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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第四章 霊山モルディブ
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百三十八夜 魔獣の街

「アっアユム様……アユム様――――~っ!」

「ルーシーさん落ちついて、今は態勢を整えよう!」

 突如現れた魔獣に、ルーシーさんが催涙スプレーを構えたまま悲鳴を上げる。

 見開いたその目は恐怖に揺れ、手を引くとなんとか走り出す。

「ガフゥ――ッ! ゴォアアアアアッッ!!」

 巨大な魔獣の雄叫びに、ぼくは街からの逃走を即座に選択した。

 しかし縄張りに侵入された怒りか、獲物を逃がさない示威か。巧みに移動経路を塞がれ街中へと誘導されてしまう。

 見慣れない街並みに、はぐれないよう固まるのが精一杯。

「こいつ狩りのつもりか!? 遊びやがって、一体何がしたいんだっ!!」

「何か狙いがあるのかもしれません、ペールは行き止まりに気をつけて!」

 空から降ってきた魔獣がその気なら、一足飛びで前に回り込めるだろう。

 それなのにしつように後尾へ張りついて離れない。

 ペールの荷馬車を先頭に、奇妙な行列が廃墟の街を練り駆ける。だがその魔獣は山車と呼べるほど甘い存在ではない。

 ライオンの顔には剣と見紛う鋭い牙が輝く。

 戦斧でも断ち割れそうにない亀の甲羅、俊敏に動く熊爪の6本脚、バジリスクを彷彿とさせる蛇の尾。

「なっなあ――ライオンみたいな面の魔獣だけど、アユムの探してる仲間じゃ……あっ分かってる念のため、んな訳ねえよな!」

 ペールが恐々と訊き、さすがのラクシュも想像で怒っていた。

「河沿いの森に棲息すると伝えられる、半獣半魚の竜――タラスコヌスです!」

 以前読んだ幻想生物事典を記憶から掘り返す。

 旅の疲労もあり強行すればいずれ皆の足が止まる。今の内に状況を好転させる、資料をひもとけないか。

 ぼくらをひと飲みにできそうな、タラスコヌスの口元から黒緑の毒息が漂う。

「狭い通りで毒のブレスを吐かれたら、避けようがない! ヨーギ頼むっ!」

「ヨーギ頼まれた――『邪土(じゃどう)ぉ』!!」

 ヨーギが走りながら前脚を叩きつけ、足元に梵字の「カーン」に酷似した文様が2つ浮かび、淡く発光する。

 文様から銀の泉が沸き、巨大な鉄の翼が力強く羽ばたく。

 タラスコヌスの挙動に集中し、いつでも突風を起こせるよう両翼で身構えた。

「昼夜問わない純正の『カルマ』……本当にありがたく、頼もしいなあ」

「ジャ――ッ!!」

 皆のしんがりとなるぼくに、タラスコヌスの視線が突き刺さっている。

 日中で「力」が弱まってるのが分かるのか、カレシーが威嚇してくれた。そして隙を見ては物言いたげに顔を寄せる。

「シ――…シ――~!」

 何かを感じているのか、幾度も震え報せる仕草。

「うん、カレシーも分かるんだね……この違和感はなんだ!?」

「グォルルルルルルッ!!」



 ☆



「魔獣の街……確かに人が造ったとは、思えねえな」

 ペールの第一声が印象的だった。

 樹海で廃墟となった街を発見し、息を呑みながら城門を潜る。眼前に広がるのは大きく歪み窪んだ石畳と――最奥に霞んで見える、異質な城館。

 枯れた人工の池と倒れた塔はあれど、門から城へ一直線に道が通っているのだ。

「こんな広くて真っ直ぐな道じゃ、軍隊や盗賊がきたら止められねえぞ」

「樹海にある街ですし、誰かが襲うとは……思わなかったのでしょうか?」

 2人は周囲を眺め、首を傾げながら歩く。

