69話 名前
分岐点があるとするならば、やはりあのビデオの映像を見た時だっただろう。
あの時、ハッキリとシャルロッテが敵であることを認識した。
残り36時間。
スキルを多用すればさらに時間は短くなっていくだろう。
だが、それでいい。
ただ泣き喚くだけで、何も出来なかったあの頃より、全然いい。
まだ、かなりの部隊が残っているはずだが、城の天板には現れない。
三年前には、確か13の部隊があった。
今、潰したのは4部隊。
そのうち一つは新しい救世主達の部隊だ。
少なくとも残り10部隊がいる。
それが全部、中で待ち構えているのだろうか。
1分、いや1秒でいい。
シャルロッテの本体に辿り着くまでに、ほんの少しでも時間が残っていたら、あとはどうなっても構わない。
必ず、今度こそ必ず息の根を止めてやる。
バラバラになりそうな身体を無理矢理起こして立ち上がった。
引きずるような足取りで、城の天板から中へと入っていく。
城の中は、もぬけの殻だった。
兵士達の姿はまったく見当たらない。
かつて、魔王が座っていた玉座までやってくる。
誰も座っていない玉座。
今、思えば、あの魔王ですら、シャルロッテの傀儡に過ぎなかった。
「どこだ?」
なぜ、誰もいない。
「どこだ、シャルロッテっ!」
俺の声だけが響く。
城内は静まりかえっている。
ここには部隊は控えていない。
一体どこへ行ってしまったのか。
いや、すでに存在していないのだろう。
俺がここに来る前の三年の間に、シャルロッテによって潰されたのだ。
何のために?
おそらく、ただの暇つぶしだ。
「シャルロッテっ!!」
怒りがさらに充満していく。
大砲『名波』には、もう何発も弾が装填されているだろう。
無人の王室から出ようと歩を進める。
シャルロッテは研究室にいる可能性が高い。
俺のクラスメイトたちを皆殺しにしたあの研究室にっ。
「残念、彼女はそこにいない」
突然だった。
先程まで誰も座っていなかった玉座に、学生服を着た男が座っていた。
「瞬間移動か」
「ああ、レンタルしてきた」
シャルロッテのお気に入り、だ。
俺が死んだ後の次の後釜といったところだろう。
以前と雰囲気が違っていた。
「また会えたな」
「ああ、また会えた」
生きていたら、また会おう。
その言葉を言った時から予感はしていた。
この男が再び俺の前に立ちはだかることを。
「シャルロッテに力を借りてきたのか?」
「そうだ。又貸しだ」
男がそう言って笑う。
シャルロッテのスキル借り物屋は、自分が借りたスキルを、さらに借すことができるのか。
「代償は高そうだな」
「……ああ、だけど、もう、そんなことはどうでもいい」
そうか、お前も俺と同じなのか。
「名前は?」
男が少し意外そうな顔で俺を見た。
「お前の名前、覚えておくよ」
意味のないことかもしれない。
だが、いま聞かないと男の名を知ることは二度と出来ないだろう。
「柊木、柊木 修一だ」
「そうか、俺は泉、泉 涼だ」
ここでどちらかが消える。
だが、その存在はどちらかの心に残るだろう。
それでいい。
それだけでほんの少し、報われるような気がした。




