84話 河合 千佳
紛れ込むのは得意だった。
地味で目立たない根暗な女子。
それが本当のわたしだった。
クラスカーストの底辺。
小学校、中学校といじめられ続け、遠くの高校を受験した時に、変わる決意をした。
これまでの自分を捨てて、明るく、人懐っこい、誰からも好かれる女子高生を演じてみせる。
それは面白いようにハマり、誰も本当のわたしが、地味で目立たない根暗な女子などと思わなくなった。
そう、わたしの演技は誰にも見抜けない。
だから、今もわからないはずだ。
ここにいるゾンビたちは、誰一人、わたしが生きた人間だと思っていない。
『河合、走れ。先に泉達の所に向かってくれ』
そう言った鈴木くんと再会することはなかった。
おそらくゾンビにやられたのだろう。
仲間は全員いなくなり、わたしは一人になってしまった。
多分、わたしは泉くんたちには追いつけない。
最初に洞窟でゾンビに襲われた時、慌てて逃げようとして足を挫いていた。
ズキズキと痛む足では、追ってくるゾンビから逃げられはしないだろう。
(バチが当たったのかな。ごめんね、名波さん)
仲間を見捨てて逃げたことを後悔していた。
どうせ死ぬならみんなと一緒に死ねば良かったと思う。
「ゔゔゔぅっ」
不気味な呻き声が聞こえて振り返る。
一体のゾンビがすぐそこまで近づいてきていた。
ゴブリンではない人間型のゾンビ。
だけど、そのゾンビはクラスメイトの誰でもなかった。
かなり腐敗して、肉体はほとんど崩れている。
かろうじて男だということがわかる程度だ。
「……そうか、コイツがオリジナルか」
逃げる気力はもうなかった。
どうせ、この足では長くは逃げ続けれない。
その場に座り込み、向かってくるゾンビを下から眺める。
(最後に、あったかいお風呂に入りたかったな)
目を閉じてすべてを諦めた。
ゾンビの吐いた息がわたしの首筋にかかり、そこに噛みつこうとしているのがわかる。
それは本当に無意識での行動だった。
座り込んだ時に、右手にコツンと、大きな石に触れていた。
わたしは、いつのまにか、その石を掴み、目を閉じたまま、大きく振りかぶる。
ぐしゃっ、という不快な音がして、目を開ける。
わたしの首に噛みつこうとしていたゾンビの顔面がひしゃげていた。
大量の腐った血がわたしに降りかかる。
「あ、ああっ、ああああぁあああっ!!」
それからの事もあまり覚えていない。
わたしは、ゾンビが動かなくなるまで、何度も何度も岩でゾンビを叩き続けた。
気がついた時には、ゾンビは完全に肉塊と化し、わたしは血塗れで、放心する。
そして、そのまわりには、数十匹のゴブリンゾンビと、知っている顔のゾンビに取り囲まれていた。
「……名波さん」
ゾンビになっても、彼女の顔は、どこか優しそうで、それが少し可笑しくてわたしは、笑ってしまう。
「彼女にやられるなら、ま、いっか」
ゾンビになった名波さんが近づいてくる。
しかし、どうしたことか。
まるで、わたしが見えていないように、その横を通り過ぎて行く。
「え? なんで?」
名波さんだけじゃなかった。
他のゴブリンゾンビも襲ってこない。
オリジナルゾンビの血を浴びたからなのか。
どうやら、わたしも、ゾンビとして見られているようだ。
「は、ははっ」
臓物と血にまみれた身体で立ち上がる。
「まだ、お風呂には入れないみたいね」
先を行く名波さんが、ついて来いと言っているようだ。
何故だかわからないが、そう感じる。
どうやら、わたしには、まだやることがあるみたいだ。
挫いた足を引きずりながら、わたしはゾンビの集団に入っていった。




