64話 鈴木 恭弥
「待ってっ、鈴木くんっ!」
河合が後から大声で叫んでいた。
後ろから迫っていたゾンビゴブリンの姿はもう見えない。
なんとか振り切ったようだ。
俺は、森の中で足を止めて、河合を待つ。
「はぁはぁ、あ、ありがと。なんとか逃げれたね」
河合の足が遅かったから、前を走っていた田中とはぐれてしまった。
それでも俺は河合と共にいることがメリットがあると判断する。
河合の持つスキル『傷変換』は、田中のスキルより価値があると思っていた。
「落ち着いたら捕らえたリザードマンの所へ戻ろう。アレがゾンビになってないなら連れて行く」
「わ、わかった。もしもの時は、名波さん達を助けれるかもしれないからね」
河合は名波や久米がゾンビになっても、傷変換で助けられると思っているのか。
ゾンビになった状態ではきっとスキルは使えない。
二人を見捨てて逃げた時点で、もう助かる可能性はほとんどなかった。
それをわかっていて俺はあえて河合に何も言わなかった。
加藤や佐藤がハーピーに襲われている時も、俺は生き残るためだけに、糸のスキルで自分だけを守っていた。
冷静沈着。
いつもそう言われていた。
不良グループの参謀役などと言われているが、別にそんな気はサラサラない。
ただ、自分が損をしないようにするにはどうすればいいか。
それを一番に優先して考え、行動してきただけだ。
誰を犠牲にしてでも生き残る。
こんな訳の分からない惑星で、俺は死ぬわけにはいかない。
いつものように行動すれば、大丈夫だ。
いざとなれば、河合を犠牲にしてでも生き延びてやる。
自分にそう言い聞かせながら、ゆっくり息を整えた。
「大丈夫だ。きっとみんな無事だ」
「う、うん、そうだよね。きっと大丈夫だよねっ」
心にもないことを言って、河合を落ち着かせる。
自分が生き残る確率を少しでも上げるためだった。
森でしばらく待機した後、川原の洞窟まで戻ってくる。
そこにはすでにゾンビの姿はなく、名波や久米の姿もない。
逃げ延びたのか、それともゾンビになったのか。
恐らく後者だろうが口には出さない。
「荷物、ないね。きっと逃げれたんだよ」
「……ああ、そうだな」
洞窟にある無数の足跡から、大量のゾンビが侵入してきたことがわかる。
助かったとは、とても思えない。
「また、みんなで一緒にここで暮らしたいね」
そんな日が二度と来ないことを知っていながら、俺は静かに頷いた。
洞窟を出て、リザードマンを縛っていた木の近くまでやって来る。
「止まれ、河合」
異様な気配。
漂う腐臭がそこら中に充満していた。
どうやら間に合わなかったようだ。
木に縛られた二匹のリザードマンが、ゾンビになっていた。
それだけではない。
二匹とも下半身がなくなり、ぼとぼとと内臓が木の幹にこぼれ落ちている。
「な、なによ、これ」
河合が今にも吐き出しそうな顔で口を押さえていた。
リザードマンから落ちた内臓を食べているものがいる。
襲って来たゴブリン型のゾンビではない。
人型だ。男が二人に女が一人。
「ね、ねぇ、鈴木くん、ちがうよね? あれ、ちがうよね?」
いつも俺は冷静だった。
違うとすぐに否定して、すぐにこの場から去ればいい。
だが、声がでない。足も動かない。
「ねえっ、違うって! 違うって言ってよっ!!」
「うるさいっ! 黙れっ、河合っ!!」
俺たちの声に気がついたのか、ゾンビたちがゆっくりと立ち上がり、こちらを振り向く。
「くそっ、なんだよっ、これはっ!」
感情がコントロールできない。
頭の中が沸騰したように、熱く、燃えている。
変わり果てた姿の3人に、俺はもう冷静ではいられなかった。




