81話 虚像
「馬鹿野郎っ!!」
背後から鰐淵くんの怒声が響いた。
それでも、俺は止まらない。
一人、ゾンビに囲まれたシャルロッテの元に走り出す。
「泉くんっ!」
「やめろっ、もう間に合わないっ!」
追いかけようとした野田さんを如月 焔さんが止めてくれる。
よかった。
できれば、みんな、できるだけ離れていてほしい。
「ふざけやがってっ! だから、俺はお前が嫌いなんだっ!!」
最後に聞こえたのは、矢沢くんの声だった。
何度も喧嘩したことを思い出す。
大吾を助ける俺に、矢沢くんは苛立ち、偽善者と罵った。
けど、違うんだ。
俺は、本当は大吾を助けたかったんじゃない。
今だって、クラスメイトのみんなを助けるために走ってるんじゃない。
何もかもが嫌だったんだ。
両親が亡くなり、一人になり、この世界に絶望していた。
弱虫で泣き虫で何もできない俺は、スーパーヒーローを待っていた。
でも、そんなものはいつまでたっても現れない。
だから、自分で作り出したんだ。
自分が望んでいたスーパーヒーローを。
「シャルロッテっ!!」
数えきれないほどのゾンビの中心に飛び込んだ。
巨大なドラゴンゾンビの上に立つシャルロッテに向かって叫ぶ。
恐怖はなかった。
もう何もかも終わりにしたかったのかもしれない。
いや、名波さんたちを救えなかった時に、すべては終わっていたんだ。
「降りてこいっ! シャルロッテっ!!」
降りてくるなんて思っていなかった。
しかし、シャルロッテはあっさりと、ドラゴンゾンビの上から飛び降りた。
何もつけていないのに、まるで重力を無視したようにゆっくりと静かに落ちてくる。
とんっ、と俺の目の前に着地すると、一番最初に出会った時のように、スカートの両端をつかみながら大袈裟にお辞儀をした。
「お久しぶりね。元気だった?」
まったく何もなかったように、別れた時と同じように、シャルロッテは俺に微笑みかける。
「……どうして」
目の前に現れたら、すぐに首を絞めようと思っていた。
自爆させて、ゾンビごとすべてを終わらせてやる。
そう思っていた。
だけど、俺は泣きそうな顔でシャルロッテに質問している。
「どうして、名波さんたちを見捨てたんだ。魔物から城を取り戻せば、俺たちを帰してくれるというのも、全部嘘だったのかっ!?」
「本当よ。でも、予想以上にみんな頑張るからね。少ない犠牲者でクリアされると盛り上がらないのよ。だから、演出させてもらったの」
「……なんだよ、それ」
俺はどんな顔をしているのだろう。
もう、泣いているのか、笑っているのかすらわからない。
俺が思い描いていたスーパーヒーローが崩れていく。
「なんなんだよっ、お前はっ!!」
シャルロッテの首に掴みかかろうとした。
「残念だわ。貴方のこと気に入ってたのに」
いつのまにか、シャルロッテの右腕が大砲に変わっている。
それは、ビデオカメラで観た名波さんが最後に撃とうとして撃てなかった大砲だった。
「シャルロッテっ!!」
怒りで頭が真っ白になった瞬間。
大砲が放たれ、俺の腹に命中した。
いろんなものを撒き散らしながら、腹に巨大な空洞が出来上がる。
「……楽しかったわ。ありがとう、盛り上げてくれて」
シャルロッテはもう一度、スカートの両端をつかみながら、大袈裟にお辞儀をした。