 マナスルや他の街を視て周り、今ではぼくも理解していた。

 家屋の上からは城が見えてるのに、辿りつけない複雑な街並み。敵対勢力による進攻を少しでも防ぐため、意図的に乱雑化させた仕様。

 あまりに理不尽だと思ってしまう都市計画が、この時代の合理性なのだ。

 ここまで区画整理された街並みはむしろ――。

「走りやすそう――~!」

 ヨーギが楽しそうに蹄を鳴らし、3人がそろって苦笑する。

 道もなく木々に遮られる森の旅で、ストレスが溜まっていたのだろう。この街は通りですら馬上槍試合が行えそうだ。

「建物や扉の大きさから人の手に寄るのは確実ですけど、確かに妙に見えますね」

「まっなんにしろよかった。魔獣の街って聞いてたから、魔獣がゴロゴロ住んでるもんかと思ってたが……そんな訳じゃないんだな」

魔獣(・・)が巣食う樹海の街(・・)――なんでしょうね。魔獣が仲良く共同生活してる姿は、ぼくも想像できませんけど」

 違いねえ――ぼくの軽口に、ペールは苦笑すら浮かべない。

 旅の間に潜り抜けてきた、魔獣との戦いが脳裏に浮かんだのだ。本当にようやく辿りついたのだと、誰ともなく息を吐く。

「アユム様……連れてきていただき、ありがとうございました」

 例え家出しても、無茶な冒険をしても観たかった街。

「噂に聞いた魔獣の街……本当にあったんですね、なんだか夢みたい……」

 好奇心旺盛な娘ははしゃぐでもなく、ただ深く息を吸い心に留めていた。

 望んだ訳ではない、選択肢がなかっただけの危険な旅。けれどもルーシーさんの真摯な眼差しに触れ、それだけで肩の力が抜けていく。

「此処ではない何処かに……気持ちは分かります、よかったですねルーシーさん」

 微笑んで返すと、ルーシーさんの白い頬が赤く染まる。

 荷馬車がゆっくりと進み、ぼくはジャーラフに聞いた「亜人の街」を思い出す。

 パシュチマ連合王国には亜人の国があるそうだ。だけどこの地では只人を避け、人知れず住まねばならない事情があったのだろうか。

 広大な異世界に想いを馳せていると、ルーシーさんが一点を見つめ呟く。

「あの……あれって、畑の跡でしょうか?」


 倒壊した建物を除け石畳を掘って、街中の土が耕されていた。

 側には積まれた荷物や、人が往来してできたあぜ道。木材で修復し改築された、寝所と思しき空間まである。

「他とは明らかに様子が違う、これってアユムの仲間が住んでた跡じゃないか?」

「やっぱりこの街へ、来ていたんですねっ!」

「ラクシュが来てる? お――いラクシュ、いるの――~!?」

 喜ぶ2人と、飛び跳ねて叫ぶヨーギに頬が緩む。

 なのでなんだか言いにくく、独り跡地を確かめては心の中で落胆していた。

「ここに人が居たのは、少なくとも半年以上は前だろうな……」

 放置された雑草の規模や、雨風に晒されたままの状態でそれが分かる。なにより住んでいたのは広さから数十人。

 ラクシュとルタが辿りついたとしても数日前だろう、2人であるはずがない。

 経緯と規模からすれば、可能性は一つに絞られる。おそらくは「悲劇の遭遇戦」に関わった、プールヴァ帝国の小隊による陣地だろう。

 やはり街を、発見していたんだ。

「なんだ、慌ててどこかへ行ったのか? 荷が崩れてるぞもったいねえ……ん?」

 ペールが横倒しになった樽から、こぼれた穀物を拾い集めていた。

 水を吸い干からび、半ば土に埋まった状態の穀物に時間経過を感じたのだろう。

 少しすればぼくと同じ結論に辿りつくはず。

「えっ!? 待ってください、その穀物……放置されたままでした?」

「んっああずいぶんそのままに、してたんだなと……なんか変だよな」

 そう変は変なんだけど、だけど他になにが引っかかる?

