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「1日目」

 何も無い日常。それだけで生きているのかどうか判断しかねる時がある。

 自分が自分自身の存在意義、俗に言う『生きている意味』を見出せていない。この何も無い日常の中で、僕はそう思いながら布団に潜る。

 誰も居ない部屋。時計の針音しんおんと自分の鼓動しか響かないこの部屋で、僕はただ一人、孤独感に包まれながら夢の世界へと入り込む。


 『……おや、またここへ来てしまったのかい?キミは』

 「あー……もしかしなくても、今忙しい?」


 カタカタと音を立てながら、たくさんのモニターに囲まれている場所でキーボードを叩いている。

 そんな様子を見れば、誰がどう見たって忙しいに決まっているだろう。だがしかし、回転椅子に座っているそれはゆっくりとこちらを向いた。


 『大丈夫だよぉ~。せっかくキミが来たんだから、手を止めないとね』

 「別に良いよ?僕も急いでる訳じゃないから、終わるまで待ってるよ」

 『良いのかい?だいぶ暇になると思うけど?』

 「大丈夫。たまには、眺めてるのも悪くないと思うから」

 『そうかい?じゃあ気になる事があったら、遠慮なく聞くといい。今夜も夜が深いからね』


 その者はそう言いながら、再びモニターに身体を向ける。僕はその背中とモニターを交互に眺めながら、その人の……夜の作業が終わるのを待った。


 

  ――待つ事数時間、安堵の表情を浮かべながら伸びをする彼を見た。僕はその行動を見て、彼の作業が終わったのを確認して話を掛けた。


 「あ、終わったの?」

 『あぁ、お待たせ。随分と長い間待ってたね。飽きなかったかい?』

 「正直言って、飽きたかな」

 『だろうねぇ。数時間待たされる上、ここに退屈凌ぎが出来る物が無いからねぇ』

 「そうかな?僕はこれでも楽しんでたよ?君の作業量と集中力には、毎回驚かされるけど」

 『そうかい?そう言ってもらえると、こっちは気が楽で助かるよ。さて……』


 彼は回転椅子から降りて、僕の方に近付いた。だがそこで止まることはなく、僕の横を通り過ぎて行く。


 「あれ?何処かに行くの?」

 『ちょっと野暮用かな。次会う時は、キミがゲームを楽しんでいる事を期待するよ』

 「はいはい。じゃあゲームして待ってるよ」


 ログアウト。などと呟いても、この空間は別にゲームではない。ありのままの現実で、空想の世界だ。

 彼と僕しか居ないのが難点だが、人付き合いが苦手な僕からすれば、かなり快適な空間だ。


 「いつ帰ってくるか分からないし、コンビ二でも行こうかな」

 

 僕は布団から起き上がり、そんな事を呟きながら家を出た。住んでいるのは僕だけではないが、必要とされていない以上、僕が何をしようが関係ない。

 例えば僕が死んだとしても、人を殺したとしても、あの家の者は何も言わないのだろう。そういう関係だからだ。


 「あれ、こんな時間にお出かけ?」

 「……」

 「はいこら、無視しないの。何で君は、私の事を無視するかな」

 「僕に話し掛けない方が良いじゃない?学校でもこういう道端でも、誰が見てるか分からないんだから」

 「あれれ~?もしかして、私の事を襲う気なの?きゃー、こわいこわい。これだから男子って」

 「はぁ……」


 嫌な人と鉢合わせをしてしまった。そんな事を思った溜息だった。どうにも僕には運という物が無いらしい。その事が今日良く分かった。


 彼女は僕と同じ学校に通う女子生徒。運動も勉強も出来る才女で、漫画やアニメとかに一人は居る存在。所謂いわゆる、学園のマドンナというべき存在に位置する人物だ。

 正直言って僕は、彼女が苦手を通り越して嫌いである。

 直接言ったりすれば面倒になるので言わないが、高嶺たかねの花という存在の彼女が、どうして僕に関わるのかが理解出来ない。

 そして理解出来ない上、理解したくない自分が居るのだ。彼女に心を許すな、そう言われているような感覚があるのである。


 「まーたそんな難しい顔してる。考え込むのは良いけど、考え過ぎるのは身体に毒だぞぉ?」

 「……特に何でも無いから、気にしなくて良いよ。第一、関係無いでしょ」

 「冷たいなぁ。そんな捻くれてると、いつまで経っても友達出来ないぞー?」

 「別に良いよ。疲れるだけだし」


 友達なんか要らない。面倒なだけだ、という言葉には偽りない本心だ。だがしかし、それをほいほいと受け取る正直者はこの世界には居ない。

 そして彼女も、その中の一人だ。


 「それってつまんなくない?」

 「楽しいとかつまらないとか、そんな事はどうでも良いよ。僕にとって学校は、有っても無くても変わらないものだし。それに君だって、同じだ。他の人と変わらないさ」

 

 そう、同じである。友達や恋人、その他の関係を作ったとしても、結局はいつか破綻する。

 ちょっとしたキッカケで崩れる信頼など、有って無いようなものだ。ならいっそ、最初から求めないのが面倒くさくない。

 省エネでも、傷付くことはない。低燃費だって名乗れる人間で十分だ。


 「じゃあ、僕行くから」

 「ええー、一緒に帰ろうよ」

 

 僕は相手の返事を聞かずにコンビ二を後にして、早々に暗がりを歩いた。

 一緒に帰る?そんな事をすれば、ますます学校に居辛くなってしまう。そんな自分の首を絞める行為は論外だ。


 「はぁ……やっと解放された」


 程なく無言を貫き通した結果、足音が聞こえなくなった所で呟いた。

 念の為にと思い後ろを確認すると、消えた足音ともに彼女の姿は見当たらない。

 ずっと気を張っている状態は疲労感が激しく、やたらと肩が凝ってしまう。そんな事を思いつつ、溜息を吐きながら空を見上げた。


 「……?」


 だが次の瞬間、僕はある疑問によって目が行く。正確には、疑問が僕の視界を覆っている状態だった。それは何故か――


 ――真っ暗なはずの空が、真っ赤に染まっていたからである。

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