおもむいて詳しく調査せよ」
望み通り命がけとなる、勤めを果たせ――。
いっかなチャンドラといえど一瞬息を呑む下知。
暴君が戯れで、地獄に堕ちろと命じているに等しい。だが目が笑っていないので重要だと認識する。
そもこの方に冗談など似合わない。
「それはっ……それはまた重大な案件ですな、長期にわたり不在となりますが」
「構わん――来春までには報告に戻れ」
俺なら帰って来られると、期待していただけますか。
「御意……っ」
「まさかこの地でアユムに会うとは思いもしなかった。殿下はこの事態を予測し、面識がある俺に探るよう命令されたのか? いやっさすがに想像もできないはず、北へ向かった少年がなぜプールヴァ帝国にいるんだ」
それも「綺人」で操られて――。
ルーシーと呼ばれる因果伯の「力」か、あるいは別の誰かか。
早急に事態を掌握し密かに対処せねばなるまい。このままではいつボロが出て、正体を見破られるかもしれん。
ここは地獄、敵の真っただ中なのだ。
「――にしても皇宮とは広いものですなあ、ルーシー様はいずこにおられるのか。もし本当に従軍することになれば、名にし負うヴィーラ殿下に牙をむくのだと……相応の覚悟が必要だと、ご挨拶しておきたかったのですが」
かつてのアユムであれば、絶対に拒否しなければならない主君の名。
息を呑んで反応を待ち望んたが、数秒後に裏切りの返事が返ってきた。
「ああなるほどそうですね、ですがまだ戦時下ではありません。詰めている兵士は多くないのです、これでは視えがたいですね」
「多くない……のに? あっいや、ははあそうなんですか」
少年が気配を探るように視線をさまよわせている。
妙な発言は以前もあり相槌は返せたが、落胆は隠せない。
「だめだな、アユムの意識は揺れない。それほど強い『力』で捕らえられている、ならば術者は近くにいるはずなんだが……っ」
万が一にも触らぬ神とは敵対したくない。
解けないなら……敵に回るくらいなら、いっそここで――無防備な少年の首筋が手の届く範囲にあり、ブーツに仕込んだスローイングナイフが瞬く。
アユムが排除対象へと変わり、チャンドラの目に黒き光が宿る。
「――バルチャス殿気をつけてください、今殺気が走りました」
「っ……さっ殺気で、すか?」
チャンドラは武器を持つ暇もなく止められた。
オルロックは背を向けて気配を探っている。変なモノ越しに瞳が淡い光を放ち、意識が霧となって周囲に拡散していく。
「ええ商人のバルチャス殿を敵視するとは思えない、ならば私に向けてでしょう。どうやら余計な提案をして、ズキンの姉御がお怒りかな」
「ほう変わった二つ名で……っイマ、ん"ん"今――ズキンの姉御と!?」
「はい、私の主人です」
「――私はチャンドラ……短いつき合いでしょうけど、以後お見知りおきを」
アーチ状の天井、両端に石柱が連なり、石畳が幾分削れる通路。
ウダカ城の城砦内で、二つの非友好的な影が対峙していた。「盗賊」風の男は、「密偵」風の女をマジマジと見る。
包帯が十字に横断し顔を覆っていた。
「そこまで隠すとは念入りですね、ああ注目を集めるほどの美貌なのですか?」
「女」は自分に分があると口先を舐める。
「おやおや名前くらい教えてくれてもいいでしょう? ああそういえば海賊の首領『ズキンの姉御』とやらが、ウダカに潜伏しているようですが……」
無言で間合いを測る「女」に、チャンドラはわざとらしく首を傾げて問う。
因果伯の矜持を刺激したのだ、お前は海賊の首領かと――。
「あの時の『女』かっ!? だとしてもなぜ、アユムが密偵と一緒にいるんだ――決まっている、あの娘はO属性だった!」
アユムに『綺人』をかけ操っている術者は、主人を騙っているプールヴァ帝国の因果伯か……っ!
主犯を突き止めた、術が解けないのなら根本を押さえるまで。
だが今はまずいここは敵の渦中、顔を見られては行動に支障をきたす。どんなに疑わしい言動になろうと、この場から身をかわすのが先決。
ズキンちゃんは俺の正体を知っている――。
「アっアユ……オルロック様っ! 俺……私はやんごとなき『重要な仕事』を思い出しましたゆえ、ここで失礼を――~…っ」
「ああほら、来られました」
「……っ!」
オルロックの呟きに、チャンドラは思わず視線を追う。
しかしそこは居館の隙間から城壁が見えるだけ。疑問の声を上げる間もあらば、気配が風切り音と共に斜め後ろの上空から発した。
人の大きさをした砲弾が足元に撃ち込まれ、無残にも石畳を吹き飛ばす。
「ハッハ――ァ! ついに見つけたぞ、大道芸人のガキィ!!」
小さなクレータの真ん中で、「四君子」のエクスが狼の笑顔を浮かべる。