 ふと気がついて耳を澄ます。

「……鳥の鳴き声が、しない?」

 石畳や家屋を突き破って伸びる樹木。距離があるとはいえ城壁を包んで広がる、見渡す限りの広大な樹海。

 放置された穀物や人の食料など、動物にとっては格好の餌となり得る。

 廃墟とはいえ……いや廃墟だからこそ、なぜこうまでも静かなのか。気がつくと背筋にザワリと、冷たい汗が走った。

「ずっと同じ村の同じ住民ばかりの生活でしたけど、それがどれほど貴重なのか。人の手による「文明」って、心休まる情景だったんですね」

 ルーシーさんも穀物を拾いながら、懐かしそうに呟く。

 そうだ人が暮らしていたのだ、住むに適した空間や水場がある。歪んでいるとはいえ道が舗装され、どんな動物も動きやすいはず。

 魔獣と対峙した際に、幾度もよぎった危険な感覚。

『動物が息をひそめて近寄らない、魔獣の気配……っ』

 大きな鼓動が、身体を叩いて木霊した。

「――軽率だったっ! 廃墟となったこの街は、人の縄張り(・・・・・)じゃない! 見慣れた「文明」に、ぼくも警戒を緩めていたんだ!!」


「ん? どうしたいアユム!」

「アユム様、お疲れになりました?」

 突如立ち尽くしたぼくに、2人が見上げて声をかけてくれる。

 影となって顔色を見られずに済んだと、喜ぶべきか……わざとらしいほど明るく背を向けて、通ってきた城門を見返す。

「っいえいえ、そうだぼくが辿りついたと仲間に報せなければ! 城門から狼煙を上げたいので、皆さんつき合ってください――!」

 瓦礫に囲まれた木陰すらない畑の跡、ここはヤバイっ!!

