86話 鰐淵 剛
巨大な身体は持って生まれたものだった。
プロレスラーだった親父から引き継いだものだ。
小さい頃からその親父から、口癖のように言われてきた。
「お前の大きい身体は人を守る為に使え」
なんで、俺様が人のために、そんなことをしなくてはいけない。
売れないプロレスラーで、母親にも逃げられた親父を軽蔑していた俺様は、反抗するように不良になった。
親父から貰った大きな身体を喧嘩に使う。
親父は俺様に何も言わなかった。
ただ、悲しそうな顔をして、俯いているだけだった。
「ば、馬鹿野郎っ!!」
野田に向かって伸ばした手は届かなかった。
野田の身体が、腹に穴を開けられた泉の身体と入れ替わる。
「……みんな、泉くんをお願い」
最後にそう言った野田が、シャルロッテに抱きついて、炎の中に飛び込んでいった。
「ふざけるなよっ」
目の前でみんな、死んでいく。
加藤も佐藤も鈴木も久米も……
仲間は次々と死んでいく。
俺様は、誰も守ることなんてできない。
「ぶっさんっ、来るぞっ、泉は置いていけっ!」
矢沢の声がして、正面を向く。
燃え盛る炎に焼かれながら、巨大なドラゴンゾンビが接近していた。
「矢沢、泉を担いで行け」
「無理だ、どうせ、助からないっ! それより、早くっ!」
「いいからっ、持っていけっ!」
助からないことなんてわかっている。
それでも、野田は命をかけて、泉と入れ替わった。
せめて、その想いだけは、無駄にしたくない。
「ぶっさん、何してるんだっ!」
泉を担いだ矢沢は、素早く移動できない。
俺様がここでゾンビたちを食い止めないと、やがて追いつかれるだろう。
「後からいく。先に行って待っていろ」
「ぶっさんっ!!」
「大丈夫だ。後から追いつく」
矢沢はしばらく俺様を見て動かなかったが、やがて、決意したように泉を抱えて、走り出す。
「……これでいいんだろ、親父」
学校で矢沢と泉が喧嘩した時の事を思い出していた。
あれは俺様が原因だった。
大山 大吾。
初めて自分より、身体が大きい男に出会った。
泉の親友のその男は、俺様と同じような身体を持ちながら、その力を人の為に使う男だった。
俺様は嫉妬したのだ。
大山はまさに俺様の親父がそうあって欲しいと願った理想像のような男だった。
「アイツ、気にくわねえなぁ」
俺様が矢沢にそう言ったことで、矢沢が大山をからかい、泉がそれに怒って喧嘩になる。
その時、俺様はさらに嫉妬した。
自分のことではなく、親友の為に喧嘩ができる男を、友達に持つ大山を。
俺様のしていることは無駄なことなのかもしれない。
こんなところで、時間を稼いでも、泉は助からないだろう。
それでも大山なら、泉を守るために、同じことをするはずだ。
大きく息を吸って、身体を硬質化させる。
絶対にここから通さない。
迫りくるドラゴンゾンビを、俺様は正面から受け止めた。




