75話 如月 八千代
「第三部隊、これより砂漠に突入する」
私の声に合わせて、部隊の四人が静かに頷いた。
いつも通り、皆、冷静だ。
第二部隊を含め、半数の部隊を犠牲にしての進行に、大山は、声を荒げて小日向に抵抗していた。
小日向の将軍スキルには、逆らえない。
それがわかっていて、抗うのは時間の無駄ということを理解できないのか。
第二部隊には、双子の姉である焔がいる。
しかし、それでも私の心は乱れない。
焔が小日向に見捨てられたのは、直情的な性格のせいだろう。
小日向の判断は概ね正しいと言える。
生き残るために、邪魔な部隊を排除していくのは仕方ないことなのだ。
「橋下、どう? 気配はある?」
「いまのところ熱源反応はありません、八千代隊長。このまま進行しても大丈夫そうです」
橋下のスキル、『ピット器官』は、微弱な赤外線放射、つまり熱を感知することができる。
魔物の位置を把握するだけでなく、ドラゴン戦では、温度の変化により、攻撃するタイミングも見極めてくれた。
安藤の索敵スキルのように、広範囲の敵は把握できないが、慎重に進行すれば、問題はない。
そう、ゆっくり慎重に、私達は確実に任務を遂行する。
「八千代隊長、大丈夫ですか?」
「……? あ、ああ、どうした、橋下? 私は大丈夫だけど」
「いえ、いつもより体温が上がっています。もしかして焦っているのですか?」
焦る?
何故、そんな必要があるのだ?
私はいつも通りだ。
早く任務を終わらせて、焔を救いたいなど考えるはずがない。
「……気のせいよ、橋下。砂漠が暑いから汗をかいているだけ」
そうに違いない。
自分にそう言い聞かせて、スキルで小さな氷を作り身体を冷やす。
「そうだぞ、橋下。如月さんは冷静だ。この状況をちゃんと把握している」
フォローをしてくれたのは、私の後ろを歩く根岸だった。
「魔物の大群が押し寄せていると言ってただろう。僕がよく遊ぶゲームにも、そう言った要素があるよ。時間内にクリアしないと、絶対に勝てない敵が現れ、全滅してゲームオーバーになるんだ」
「根岸っ、これはゲームじゃないっ、それにまだみんなが助からないと決まったわけじゃないっ」
「落ち着けよ、橋下。らしくないな。この世界はゲームみたいなもんだよ。そう思わなきゃやってられない」
焔は、姉はもう助からないのか。
私は冷静なフリをしているだけで、どこかで焔をまだ助けられると思っていたのか。
どくんっ、と自分でも体温が上昇するのがわかる。
それでも、橋下はもう私に何も言わないでいてくれた。
「お、見えてきましたよ、城が」
先頭を歩く橋下が、砂漠にそびえる城を最初に見つける。
第二部隊が魔物を片付けてくれたおかげか。
砂漠では魔物はまったく出現しなかった。
「油断するな、橋下。隈なく周囲を警戒してくれ」
「はい、大丈夫です。360度、すべて反応ありませ……」
ばくんっ。
突然だった。
橋下がいきなり何かに飲み込まれる。
確かに、周囲には魔物は存在しなかった。
そいつは、砂漠の砂の中、地中から現れて橋下を飲み込んだのだ。
「サンドワームだっ!!」
ゲームに詳しい根岸が叫ぶ。
醜悪で巨大な芋虫のような魔物の口から、力なくだらりとぶら下がる橋下の足が見える。
「各自、戦闘準備をとれっ、魔物を討伐するっ」
それでも、私はいつものように、冷静に、戦闘を開始した。