 ぼくの声は震えていないか、焦りを察せられていないか。決して慌てず騒がず、速攻で身を隠さねばならない。

 M属性の「予感」が、最大限の警告を発していた。

「ほらヨーギ、門まで競争だ! よーいっスタート――~!」

「あっアユムずるい! よーしっヨーギ負けないぞ――~!」

 駆け出したぼくに釣られ、走りたかったヨーギの蹄が高鳴る。

 そうだヨーギが魔獣の気配をとらえていない、まだ距離があり猶予があるはず。

「おいおいなんだよ突然、子供みたいだな――~!」

「仲間に会えて嬉しいんですね、アユム様待ってくださ――い!」

 ペールが荷馬車を反転させ、ルーシーさんが小走りで追ってきた。

 このまま城門を潜り樹海へ逃げ込む、夜を待って態勢を整えれば――。

 ぼくだけが引きつった笑いを浮かべ、城門へ殺到するパーティ。だが無情にも、街中から異質な音が木霊する。

 地を跳ねた音に続き、何かが風を切る旋律。

 ペールがルーシーさんが、上空を通過する大きな影に気がつく。なんだろうかと見上げた姿のまま停止した。

 ぼくは確認する必要を感じず、両手を襟の裏へ滑り込ませる。

「ジャ――ッ!」

「っ皆目を閉じて耳を塞いで! ダーマヤ――っ!!」

 カレシーが胸元から躍り出て、背後に迫る気配に威嚇。ぼくは大声で呼びかけ、麻袋からスタングレネードを取り出した。

 ピンを抜いて上空へ放るのと、魔獣がパーティの只中に降り立つのがほぼ同時。

 強烈な閃光と爆音が轟き、街の一画が光りに覆われる。

「グゥオオオオオ――――…ッッ!?」

 魔獣の驚愕と呼ぶべき叫びが、耳鳴りとなって響いた。

 ぼくは背を向け、カレシーを抱きしめ隠している。襟裏に仕込んでおいた軍用のイヤープラグを装着し、爆音もカット。

 ヨーギも遅れていた2人も、「ダーマヤ」の注意勧告に防御姿勢を取っていた。

 樹海での戦闘経験が生きたのだ。頼もしさに胸を撫でおろすが、樹海に紛れ込むまでスタングレネードの効果が持続してくれるか。

 振り返って影を背負う巨体を見上げる。

 魔獣は6本の脚で踏ん張ってはいるが、意識の光は――揺れてすらいない。

「城門まで見逃しては、くれないか……っ」

「なんだこいつ――~!!」

「魔獣……ちっ! いやがったのか!」

「アユム様――っ!?」

 魔獣の影となり姿が見えないぼくに、戸惑う2人の声が聞こえた。

 駆けてこようとする気配が嬉しい。しかしぼくの方がヨーギを連れて飛び出し、悔しくも近場の建物を指さす。

「街の中に隠れましょう! やり過ごせないなら……っ戦いになります!!」



「アユム様……っ防犯グッズ(ボーナハゥ)が! 催涙スプレー(サールスピロー)が、効きません!!」

「ルーシーさん危ない! それ以上下がらないで!!」

 追ってきたタラスコヌスに、ルーシーさんが催涙スプレーを向ける。

 何度もトリガーを引いてるけどすでにガス切れ。現れた魔獣は漂っているはずのエアロゾルを気にもせず、ぼくたちに追いすがった。

「なんとしても、ルーシーさんだけは(・・・・・・・・・)守らなくっては!」

 催涙スプレーの効果は眼球・皮膚・呼吸器官である。

 視覚を持たず甲羅並みの皮膚や体毛を持つ生物はいよう。だが動物である以上(・・・・・・・)、空気や水中から酸素を取り入れる必要があるはず。

 ろ過式マスクすらない時代、催涙スプレーは最大の効き目が期待できた。

「ドラゴンの特性か痛みや刺激に強く、タラスコヌスは呼吸もしていない!?」

 トロルの再生力は元より、防犯グッズが通じない魔獣。現代の技術をあざ笑う、異なった理が存在する世界――。

「――っばかな! 唯一の武器である、思考を放棄するな!」

 無敵の生物など存在しない、何か手があるはずだ。

 恨めしくも睨んだ太陽は、傾いてはいるが夕日にすら遠い。悔しいがぼく独自の『カルマ』はまだ使用不能。

 大型の魔獣にスタンガンの接近は危険、ザイロンで罠を張る時間もない。

 そうだスタングレネードは、短時間ながらも動きを止めたじゃないか。たすきに背負った麻袋を期待に触り、はたと気がつく。

「くっ……スタングレネードを、もっと召喚をしておくべきだった!」

 非致死性兵器とはいえ危険に違いない。その存在を誰かに知られても不味いと、防犯グッズは必要最小限しか持ち歩かない戒め。

 樹海の旅に際して鑑みるべきだったが、後悔先に立たず。

「ゴゥウウ……グゥオオ――ッッ!!」

「――ッジャ!!」

 狭い路地であろうと物ともせず、巨体のタラスコヌスが追いすがった。

 間髪入れずカレシーが魔獣の覇気を轟かせる。伝説に残る魔獣とて蛇の王の仔は脅威なのか、怯む姿勢が幾度か見られた。

 タラスコヌスが詰めてこれないのは、カレシーのお蔭かもしれない。

「ありがとう、シーちゃん!」


「さっきアユムが投げた時は利いてたよな? どうにか動きを止めて当てれば……これじゃあ下手すると俺らに、跳ね返るかもしれん!」

 乗馬したペールがスタングレネードのピンに指をかけ、引き抜けずに戸惑う。

 建物に挟まれた路地なら、仕切りのない外部よりは威力が増す。

 だが走る魔獣が蹴り飛ばせば、閃光と爆音がぼくらを襲う。後に待ってるのは、説明する必要もない最悪の結末(バッドエンド)

