85話 野田 文香 その6
「あの馬鹿っ、撃たれやがったっ!」
鰐淵くんが地面を激しく叩いた。
シャルロッテの大砲に撃たれ、泉くんのお腹に大きな穴が空いている。
臓物を撒き散らしながら、ゆっくりとスローモーションのように後ろに倒れてそのまま動かなくなった。
スキルを使うこともできない。
気がついた時には、もうすべてが遅かった。
放心したようにシャルロッテを見る。
かなり、距離があるにも関わらず、彼女は私に気づいたようにこっちを見て笑った気がした。
「泉はもうダメだっ! 焔っ、火をつけろっ!!」
「……わかった。全部焼き払う」
矢沢くんの提案に如月 焔さんがうなづく。
待って、まだ泉くんは生きているっ。
そう叫ぼうとしたが、声が出ない。
どう見ても、泉くんが助からないのは明らかだった。
如月 焔さんの放った火が木に当たり、あっという間に森に火が広がっていく。
素早く動けないゾンビたちにも火が移り、肉の焼ける匂いがここまで漂ってくる。
そして、倒れたままの泉くんと、その前に立つシャルロッテにも炎は迫っていた。
放課後の教室。
ななみんと二人で話した時のことを思い出す。
「ななみん、泉くんのこと好きだよね?」
そう言った時のななみんの顔があまりにも赤くて思わず笑ってしまった。
「やっぱりね。どうして私に相談しないのかな」
「だって、そんなの、伝えるつもり……ないし」
最後の方は声が小さくなっていった。
「なんで、伝えないと何もはじまらないよ」
自分のことを棚に上げて言う。
「手伝ってあげるから告白してみなよ」
「や、やめて、のだっち。……このままでいいの」
「本当に? いつかきっと後悔するよ」
そう言うとななみんは、黙ってしまい、私も何も言えなくなった。
放課後の教室で、ただ時間だけが流れていく。
「……みんな、泉くんをお願い」
入れ替わりのスキルを発動させる。
もう無駄なことかもしれない。
それでも、きっと、ななみんも同じことをしたはずだ。
「ば、馬鹿野郎っ!!」
鰐淵くんが私に向かって手を伸ばす。
それはギリギリ間に合わず、私は泉くんと入れ替わる。
「何、貴女」
泉くんと入れ替わった私を、ゴミを見るような目で、シャルロッテが見下ろす。
「死にに来たの?」
周りは炎で囲まれ、シャルロッテの周りにはゾンビがウヨウヨいる。
「違うわ」
助かるはずのない泉くんと入れ替わった私の行動は、彼女にはまったく理解できないだろう。
そして、理解などしてほしくもない。
「あなたには絶対にわからない」
長い沈黙の後、ななみんがようやく口を開く。
「のだっちは好きな人いないの? 私のほうこそ手伝ってあげるよ」
「い、いないよ。そんなのいない」
私は初めてななみんに嘘をついた。
最初で最後の嘘だった。
何故、同じ人を好きだと言わなかったのか。
きっとななみんは気づいていた。
気づいていたから告白しなかったんだ。
向こうに言ったら謝ろう。
二人で恋話をして盛り上がろう。
でも、今は、今は最後に……っ
飛び上がるように起き上がり、シャルロッテに抱きつく。
炎の中心で焼かれているゾンビを確認し、そこに向けて最後のスキルを発動させる。
いくよっ、ななみんっ!
私はシャルロッテと共に、炎の中へ飛び込んだ。




