68話 カウントダウン32
「お久しぶり、元気だった?」
「シャルロッテっ」
携帯から、別れた時と変わらない明るい声が聞こえてくる。
「お前はっ、一体何をしたんだっ! みんなはっ!?」
「やっぱり気になる? 大丈夫よ、ちゃんと記録しておいたわ」
宇佐さんが持っているビデオカメラを見る。
「じっくり楽しんでね」
シャルロッテが最後にそう言って、電話が切れた。
「……それを見ろというのか」
宇佐さんの手から、奪うようにビデオカメラを取る。
震える手で、その再生ボタンを押す。
その小さなビデオカメラから、信じられない映像が映し出された。
ゾンビになった久米くんが田中くんに噛み付いている。
ゾンビになりながらも、田中くんは名波さんに向かって笑顔を見せた。
「う、う、うって、くれ。い、いきのこって、ほし、い」
「田中くんっ!」
ビデオカメラに向かって思わず叫ぶ。
だが、当然、その声は届かない。
「も、もう、いしきが、なくなる、はやく、はやく、はやく、はやく、う、うって」
名波さんの右腕が変形していた。
それは一瞬だけ教会にあったマリア像ように見えた。
だが、それは全く違うものだった。
美しいはずのマリアの口は大きく開かれ、その顔は苦悶に満ちている。
胴体は筒状の円形で祈りを表す手が固く握られていた。
それはマリア像の形をした、歪な大砲だった。
「な、な、な、なな、みっ、う、う、う、うて、うってくれ」
(無理だっ、名波さんが撃てるはずがないっ)
そう思いながらも撃ってくれ、と必死に祈る。
その時だ。
「来てよかったわ」
シャルロッテの声が聞こえてきた。
「感動のシーンがアップで撮れるもの」
この映像はシャルロッテが撮っているのかっ!
「うああああああああっ!!」
名波さんが叫びながら携帯を踏み潰した。
大砲に変わっていた右手が元に戻る。
「そう、撃たないのね」
「私は撃たない」
名波さんの後ろから、ゾンビになった久米くんと田中くんが迫る。
名波さんが二人に噛みつかれた瞬間に、画面が暗転した。
「な、名波さんっ、名波さんっ! うわぁああああっ!!」
持っていたビデオカメラを叩きつけようとした時、再び音声が流れてくる。
「はーい」
手を止めて、画面を見ると、妙に明るい声でシャルロッテが手を振っていた。
ビデオカメラをどこかに置いて、自分を映しているのか。
その背後には、ゾンビになった3人がいた。
「みんな、ごめんね。助けようとしたけどダメだったわ」
嘘だ。絶対に嘘だ。
シャルロッテは最初から、そうこの惑星に連れてこられた時から、俺たちの絶望を楽しんでいる。
「お詫びに、そうね。残りの二人を探してあげようかしら」
「やめろっ!!」
ビデオカメラに向かって再び叫ぶ。
もちろん、シャルロッテがやめるはずがない。
またもや画像が暗転し、切り替わる。
シャルロッテはビデオカメラの映像を編集していた。
見せたい部分だけを切り取っているのか。
いや、見せたくない部分をカットしているんだ。
「鈴木っ!!」
叫んだのは、俺の後で見ていた鰐淵くんだった。
ビデオカメラには、名波さんに首を噛まれる鈴木くんが写っている。
そして、その背後にバラバラになった久米くんと、リザードマンの臓物をむさぼる田中くんがいた。
あまりの光景に目を背ける。
シャルロッテの声だけが聞こえてきた。
「救出失敗、でも安心して」
明るい声が一転して、残酷な声に変わる。
「この子たちみんな、そっちに連れて行ってあげるから」
俺はビデオカメラを地面に叩きつけた。