 冷静なペールに目を覚まされ、頭を振って整理する。

「時が過ぎ去った地か……馬に乗った猿に追い回され縄をかけられる方が、よほど危険だったかも」

「おいっアユム――?」

「タラスコヌスは凶悪な魔獣ですが、12世紀に聖女が鎮めたと伝説にあります。決して不死身な存在ではありません!」

 諦めないで、どうにか足止めを考えましょう――。

 タラスコヌスは聖女に屈した後、村人に石を投げられて殺された。絡まる符丁、確かにスタングレネードが当たれば倒せるかもしれない。

「ジューニセ―……退治されたことがあるんなら、竜だって倒せらぁ!!」

「はっ……はい! あっペールさん前――っ!!」

 ルーシーさんが指差して叫ぶ。

 経年劣化ゆえかタラスコヌスが暴れたのか。複数の建物が路地を塞いで倒壊し、瓦礫が行く手を遮ぎっていた。

 激しく歪んだ石畳に車輪が取られ、跳ねた荷馬車の振動が足裏に響く。

「おいっ……頼む、がんばってくれ!」

「ゴゥフ――…ゴゥフ――…」

 ペールの馬が連日の旅と、この強行軍で息を上げている。

 どうにかなだめ手前の道で折れるが、進む方向は大通り――広場とも言うべき、隠れる場所もない枯れた人工の池が見えた。

「きゃあっ!」

「ルーシーさん!? ……っあ!」

 ルーシーさんも膝が揺れていて、段差となった石畳に足を取られ横転する。

 すぐ反転したいが瓦礫でつまずきぼくも膝をつく。迫る巨大な影に息が止まり、蒼白となって心臓が跳ねた。

「グゥルルルルルッ!!」

「このっ! ヨーギあんた嫌――いっ!!」

 タラスコヌスの突進に恐れもせず、駆け戻ったヨーギが鉄の翼をはためかせる。

 地を這うタラスコヌスとてその突風を無視できなかったのか、ヨーギから発する『カルマ』の覇気を感じ取ったのか。

 避けるように6本の脚で軽々と飛び上がった。

 器用にも瓦礫の上へ、その巨体で難なく着地してみせる。

「な……っ!?」

「動物を扱う大道芸なら、お見事と拍手したいとこだがな――っ!!」

 ペールが汗を落としながら、せめてもと強がってみせた。

「ルーシーほらっ! ヨーギにつかまって――!」

「あっありが……はい――~っ!」

 ヨーギがルーシーさんを軽々と担ぎ上げると、馬の背に乗せ走り出す。

 タラスコヌスは瓦礫をすべり落ち、再び追撃を開始した。


「シ――ッ!」

「うん! そういうことか……っ!」

 感じていた違和感――カレシーの震え(・・)が肌に伝わり、ぼくもやっと理解をしめす。

 頬を数度平手打ちし、足りなくて拳で殴る。

「だめか……っこの程度の刺激では、なにも感じない」

「アっアユム? こんな時にお前……」

「シーちゃん、あいつを倒すよ!」

 ウィンクして胸元を開けると、カレシーが服の中へ飛び込む。

「ペール大通りへ出たら、タラスコヌスが路地にいる間に! ぼくがやったようにダーマヤを、投げ上げてください!」

「跳ね返らないよう、魔獣の上に投げるんだな! 最後の一個だがいいのか!?」

 妙な目つきでぼくを見ていたペールだが、即座に理解してくれた。感謝の笑みを返し頷いて立ち止まる。

 ぼくは路地の中で大の字に立ち、襲い狂うタラスコヌスを遮る盾となった。

「アユム――っ!?」

「そっそんな! アユム様が身を張って、魔獣の足止めを!」

「いいや、アユムなら……っ!」

 ヨーギがルーシーさんが、疑問形で振り返る。荷馬車が大通りへ出て急停止し、ペールが馬の上でスタングレネードを握り込む。

 ピンを引き抜き、大きく胸を張って掲げた。

「全員が助かる道を選ぶ――…っ真なる神の名(ダーマヤ)――――~っっ!!」

闇癡(あんち)』――。

 ぼくの前に、30センチほどの見慣れない文様が浮かび淡く発光する。

 識者ならば梵字の「マン」に酷似していたと指摘しただろう。背を向けており、2人にぼくの「力」は見えていない。

 巨体のタラスコヌスが迫る振動音が、仁王立つぼくの足裏にまったく響かない(・・・・・・・・)

「グゥ――――…オオッ!?」

 ペールが予定通り、タラスコヌスの真上にスタングレネードを投げた。

 強烈な閃光と爆音が轟き、街の一画が再び光りに覆われる。

 軍用のイヤープラグで180デシベルの爆発音は遮れるが、100万カンデラの強烈な閃光は目を閉じても絶えれない。

 だが「闇癡(あんち)」はその一瞬までを切り取り、光を透過する魔獣を鮮明に視せた。

 世界が白と黒だけ(モノクロ)に染まり、停止して感じるほど。

「……っ!」

 判断力が低下し、意識が強制的に断ち切られる。ぼくは闇に落ちる前、浮かんだその影(・・・)に向かって左腕を伸ばす。

「ハァ――~…ッジャ!」

 カレシーがコンプレッサーの振動を轟かせ、ぼくの左腕を発射台に飛び出した。

「察して行動してくれる、やっぱりカレシーは別格だなあ」

 賞賛は声になっていただろうか。カレシーはタラスコヌスを突き抜け、中にいた女性の影に躍りかかると締め上げる。

 そうだ慣れてしまったけど、カレシーの「声」は尻尾の摩擦か振動。

 タラスコヌスから喧噪はするのに、振動は感じなかったのだ。そしてバランスが取れてると思えない瓦礫に、平然と立つ巨体の異様さ。

「幻影」を見せられている可能性に、気づくのが遅かった。

 タラスコヌスの姿が揺れ、代わりに現れたのは女性。首を絞め上げるカレシーを優しく抱きしめている。

 その泣き顔が崩れると、女性もその場から掻き消えていく。

 己を倒したはずのカレシーに伸ばされた手が、余韻のごとく漂っていた。

「シ――~…?」


 ――アイアタル。

 森を住処とする女性の精霊で、人前には蛇や竜の姿で現れる。

 疫病を流行らす邪悪な存在と恐れられており、そして気になるもう一点――。

「精霊か……催涙スプレーが、効かない筈だ」

 ヨーギが口を開け手をバタつかせ、ルーシーさんが口をおおい馬の背に伏す。

 ペールが駆け寄って助け起こそうとしてるけど、すでに影も見えず声も遠い。

 全員が助かる道を選ぶ――その通りです、それでこそ幸せな結末(ハッピ-エンド)ですよね。

 消え入る光に重なり、苦笑する声が微かに届いた。

「アユムは嫌がるだろうが、1人で魔獣に立ち向かう……誰が見ても英雄だよ」



 森が切れ色褪せた城壁が見えた時、ぼくだけが分かった。

 コンクリート(・・・・・・)を使用した、短剣を刺す隙間も手掛かりすらない壁。

 妙に規則正しく立ち並んだ建物も、コンクリートを使用したのだろう。なにより二車線はある真っ直ぐな通りは、この時代の感性じゃない。

 錆びて崩れた馬車に酷似した乗り物は、時代がかった屋根の高い自動車。

 至る所に散見してるプラスチックと……長方形に長く伸びる枯れた人工の池は、リフレクティング・プールではなかったか。

 高さこそ10分の1ほどだが、倒れたワシントン記念塔まである。

 現代以上に時代を経たリンカーン記念堂が、城館を模してたたずんでいた。

 ここまで区画整理された街並みはむしろ――。

「ぼくと同じ異邦人……この街を造ったのは、20世紀のアメリカ人だったんだ」

 本来はリンカーンの坐像がある位置に、一枚岩(モノリス)が半ば崩れ苔むしていた。

 光沢こそ失っているが、ぼくはこれも知っている。

 見慣れない文様が浮かび、淡く発光していた床。召喚の間に敷いてあった、術の起点となる黒い大理石――。



英雄不要論者「朽ちた自由の女神像があったら、もっと分かりやすかったかも」

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